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第5章 暗黒を狩る黒い真珠

54: 執事の憂鬱と決断

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「坊ちゃま、もうお止めになったらどうです。あの子は、我々の秘密にもう薄々気づき初めています。」
 執事のアルフレッド・アイアンズが、メイク中のディモス・メルクーリの背中に話しかける。
 それは幅広く筋肉質なくせに、形がやさしい艶やかな白い背中だった。

「これから美味しくなるのよ。手放せないわ。」
「政治家にとって、その手のゴシップは致命的です。坊ちゃまは今、大事な時です。あの子の始末は私がしますから、、。せめて、今日は早い目に切り上げて下さい。運河祭でのスピーチがあります。そのう、なんと申しますか、あの後の貴方様は、何か様子が変です。ご自分では、お気づきではないのでしょう?そんな事を繰り返していると、政敵どもに感づかれます。」
 確かに事が終わった後のディモスからは、その身体がいくら「男」に戻っても、「雌」のオーラのようなものが強烈に立ちのぼっていた。
 アルフレッドは、ディモスのその期間が、どんどん長くなっている事も気になっていた。

「横取りする気?忘れたの?あなたが私をこの道に引きずり込んだんじゃないの。悪い人ね。」
 アルフレッドは、振り返って宛然とほほえむディモスから、恥じた様に視線をそらす。
 男の身体に男のヘヤースタイル、そしてきつく勃起したペニス。
 だがその顔は、「絶世の美女」という冠に値する。
 それはまるで、誰かから切り取ってきた仮面のようにさえ見える。

 アルフレッドは、その顔を見つめ続ける事に苦痛を感じていた。
 遙か昔、自らが使える主人の一人息子の美貌の中に感じた欲望が、今も、彼を責め続けているのだ。

「あっちの方は順調に進んでいるの?私の方のルートでもいいのよ。刑事一人ぐらい押しつぶすのに大した苦労はいらないわ。」
 光沢のある口紅を塗った唇が、ヌメヌメと独立した生き物のように動く。
 これが聴衆を演説で魅了する若き政治家の同じ唇とはとても思えない。

「それはいけません。私の、、息子の方なら、万が一、事が公になっても、あなたに累が及ぶことがないのですから。」
 アルフレッドは、二人の若者を闇の世界に導いた事になる、ひとりはゲイの政治家、もう一人は「組織」の幹部。
 我ながら立派な導師振りだと思った。
 悪か善かは、問題ない。それは時代によって入れ替わるものだからだ。
 要は、世界を切り開ける男か、どうかが大切だった、、。

「感謝してるわアルフレッド。でもここから先は、出ていって。、、ね。」
 金髪のセミロングのウィッグを付け終えたディモスが、アルフレッドの頬に軽いキスをする。

 アルフレッドは後ろ手で、ディモスの部屋のドアを閉めながら、、、、、今日、ディモスの「儀式」が済み次第、あの「買い取った」子を、殺してしまおうと決心した。
 汚れ仕事など、メルクーリ家の為に幾つもやって来た。
 しかし考えてみれば、あのCSキットを作った鴻巣徹宗が鴻巣時宗に成り代わるときに手を貸してやったのが自分だと思うと、運命というものは、何処までも皮肉なものなのだという気がした。
 あのすり替えの仕掛けには、我ながらヘドが出たが、今そのヘドが自分に跳ね返ってきたという事だろうとアルフレッドは思った。

    ・・・・・・・・・

 まだ幼いが、その分、綺麗で強靱なペニスを吸ってやると、「僕」の描いたような美しい眉が歪む。
 この熱くて薄い身体は、あの時の僕と同じなのだろうと私は思う。
 いろんな意味で「僕」は、あの頃の僕と似ている。
 愛し方を知らない親と、愛され方を知らない子ども。

 この「僕」は、アルフレッドの説明によると、誘拐したのではなく「買った」と同じなのだそうだ。
 しかも「僕」を売った人間は、決して生活に困窮していたのではなかったと言う。
 自分の持つ幼児虐待の衝動の恐怖から逃れる為に、自分の子どもを「誘拐」してもらう人間が、この世にはいるのですよ、とアルフレッドは驚いたように説明していた。
 だが私には、その気持ちがわかった。
 その親と子、両方ともにだ。

「うぅ。お姉さんきつく噛まないで。」
 私は返事をする変わりに、赤く塗った唇を歪ませて嗤ってみせる。
 私の大好きな、鏡の前で何度も練習した、とびっきりの悪女の表情。

「坊や、、。恨まないでね。みんなこのおちんちんが悪いのよ。」
 「僕」のペニスの鈴口に舌を差し込んでやる。
 益々、怒張が強くなる。
 肌理の細かい肌、薄い腹の向こうには張りのある乳房があり、私の愛撫を待っている。
 最高よ、アルフレッド。
 あなたのこの仔へのSCキットの使いこなし方は、芸術的だわ。
 もし私の時代に、SCキットがあったら、、、。
 アルフレッドと父親の顔が重なり、そして私の妄想は膨らみ、「加虐」へと登り詰め始める。

    ・・・・・・・・・

 アルフレッドは「儀式」を終えたディモスを玄関まで送り届けると、その足で屋敷内のシェルターに戻った。
 シェルターのドアを開錠する時、アルフレッドの網膜のスキャンがキィ代わりになる。
 登録者は、ディモスとアルフレッドの二人だけだ。
 アルフレッドはその事を思うと胸が苦しくなる。
 たとえばもし、このシェルターにアルフレッドとディモスだけが入らねばならないとしたら、「あの関係」は、再び回復するのだろうか?
 それとも、二人という密室の中で、アルフレッドはディモスによって断罪されるのだろうか。

 今、このドアの向こうには、新たな生け贄がいる。
 「それ」はアルフレッドのものではないが、ディモスが「それ」を欲したから、アルフレッドが「それ」を調達したのだ。
 贖罪の為?誰が何の為に。
 全ては、歪んだ肉欲の連鎖なのだろうか、、。

 ドアが開いた、シェルターの機密性から生じる気圧の差によって空気が動いた。
 あの子やディモスが使う香水の匂いや、先ほどまで繰り広げられていた肉欲の匂いが微かに感じられた。
 アルフレッドは、それらに自分が年甲斐もなく興奮している事に驚いていた。
 あの子をこれから始末する、そんな思いがアルフレッドの精神の変調を促進しているのだ。
 「生命」の発する信号に、過敏になっている。

「アイアンズさん?珍しいですね。お姉さんが、僕の所に来る日は、絶対に顔を見せないのに、、。」
 紗の降りたベッドの向こうから、あの子の掠れた声がする。
 SCキットのせいもあるのだろうが、極め付きの淫靡な声に成長している。
 一体この子は「何」になろうとしているのだろう?
 アルフレッドは、そこまで考えて微かに首を振った。
 空調設備の中に微かに仕込んである催淫剤の影響だろう。
 この子は、これから「何」にもなれはしない。
 この子が今からなれるのは、「死体」だけだ、、。

「いや、ディモス様に君の様子が心配だからと言われておってな。君は、今の生活に疑問を抱いておるそうだが。」
 あの子が、紗をすり抜けるようにして、ベッドから降りて私の前に立った。
 素肌の上に透けるような白いネグリジェを着ていた。
 その上からでも、胸と股間の相反する膨らみがはっきりと見えた。
 この子には、幼い頃のディモスの面影はない。
 私が愛したのは、少年ディモスだ。
 断じて「買い取った」子ではない。
 少年は、すらりと薄いが引き締まった筋肉の付いた腕をのばし、私の両肩に手を置いた。
 少年の、天使と娼婦が混じり合ったような顔が真正面に来る。

「この部屋から、僕は外に連れ出して。」
 その声を聞いて、私は再び、私の少年ディモスに対する罪の深さを思い出した。
 初めは、私との関係に怯えていた幼いディモス、そのディモスが暫くして、彼の方から私を誘惑するようになったのだ。
 その時、私は悔いた。

「駄目だ。君は自分が病気だということを忘れたのかね。」
「嘘。僕が病気なら、お姉さんは、なぜあんな激しいことを僕にするの?それをどうして、お兄さんや、アイアンズさんは僕のことをほっておくの。」
 ・・・少年が私にしがみついてくる。
 ふりほどこうとしたが、私はそれを止めた。

 少年は思ったより力が強かった。
 もし私が全力を出しても、この少年をふりほどけなかったら、たちまち立場は逆転してしまう。
 そうなったら、この子を始末するどころではなくなってしまう。
 私は少年をふりほどく代わりに、その形の良い頭を優しく抱いてやった。
 少年の驚くほど熱い吐息が私の首筋にかかる。

「外に連れ出してくれたら、僕を抱いてもいいよ。」
 少年の手が私の股間をまさぐっていた。
 結局、私は少年の命ずるままに、シェルターを出た。
 まるで若い飼い主に引きずられる老齢の犬のようだ。
 首輪は私の枯れた筈の肉欲の器官、引き綱は少年の手だ。
 私は見せ餌のような欲望に、鼻先を引きずられていた、、。


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