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第4章 精霊達

41: 本庁判別課へ

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 現在の警察にも大昔で言えば「本庁」、つまり警察庁に該当する「特別の本部機関」がある。
 「本庁」は、全ての国家保安部門が7つに分割運営されている現在でも、階級的にはそれらの上とされているが、通常は国家の厳戒態勢レベルで使用される特別な指令系統時を除いて、その働きに特に際だった役所はない。
 言わば、前世紀の「遺構」のようなものだ。

 ただし、人間に酷似した知的生命体と人間を峻別判定する設備と権限があるのは、この本庁と最高裁判所だけだ。
 最高裁判所の判別機構と機能は最後の切り札のようなもので、実際にそれが使われた事例がなく、実質的には、人間を偽ったクローン人間等を判別するのは、この「本庁」の役目という事になる。

 多くの野良クローン人間が、WUWやEUWに追い込まれる前までは、この本庁の「判別課」がフル回転していたといわれる。
 「判別課」とは、いかにも単純な名前だが、その職務内容の説明としては最も判りやすい。
 そして野良クローン達には、最も恐れられた名前でもあった。
 今では、この課を存続させるためだけに、警察の完全民営化が最後まで行われなかったのではないかと言われている程、国家権力、いや人間権力と強く結び付いたセクションが、「判別課」だった。

 今、漆黒はその「判別課」に、向かおうとしていた。
 カミソリ男こと、真田信仁とその弟・信道の過去を洗い出すためだ。
 二人の過去については、張果がもう少し知っていそうだったが、当の本人がだんまりを決めた限りには、漆黒の立場上、それ以上を彼から聞き出す事は出来なかった。
 今すぐにでも、張果の甥になると漆黒が誓えば、話は変わったのかも知れないが、漆黒には、まだ刑事としてなすべき事が、いくつか残っていた。

 現時点では、真田兄弟がクローン人間である可能性は限りなく低い。
 通常人間の素体をナノマシン細胞に入れ替えるメリットはあっても、元から様々な細工が可能なクローン人間を、わざわざナノマシン製にする必要がないからだ。
 しかし真田兄弟は、そのIDを完全末梢されている。
 ID抹消と付加は、クローン人間について回る情報と宿命のようなものであり、それらは常に、本庁の「判別課」に集約されていく。
 それと同様に、人間のID情報も、「判別」の際の資料として、その全てが「判別課」に「資料」として集約されているのだ。

 それらの情報は、通常のデータベースでは引き出せない階層のものばかりだった。
 「判別課」に直接出向けば、裏のレアな情報が手に入る。
 漆黒は、その事を知っていた。
 なぜなら、漆黒は過去に、自分のID情報を何度も書き換えようと試み、その方法を探ってきた過去があるからだ。


 漆黒の本音で言えば、自分の古傷に触れるようなこんな調査はしたくなかったのだ。
 鷲男も伴えない。
 仕事上の役割分担としても、レオンの方が適切だと思えた。
 幸いにもレオンの相棒であるピギィの再生治療は、順調な仕上がりを見せているようで、その身体はもうすぐレオンの元に返されるようだ。

 それを待っても、と漆黒は考えたのだが、結局、その考えを捨てた。
 自分の過去ともう一度真正面から向き合うことが、カミソリ男の真実を知る事に何処かで繋がる気がしたからだ。
 ラバーボール殺しは単純な猟奇事件はない。
 亜人間や人間の変容に関わる問題を含んでいる筈だった。
 漆黒にとって、この事案は、既に「刑事の前に置かれた単純な仕事」では、なくなっていたのだ。


 弾丸列車を降り、中央改札口出口から見える首都のビル群を眺めながら、漆黒は途方に暮れていた。
 半端のない首都の交通量と渋滞、遠くから眺めているだけでもそれが判った。
 ビーコン導入の自動運転制度を利用していての、この渋滞は異常だった。
 実質的に、この国の権力の中枢は、ヘブンに移行してしまったのにも関わらず、地上はこの姿だった。
 いやこの「首都」は、自分が2番目に陥れられたのを逆恨みして、自ら「渋滞」を引き起こしているのではないかと思える程だった。

 『仕方ない、、本庁まで地下鉄で行くか、、。』と漆黒は諦め、地下鉄への接続通路に向かった。
 「首都の地下鉄は、昼間でも危ない」これは一般常識だった。
 もちろんこの地下鉄が、こんな状況になったのは、警察の弱体化とヘブンの登場以降の事だ。
 民間警察に地下鉄の警備を任せれば良かったのだが、当時の行政が下手なプライドを発揮して、その事に二の足を踏んだのが、事態を現在のように悪化させていた。
 ただそれでも、真っ昼間から銃撃戦が四六時中展開されるという程ではない。
 どうしても急ぎの商用があるというビジネスマンは、今でもこの地下鉄を利用するし、地上の高額な交通機関に金を払えないという人間は地下鉄を利用する。

 漆黒は、地下鉄の危険性に怯えている訳ではない。
 ただトラブルに巻き込まれてしまうと、半日で済ませてしまえる捜査が、そうはならない。
 第七統括区から首都まで弾丸列車で丸一日かかる。
 残して来た鷲男には、単独行動を命じてあるが、鷲男がそれをどうこなしているかも気になる所だった。
 そして漆黒は、自分にはトラブルを呼び寄せる特殊能力がある事を自覚していた。

 「何も起こりませんように」、、、そんな漆黒の願いが通じているのか、本庁前への路線に乗り換える為に、地下鉄車両を降り、新たな地下鉄通路に足を踏み入れたまでは何も起こらなかった。
 それどころか、「眼福」まで向こうからやって来たのだ。
 地下鉄の長いプラットホームを、漆黒のいる方向に向けて、一人の素晴らしいプロポーションを持った美女が歩いて来る。
 長く豊かな髪の色は黒、瞳は青。
 ただファッションが少し変わっていた。

 娼婦ファッションというのか、上は豊満な胸だけを隠した黒いタンクトップ、下はこれも同じような黒いホットパンツに黒いレザーのロングブーツ姿。
 首から胸にかけては太い金のネックレスが巻かれている。
 丁度、胸の谷間に乗っかっているネックレスの先端には、黄金のカメレオンの干からびた像が繋がっている。
 『、、干からびたカメレオン?ブードゥー教の占い、魔術儀式などに使われるアイテムの一つだな、、』

 漆黒の脳内に、危険を知らせる点滅灯が付いた。
 羊男をやった相手は、女性だ。
 普通なら精霊の視覚記憶で、相手の顔を復元できる筈だが、羊男は頭部をスポンジ状にされていて、何も判らない。
 ただ橋の等間隔に据え付けてあった高い位置にある監視カメラが、彼らの闘いの様子を遠くから辛うじて記録していた。
 記録は後に誰かの手によって綺麗に削除されていたのだが、ジッパーが執念でそれを復元していた。
 それで羊男の相手が、教団関係者の大柄の女である事までは判明していたのだ。

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