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第4章 精霊達
43: ライトが導く真実
しおりを挟む漆黒が初めて、WUWに一つしかないと言われている「ライト」を、自分の身体に照射された時の体験は衝撃的だった。
少年の頃、漆黒はWUWの顔役達の前に全裸で引き出され「ライト」で炙られた。
すると漆黒の全身に、余す所なく、それこそ歯にも眼球にも爪にも、よく見れば頭髪にさえ「入れ墨模様」がびっしりと浮かび上がったのだ。
「ライトの照射」、それがクローン人間と人間を見分けるもっと確実で最終的な手段だった。
この事実を知っている人間は限られているが、その彼らも勘違いしている事がある。
この入れ墨模様は、人間とクローンを判別する為にクローンに意図して仕込まれたものではなく、安定したクローン人間生成技術が確立しつつあった時、それと引き替えるようにクローンの身体に必然的に生まれた現象なのだ。
あの天才・漆黒賢治さえ、それを制御する方法を見つけられなかった。
いや、知っていてやらなかったのかも知れないが、、。
従って、クローンにはこの入れ墨模様を消す手だてはないし、この検査を行う人間も非常に特殊な設備を用意しなければ、それを行う事は出来なかった。
この設備の事を、人々は「ライト」と呼んでいる。
クローン人間が人間社会へ無秩序に混入し始めた時代、この「ライト」は大いに活躍した。
「ライト」照射が政府の施策として成立し正式に設置されたのが、本庁の「判別課」だった。
WUWにある「ライト」は、「判別課」のものとはまったく逆の目的で設置されていた。
つまりそれは「野良クローン」の中に混じり込んだ「人間」を、識別判定する最終手段だったのだ。
WUWは純然たる野良クローン社会ではない。
いわば社会から排除された人間達の形成する世界だったが、その中心勢力は野良クローンであり、WUWの運営は、彼らクローンの手にゆだねられていた。
このWUW社会を動かす重要なファクターとなる人物は、ある局面で、己のアイデンティティーを周囲に示す必要があった。
人間社会で阻害された人物がWUWにいても良いが、WUWの中心にはなれない。
あくまでもWUWはクローン人間を代表とする亜人間の世界だという事だ。
それがWUWで、ライトが使われる主なケースだ。
もちろん時には、WUWに潜り込んだ人間のスパイを狩り出す目的もあった。
いずれにしてもクローン人間にとって、他人から「ライト」を照射される事は、最大の精神的苦痛だったのだ。
もちろん、このことは、鏡像のように人間社会にも起こる。
つまり人間にとって、クローン体をあぶり出すためのライト照射を受けることは、最大の恥辱になる。
又、その行為は衆目を集めることになる。
それをあえてジッパーは鴻巣時宗の正体を暴くためにやり、そしてそれに失敗したのだ。
・・・・・・・・・
本庁の「判別課」の刑事達は、ライトの設置場所をホワイトルームと呼んでいた。
「真田信仁と、弟・信道のIDが抹消されたその経緯が知りたい。ここに来れば、他では掴めない情報も教えてくれると聞いた。」
漆黒は、彼の対応に当たった「木曜日の男」と呼ばれる刑事に、そう単刀直入に切り出していた。
本庁の判別課に所属する刑事達の氏名は、一般には公表されていない。
野良クローン狩りが激しく行われていた頃には、人間に対する彼らの報復行為も多少はあったから、そこから彼らを守る為の措置が、未だに残っているのだ。
「判別課」は、多数持ち込まれる判別事案を、日割り7ローテーション、つまり曜日で管理していた為、その担当者を「何曜日」と呼んでいる。
漆黒が訪れたのは、木曜日だった。
「ホワイトルームの中に案内するわけにはいかないが、その前の尋問ブースで話をしよう。あそこは落ち着くんだよ。」
木曜日の男は、漆黒の内面の動揺を知ってか知らずか、楽しげにそう言った。
木曜日の男にしてみれば、本庁に訪れたお上り地方刑事への悪ふざけのつもりなのだろう。
腕利きの「判別課」の刑事は、ホワイトルームでクローンを照合にかける前に、尋問ブースでその正体を突き止めるという、彼はその場所で漆黒と話をしようと言うのだ。
「それで、情報の見返りは何だ?」
「・・・捜査協力をしてくれと言っているんだ。あんたと俺は同じ警官だろ?何故、見返りが必要なんだ。」
「こいつは驚いたな。ここに来て、そんな台詞を吐いた奴は初めてだ。」
木曜日の男は本当に驚いているようだった。
「ひょっとしてお前、クローンか?統合署は人手不足の解消の為に、妙な制度をつくったらしいな。その制度には、あの竹中鍛造が作ったレヴィアタンが絡んでる。、、いかにも怪しげだ。」
今度は木曜日の男がにやついて言った。
本庁の「判別課」は、漆黒の正体が最もばれやすい場所の一つだった。
漆黒は動揺するが、刑事家業で鍛えたポーカーフェイスは揺るがない。
第一、ばれた所で、漆黒は「番犬」として警察に正式登録した身だ、法律上はなんの問題もない。
「ここに来るクローンはな。みんな、自分は人間だ、これは自分を陥れる為の冤罪だとか、喚くんだよ。それが真に迫っていて、ついこっちもコイツは人間なんじゃないかと思っちまうのさ。そういう奴らと同じ匂いがするんだよ。あんたは。」
「、、、。」
「つまりだ。あんたにつられて、俺もホントは警察官だったのか?って錯覚をおこしちまうんだよな。」
男はそう言い終わると、ヒステリックな馬鹿笑いを始めた。
「落ち着いたか?もう一度言う、捜査協力をしてくれと言ってるんだ。」
「いいか、邪魔くさいが説明してやるよ。ここは判別課だ。ここでやっているのは、刑事事件上に浮かんだある人物が、クローンなのか、人間なのかをハッキリさせておく事が重要になった時、その白黒を判定し、お墨付きを与える事だ。それ以外の事はしてない。つまり人間の事件は関係ないんだよ。真田兄弟なんて名前は、他の曜日からも聞いてない。そいつらは、人間の領域ってことだ。」
木曜日の男はそういった。
ライト照射自体は、今の世の中ではそう頻繁にある事ではない。
各曜日毎の担当者間での情報交換は常に行われているのだろう。
「だが、正規登録のクローンの判定は非常に難しい。今のご時世、もし間違って純粋な人間をライトで照合したら大問題になる。だから警察は、ライトにかける前に、その人間の判定率を99.9パーセントの確率まで引きあげようとする。その為に普通の警察業務では扱えないような諸々の深いレベルの情報が、ここに集まる。、、あんたら「判別課」に勤務してる人間の裏家業は情報屋だ。それで、しこたま稼いでいるんだろう、違うか?そんなあんたらに、俺はあえて同じ警官として、調査協力をしてくれと頼んでいるんだ。」
その漆黒の言葉に、木曜日の男が少し考え込んだ。
「、、、少し、サービスしてやってもいい。どうもあんたは他の客と比べると、手持ちが少なそうだしな。金目以外に何か、ないのか、、?」
『ゲス野郎が、、』という言葉を飲み込んで、漆黒は言った。
「恩に着る。俺の叔父貴は売春シンジケートの張果だ。張果の事はあんたも知ってるだろ?張果に口を効いてやるよ。ロハで女を、いや男でもなんでいいいが、遊ばせてやる。特殊な遊びだ。始めるのには相当な金がいるし奥が深い。のめり込むぜ、きっと、でもそうなるともっと金がかかる。それでもロハだ。どうだ?」
漆黒は、この相手のレベルなら交換条件に出来るネタを幾つか持っていたが、あえてそれは置いておいた。
こいつは、張果の所で、快楽地獄に沈めて破滅させてやると、決めたからだ。
「、、、それでいいだろう。だが下手な真似はするなよ。あんたがこの取引を不履行に終わらせたら、あんたはあんたの人生で最高の痛手を被ることになるぜ。例えば、あんたの正体が人間社会に紛れ込んだ野良クーロンだって俺が判定して上に上げりゃ、あんたは泣こうが喚こうが、野良クローンとして解体されるんだ。自分には警察との契約があるから大丈夫とか思ってないだろうな?どうせあんた、レヴィアタンあたりを入り口にして、警察に潜り込んだんだろ?お見通しだぜ。そこからひっくり返せるんだ。俺達には、その他、色々な手がある。それを忘れるなよ。」
「ああ、もちろんだ。そこんところは、よーく心得てるつもりだよ。」
再び「このゲス野郎が」と内心で呟く漆黒の目の前で、木曜日の男は、二人の間のディスクに埋め込まれた末端を引き出し、なにやら検索し始めた。
数分が経った。
木曜日の男にしても、咀嚼するのに時間がかかるデータなのだろう。
「真田兄弟の罪状は親殺しだ。しかもその親は、クローン人間だ。」
「クローンに育てられた幼い人間の兄弟が、そのクローンを殺したって?クローンに、親権はないはずだぞ!」
「クローンに人間の子どもを育てる親権がないと言うのは間違いだな。条件が揃えば、特例的に認められるケースがある。例えば三世代家族で、爺さんが息子を亡くして、息子代わりのクローンを生成、孫は死んだ息子が妻に膿ませた純粋な人間、、そんな感じだ。だが大抵こういうのは、後々こじれて事件になり俺達の所に持ち込まれる、、、。まあ大方は、自分の余命が判っている親が、自分の子どものために自分のクローンを生成するってのが基本だ、そういうケースでは、認可がおりるケースが多いんだよ。だが真田の場合は、それらのケースから比べても、ちょっと特殊だ。」
「どういう事だ?」
「児童虐待って知ってるだろ。このクローンは、真田兄弟に手ひどい虐待をやってた。だがある日、弟の方がそれに耐えきれず反撃しボロボロにされた所を、兄が加勢して、とうとうそのクローンを殺しちまった。」
「クローンが虐待だと?親代わりのクローンが、虐待をするなんてあり得ない!クローンを生成したのは、その子ども達を育てる為だろうが、、。クローンは、人間みたいな壊れ方はしないぞ!」
「そういう事だな。だが、そのクローンが、子どもを虐待し続ける為に、意図的に生成されたとしたら、どうだ?あんたと同じ名の漆黒賢治が作ったソウルプリンターは、そういう使い方に向いてると思わないか?」
「、、、、。」
漆黒は絶句した。
彼の思考の範疇を超えていたからだ。
どこの親が、自分が死んだ後も、自分の子どもを虐待し続けたいからと言って、わざわざ自分のクローンを生成する!?
あるいはその邪悪な考えを、周りの親族が支持するというのだ!?
漆黒には訳がわからなかった。
「あんたにゃ、判らんだろうが、世の中には実に色々なケースがあるんだよ。結果だけみりゃ信じられん事でも、その経過を丹念に調べていくと、多少はこっちの腑に落ちる事もある。こういう仕事を専門にやってると、いやという程それが判ってくる。、、それでもこの真田兄弟のケースは異常だがな。だから上層部も処理に困ったんだろう。単純な親殺しなら状況を配慮しても、これはそれなりの事件だ。しかし殺した相手がクローンとなると、話は違ってくる。殺人じゃないからな。普通に考えりゃ情状酌量の余地も出てくる筈だろ、だがそうならない。このケースを厄介なものにしてるのが、このクローンの原体に当たる人間の社会的地位だ。原体の悪行がばれると、それが与える社会的影響が大きい。、、こういう裏情報を金に換えてる俺でも、こいつとは関わりたくないって思わせるような人間なんだよ、この原体は。」
「その野郎の為にも事件そのものを無かった事にしたのか、、。たしかに厳密に言えば『殺人』はなかった訳だからな。クローン殺しは、殺人罪では問われない、単なる器物破損だ。でも事件は起こった。それでもいつかどこかで、この事件、この処置が露見する恐れがある。その時、司法は言い逃れが出来るように、真田兄弟のIDを剥奪する方法をとり、彼らには、実刑を処さなかった。、、そんな感じなのか、、。」
「まあ大体が、そんな所だ。実際には随分色々な紆余曲折があったみたいだがな。その辺りは、このデータで判る。ダウンロード出来るぞ、持って帰るか?同じ警察官のよしみだ。サービスしてやるぜ。」
木曜日の男が、嫌みたらしく笑った。
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