上 下
60 / 89
第6章 グリーバンス進化形 理性を奪う病

59: フレズベルク、初めての任務

しおりを挟む

 新しい精霊と組んで、漆黒が最初に取り組むことになった事案は、少年強盗団の摘発だった。
 彼らは自分たちの事を「闇の船」と名乗っていた。
 少年と言っても、現行法規では「20歳に満たない者」であって、18歳や19歳などのワルになると、そこらの大人よりも遙かに質が悪かった。
 おまけに彼らに憧れる馬鹿な少年や少女達が大勢いて、そんな子どもたちが、「闇の船」の手足となる場合があったから、尚更手に負えない。

 だが「闇の船」を摘発するための証拠固めは既に終わっており、というよりも、そのようなものが必要ないほど彼らの犯罪行為は明け透けなものだった。
 要はこの厄介者達に誰が鈴を付けるかという事だったのだ。

 民間警察は有能だったが、金にならない仕事はしないし、警察は訴えがなければ動かないのだ。
 そんな情況の中、「闇の船」は弱い者に傍若無人の振る舞いで物を奪い、力のある者に対してはその弱みを握って我慢ん出来る程度の物を奪う。
 それでも我慢しきれなくて訴えれば、お礼参りがある、そんな悪循環だったのだが、漆黒が乗り出したという事は、こんな世界でも泣き寝入りを拒む人間が多少は残っているという事だった。

 訴えを受け取らざるを得ない警察の人間は露骨に嫌な顔をするが、泣き寝入りをしない人間には、そういう人間なりの誇りがあって、又、それに応えるのが警察だろうと、漆黒は思っている。
 そして漆黒は、こういう仕事が好きだった。

 ・・・一応、逮捕状は取れている、刑の執行まで見通した完璧なものではない、一応だ。
 だから逮捕した翌日に、彼らが開放されるケースはままある。
 だが警察には、たいしたコネもないコイツラにはそれで充分だった。
 何も考えずに相手をぶった叩いて、しょっ引けばいい、、細かなことは後付けでなんとでもなる、どうせ相手は悪党だ、と今までの漆黒ならそう考えていた。
 だが前の精霊が迎えた死の事を思うと、今度も同じ調子で、事を進めるワケにはいかなかった。

「チームのリーダーだけを、ひとまず押さえるつもりなんですね?」
 鷲男は今回の事案を予め頭の中に入れているようで、その上更に、漆黒がどう動くかまでを予測しているようだった。
 前の鷲男とは大きな違いがあった。
 刑事家業の基本的な事柄は、既にインストール済で、赤ちゃんから育てなければならないという事ではないらしい。

 漆黒には、そんな知識や意識を、どうやって精霊に詰め込むのか想像もつかなかったが、考えてみれば、彼も少年としてウエストアンダーワールドに産み落とされた時点で、ある程度は既に「出来上がって」いたのだ。
 そしてこの技術を完成させたのが、漆黒の原体である漆黒賢治だった。
 俗に言う「ソウルプリンター」と「ソウルインク」を使うのだ。
 奇妙な因果だと漆黒は思った。

「奴らは、大人のそれみたいな組織だったものじゃないからな。頭を潰せば半身不随になる。次にサブリーダーをしょっぴいて、それから後、一人・二人をひっぱりゃ、もう充分だろ。それで潰れる。この潰しがギャング同士の諍いで起こる事なら最後まで血を見て、話は又違って来るが、一応、こっちは警察だからな。派手にやっても、堅気さん達には迷惑はかからんだろ。」
「なる程、で確保の為の具体的なプランは?そろそろ教えて貰えますか、先輩。」
 これが前の鷲男が言ったなら、慇懃無礼に聞こえるが、この新人の鷲男が口に、いや嘴にするとそう聞こえない。
 声質はまったく同じなのに不思議な事だった。

「その前に一つ。お前、俺に対する先輩という言い方をそろそろ止めろ。、、かと言って、漆黒さんとかはムズムズするしな、、、でも一応、俺はお前の指導教官だ。今の所は・・・猟児さん、くらいで良いだろう。で俺は、お前の事を今からフレズベルクと呼ぶことにする。」
 漆黒は思い切って鷲男にそう告げた。

「フレズベルクですか、古ノルド語ですね。『死体を飲みこむ者』って意味だ。北欧神話に登場する鷲の姿をした巨人。そして私達精霊が接続を許されている情報ネットワークの名がイグドラシル、妙な因縁ですね。」
「そうだな。」
 漆黒はフレズベルクの別の読み方であるフレースヴェルグが、前の鷲男に与えた名であることを口にしなかった。
 そしてイグドラシル・ネットワークの名が、精霊達の父親であったドク・マッコイの残した言葉の遺産である事も。

「フレースヴェルグ、気に入りましたよ、猟児さん。でも時々は、鷲男で、なんの問題もありませんけれどね。」
「・・・・。そうか。それじゃ、これからの段取りだ。」
 猟児は、車が向かう先に意識を集中した。
 少しばかり、この鷲男とのやりとりで、自分が感傷的になりすぎたと思ったのだ。

「奴らのアジトについたら、その周りを車で流す。その間に、お前はここらの土地勘と出来ればアジトの構造を掴んで、奴らが裏から逃げ出しそうな逃亡ルートにあたりをつける。イグドラシルも使え。それが終わったら、車を適当な場所に止めろ。後は俺一人で、アジトの正面から正式に踏み込んで、リーダーを引き渡せと奴らに圧力をかける。今回はレコーダーを回す。あれは使いようによっては、色々便利だからな。奴らは俺達のような警察への扱いを心得ていない。最初は、突っぱねて、そうだな、、次に懐柔にくるだろう、、それでも俺が強硬突破をしようとしたら、奴らはリーダーを逃がそうとする。」

 事を構えた正式逮捕時には、レコーダーを回すことになっているが、多くの刑事はそれをやりたがらない。
 後々、色々な厄介事が起こるからだ。
 しかしこのレコーダーも、裏に回れば細工が出来る。
 もちろん、それがあとで裏目に出れば、厄介事はダブルで発生するが、上手く切り抜ければ完璧な仕上がりになる。
 その事も刑事達は知っているが、それをわざわざやるリスクを冒すほどの重大な事案はないと、刑事達は思っているのだ。

 漆黒はあえてそのリスクをとるつもりで居た。
 そして用意周到に慎重にやる。
 漆黒はフレズベルクに自分のそういう姿を意識的に見せるつもりでいた。
 前は、それを意識せずにやって、フレズベルクを死なせる結果になったからだ。

「猟児さんが追い込み、そこから逃げ出してくるリーダーを私が確保するんですね。」
「あるいは、俺が正面からやって捕まえられるかも知れない。まあ普通は、こういうのを大勢でやる。それが俺達二人だけだ、、。裏で、たった一人で待ち伏せしてる方が圧倒的に難しい、、。俺の方は一人でも、只騒ぎ立てりゃ、とりあえずの目標は達成できるんだからな。でも出来るよな?フレズベルク。」

「当然ですね。それでなければ、私が精霊である意味がない。」
 元から精霊の記憶巣には、任務遂行用の圧倒的なデータが仕込まれていると言われていたが、前の世代では、それを指導者とのやりとりの中で使いこなしていく仕様になっていた。
 検索エンジンが検索ワード入れないと動かないのと同じだ。
 だが冷泉によると、フレズベルクの第二世代は、ある程度、精霊自身の自己判断でそれを行うようだ。
 しかも記憶巣に蓄えられた情報は、どういう通信方法でやるのか、常にイグドラシルによって更新されているらしい。

 おそらくフレズベルクの頭の中には、これから急襲しようとするアジトの間取り図や月々の電力消費、果ては、この住所宛に送られた様々な商品の内容まで総て入っているはずだった。
 フレズベルクはそれらのデータを、アジトを周回する中で一つの「プラン」にまとめ上げる事が出来るだろう。

 そしてその逮捕プランは、現実として結果を残すのだろう。
 それが精霊計画というものだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたのファンになりたくて

こうりこ
ミステリー
八年前、人気漫画家が自宅で何者かに殺された。 正面からと、後ろから、鋭利なもので刺されて殺された。警察は窃盗目的の空き巣犯による犯行と断定した。 殺された漫画家の息子、馨(かおる)は、真犯人を突き止めるためにS N Sに漫画を投稿する。 かつて母と共に漫画を描いていたアシスタント3名と編集者を集め、馨は犯人探しの漫画連載を開始する。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

かれん

青木ぬかり
ミステリー
 「これ……いったい何が目的なの?」  18歳の女の子が大学の危機に立ち向かう物語です。 ※とても長いため、本編とは別に前半のあらすじ「忙しい人のためのかれん」を公開してますので、ぜひ。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...