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第4章 精霊達

39: 鷲男、神父の正体を調べる

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 鷲男は、その男を拷問しながら「高潔」という言葉の意味について考えていた。
 それは彼らの父親であるドク・マッコイが、精霊たちに求める精神性である。
 言葉の意味は判るが、実際に生きている人間の中には、存在しないものであるという事までは分かっていた。

 いや、多少は屈折しているが、鷲男のトレーナーである漆黒にはその片鱗があった。
 だが漆黒は本当の人間ではない。
 しかしこの事は、純然たる母数の問題で、まだ鷲男が高潔な人間に遭遇していないだけかも知れなかった。
 自分の推測は良く当たるが、推測は、推測にしか過ぎない。
 この問題については、結論を出すのをもう少し先に伸ばそうと考えた。
 とにかく今は漆黒に与えられた課題を、こなす事が重要だった。

『なあフレースヴェルグ。お前も、もうそろそろ一人でやって見る時期が来てると思うんだ。で、最初の仕事なんだが、一つ、俺の使い走りみたいな事をしてくれないか?いや、使い走りと言っても、今の事案と全く関係ないわけじゃない。鴻巣神父の正体を知りたいんだよ。張果の爺が色々教えてくれたが、、まだ足りない。鴻巣は的のど真ん中にいる人物じゃないが、俺には何か引っかかるんだ。ホントなら俺が調べなくちゃならん人間なんだがな。、、どうにも気が乗らない。いや正直に言おう、鴻巣については、なんだか調べるのが、嫌なんだよ、、こう気持ちが、ゾワゾワするんだ。、、だから、頼む。』

 この件に限らず、鷲男は漆黒が普段から決して他の人間には喋らないことを自分に向かって喋っているのは分かっていた。
 その理由は、漆黒が自分を信用している訳ではなく、漆黒が喋っている内容を、精霊が本質的に「理解」できていないと思い込んでいるからだ、と鷲男は考えていた。
 実際、「理解」とは、人間関係の上に成り立つものだ。
 コンピュータは、人間の気持ちを本質的には「理解」しないと言われるが、その理由は簡単だ。
 それはコンピュータと人間の間に「人間関係」がないからに過ぎない。
 しかし鷲男は、漆黒が自分に全てを話し始めるその事に、喜びのようなものを感じ始めていた。
 そしてその喜びは、鷲男の内部で、この人間の為に何かをしてやりたいという欲求に変化していたのだ。

 精霊は、その外見上の問題があって、他の刑事達のように、社会に馴染みながら捜査を進めるということが出来ない。
 その代わりに、卓越した推理能力と超人的な身体能力がある。
 推理能力は精霊の頭脳に採用されたジャスティスシステム”宝石のような思考”の延長上にある。
 精霊の頭脳はその見てくれから、クローン人間のような、つまり人間の頭脳のようなものと思われやすいが、実際は最新コンピュータを生体で置き換えたものだ。

 ただし設計理念が、他のモノとは変わっている。
 大雑把に言えば、コンピュータとそれを使用する人間の意志を、等分のバランスで二部屋に分け、一つの頭脳の中に詰め込んだような物だ。
 純粋な結果のみを追求する演算機能と、多様な価値体系の中で呻吟し彷徨いながら一つの決着を得る人間の選択意志が、等分の天秤に掛けられているのだ。
 最後に、誰が何を選ぶのか?
 それがドク・マッコイが拘る「精霊」の意志だった。

 鷲男は自分の推理機能に、警察のデータベースを繋いだ。
 一番多く用いた情報は、公安課刑事レオン・シュミットのものだった。
 漆黒達、刑事には知らされていなかったが「精霊」に開示される情報レベルは、刑事達のそれより遙か上にある。
 「精霊」は情報を悪用しないからだ。
 いや、そう規定・設定されていた。

 鷲男はブゥードー教団ロアの人物リストの中から、最も拉致しやすく、最も鴻巣神父の情報を多く握っている可能性のある人物を一瞬のうちに割り出していた。
 彼は教団内で、「ラットマン」という渾名を付けられていた。
 確かに、その容貌は鼠に似ていなくもないが、その名の由来は、彼が教団の裏の事務方として素早く多くの仕事をこなす所から来ているようだった。

 教団の人間には、教義上、身体がノーマルな人間しかいない。
 もっともそれは表向きの話だが、一応、このラットマンも身体的に見れば、純粋なか弱い人間だった。
 そんな普通の人間を、「精霊」が拉致するのは実に簡単な事だった。

    ・・・・・・・・・

「何が起こったか、君は良く判らなかっただろう?説明してあげるよ。」
 鷲男は先ほど、ラットマンの左手から引きちぎった「人差し指」を、側に置いてあった大きなポリバケツへ優雅に投げ込みながら、歌うように言った。
 鷲男の服装は、全裸の上に透明のビニールコートを着て長靴を履いている。

「指を引っこ抜かれて、痛くないはずがないものな。」
 珍妙なスタイルの筈だが、筋肉がほどよく付いた均整のとれたギリシャ彫刻のような身体や、鷲の頭部が胸元の大胸筋に自然に連なっていく部分などがよく見え、かえって神秘的な見栄えになっていた。

「君に最初に注射した医療用ナノマシン液のお陰だよ。あれには止血と神経遮断、それに細胞賦活に殺菌と、人間を深い外傷から救い出す機能がある。」
 鷲男は、肘掛け付きの木製椅子に縛り付けた男から少し離れ、自分の背後に置いてある金属トレーに歩みよって、そこから小型のパッドを持ち上げて見せた。

「そのナノマシン液の動きは、これで制御する。ほら、試しにやって見よう。」
 鷲男がパッドの表面に描かれている人体マークの左手先端をタップする。
 途端に、男の口から絶叫が上がった。
 すると鷲男はまたパッドをタップした。
 男の声が止むと鷲男は静かな声で言った。

「どうだ?もう痛くないだろう?凄い効き目だ。今の操作で、痛覚遮断だけを一瞬解除して、又、元に戻したんだよ。」
 鷲男はパッドをテーブルの上に置くと、その代わりに今度はテーブルに凭せ掛けてあった柄の長い大まさかりを手にとって男の元に戻ってきた。
 まさかりは、警察の突入班が家屋の扉をぶちわる為に使用する備品だった。
 それを見た男の目が見開かれる。

「実を言うと、この部屋もナノマシン液も、勿論、こいつも全部、ロハなんだよ。お金が掛かったのは君を縛り付けてるその木製の椅子だけだ。椅子を設計したのも作ったのも私だから、安く上がったけどね。だが、そのお金だって警察の経費から、つまり税金から出てるんだから無駄遣い出来ない。だからホントは、この椅子にはリクライニング機構だって付けたくなかったんだが、君の脚が下向きだと、脚をぶった切る時に、コイツのスィングが不自然になるだろう?斜めのそぎ切り?やってやれないことはないが、断面が美しくないだろ?」
 鷲男が大まさかりを軽々と肩に担ぎ上げる。
 たしかにラットマンの両脚は、水平に近く持ち上げられた椅子の下部に乗っかった状態だ。

「う、嘘だ、、。全部、脅し、、なんだろ?」
 男が初めて口を開いた。
「嘘?あああ、それが君の願望だね。嘘であって欲しい。だがそれは間違ってる。」
 鷲男はそう言うと、いとも自然にまさかりを振り上げ、人差し指がなくなった男の左手めがけて、それを振り落とした。
 ヒュン!メリリという骨が潰れる鈍い音がして、まさかりの先端が軽々と手首を寸断し、肘掛け部分の木にガツンとめり込んだ。

「おっと、力加減を注意しないとな。椅子までボロボロになって、しまいそうだ。」
 鷲男はそういうと、めり込んだまさかりを抜き取って床に置き、吹っ飛んでいった男の左手首を回収しに行った。
 ラットマンの顔は、顔面蒼白になり歯がガチガチと鳴っている。
 ただそれでも衝撃を感じたものの、痛みはないのだ。
 手首を拾ってラットマンの元に戻ってきた鷲男は、その手首の断面を丁寧に彼に見せてやった。

「どうだい?自分の手首の構造ってちょっと見られないだろう?それにしてもナノマシン液の効き目って凄いよな。こっちの切り離した分まで、止血が効いてる?どうだ?もう一度、痛み止めの方も、効き目があるのか、再検証してみるかい?」
 ラットマンの首が激しく横に振られる。
 鷲男の頭が、ククッと斜めに傾ぐが、それが人間のどういう動作に当たるのかは判らない。
 鷲男は男に見せつけていた左手首をあっさりポリバケツにほおり投げ、パッドの置いてあるテーブルに近づいて行く。

「止めろ!!止めてくれ!!何でも話す、それが目的なんだろ!何でも言う。いや言わさせてくれ。、、下さい。だからそれを動かさないで。」
 鷲男はそんなラットマンの声を無視して、パッドを操作した。
 ラットマンの頭が、ガクンと後ろに引かれ、目が見開かれる。
 口は絶叫の形に開かれるが、今度は声も出ない。

 ラットマンは気絶したかったのだろうが、ナノマシン液によって、それも抑制されているようで、彼の顔は一瞬、苦悶に凍結されたように見えた。
 ただしそれは一瞬だけの出来事だった。
 鷲男が直ぐにモードを、応急措置に戻したからだ。
 ラットマンの元に戻ってきた来た鷲男は、床に寝かしてあった大まさかりを再び拾い上げると、今度は、男の右手を切り落とした。

 何の躊躇いもない。
 機械の歯車が、もう一度、一回転したようなものだ。
 しかしラットマンの人間の神経は、恐怖に引き伸ばされて、もう切れかかっている。
 それでも気絶が出来ない。
 拷問の域を超えていた。

「君は両手を失った。手首は私が始末するから、君はここを解放される事ができたら治療じゃなく、処置を受けるしかない。つまり処置者の君は、教団にはもう戻れないって事だ。ああ、教団では、例外もあるようだが、こんな拷問を敵の手で受けた人間を、そこまで特別対応してやるって事はないだろうね。そこの所をよく考えて、喋ってくれたまえ。文字通り、洗いざらい一回で全てを話すのが、結局は君の為だ。君が失ったのは、今のところ手だけだ。君にはま、だ両腕も両足も残っている。」
 鷲男との黒くて丸い目が、男の目を覗き込んでいる。

「それとまだ裏切った時の教団の報復が怖いとか思ってるんなら、お笑いぐさだよ。それは此処を生き残ったらの話だろう?私は君の話が不十分だったり、まだ嘘があると思ったらとことんやるよ。そうなったら、この優秀なナノマシーン液でも処理が追いつかないだろうね。」
「、、、ああ、、、でも、でも、、俺が嘘を付いてないって、どうやって貴方が判るんです、、」
 ラットマンは、涙声で言った。
「私は判らないよ。判るのは君だけだ。だから本当に、正直に話すんだね。」
 鷲男は一切の感情を見せずにそう言った。



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