上 下
37 / 89
第3章 永き命、短き命

36: 鷲男の名はフレースヴェルグ

しおりを挟む
「おーっ、今日はなんだか、この店の方からくせぇ匂いがすると思ってたが、その正体が判ったぜ。」
 バーに入って来た大男は、カウンター席の一番奥に座ったが、その巨体を見せつけるように身体を漆黒達に向けている。
 この男、本来、アンダーワールドの最深部で鮫のように動き回っている人間だが、キアラ目当てでバー・カミュにやって来るのだ。
 そしてこの男司馬は、十年程前にアンダーワールドに突如表れた漆黒少年の生み出した数々の武勇伝の戦いの一コマを彩った男でもあった。

「久しぶりだな、、司馬。」
 そんな男を漆黒は無視することもできず、声だけはかけて見る事にした。
「うん?何か言ったか?裏切り者のくさい犬が、いま何か喋ったか?」
「やめとけよ、、」
 アベルが仲裁に入ろうとする。

「黙ってろ、アベル。仲間面すんな。今、俺は客としてやって来てるんだ。」
「俺、帰るわ、又、来るし。」
 漆黒はそう言って立ち上がろうとしたが、司馬から再び、声が掛かった。
 鷲男はまだ腰を上げない。様子を見ているようだった。

「なんだよ、もう帰るのか。そうかい、判ったぜ。その鷲頭のケツの穴を今から掘りにいくんだな?」
 スツールから降り掛けた漆黒の身体が止まった。

「いい加減にしろよ、、コイツは関係ねえだろ。今日はコイツと旨い酒を飲みたくて此処に来たんだぜ。」
「ほう、そうかい、そのお陰で、こっちの旨い酒が台無しだ。」
「、、表に出ろ。良い機会だ。外で決着をつけてやる。お前、俺が此処を出てから、漆黒は自分がナンバーツーなのがばれるのが嫌で、外に出たんだとか、周りにふかしているらしいな。いい年して、いつまでチンピラ気分でいやがるんだ。そんなだから、俺達クローンが、人間に舐められるんだよ。」
 司馬が気色ばんで立ち上がった。
 司馬も身体能力が増強されているクローン体だ。

「ここじゃ、迷惑だ。表に出ろと言ってんだろうが、、」
「やかましい!」


 二人は激突した。
 お互いが渾身の力を込めた右ストレートパンチを打ち込み合う。
 二人の左肘がそのパンチを受ける。
 二人は同じ事を、お互いを確かめるようにもう一度繰り返す。
 司馬がニヤリと獰猛に笑うと、そこに宝石が嵌め込まれた犬歯が見えた。
 対する漆黒の表情は能面の様に静かだ。

 傍から見ているだけでも、これがただの喧嘩ではないことが分かる。
 一発一発のパンチの威力が物凄いのだ。
 ブンッという風切り音が聞こえる。
 二人が右へ旋回する。
 相手を崩すためのジャブが同じように出る。
 崩せないと分かると、二人は、大きく間合いを踏み込んで司馬は右フックを、漆黒は左でガードしながら時差をつけたアッパーカットを相手に送り込む。

『殺っちまえ!猟!』
 アベルは心の中で叫んだ。
 そいつが死んだら、妹が苦しまなくて済む。
 二人のパンチは、それぞれ相手を掠め、二人は、よろけながら再び間合いを取る。

「なんなの?この二人、馬鹿じゃないの!」
 キアラには、この二人が死をかけた力比べをしているように見えたのだ。
 鷲男は、二人の闘いを黙ってずっと見つめている。

 漆黒のスピードが少しずつ落ちてきた。
 同等の打ち合いを続けると、体重があるぶん、司馬の打撃の方が相手へのダメージが大きいのだ。
 壁際に追い詰められた漆黒の顔面めがけて司馬のパンチが飛び、漆黒がそれを避けたあとの壁がボコッと凹む。

 これを数回やられて、たまらなくなった漆黒が、司馬のパンチを抑えようと相手に組み付いた。
 打ち合いから組み合いに流れを変えた司馬が、とうとう漆黒の腕を絡めっ取ったと思った瞬間、本当の勝負が付いた。
 身体能力は互角でも、実践で身につけた逮捕術を持つ漆黒が、自分の腕を掴んで来た司馬の手を支点として、空中で司馬を一回させ、その身体を床に叩きつけていたのだ。

 漆黒は倒れ込んだ司馬のコメカミに自分の踵を蹴り落として、最後のケリを付けた。
 バー・カミュに、司馬の頭が床にぶつかるゴン!という音が響いた。
 これでも司馬は数分すれば回復し、再び立ち上がるだろう。
 漆黒は、今のうちに退散するしかなかった。

「勘定を頼む。店の修理費も入れといてくれ。もっと上手くあしらえると思ってたが、こいつも意外と手強くなってた。スマン。」
「馬鹿を言うな。勘定はいらねぇよ。俺の奢りだ。それに修繕費は司馬から貰うさ。店を無茶苦茶にしたのはこいつだからな。」

 アベルは一瞬でも、漆黒に司馬を殺して欲しいと願った自分を恥じた。
 妹を守るべきは、自分なのだ。
 戦う力がないなら、司馬のグラスに毒をもってやればいい。
 要は覚悟の問題だった。

 漆黒は野良である事を止めた。
 ウェストで裏の顔を見せたレヴィアタンに、漆黒が野良クローンである自分を登録した時点で、彼は一か八かの賭けに出たのだ。
 ウェストにそのまま残っていれば良い目ができたはずなのにだ。
 それだけの度胸と覚悟があったということだ。
 野良クローンを、裏切ったわけじゃない。
 野良は、このアンダーワールドで燻っている限りには安全なのだ。
 司馬も本当はそれを知っている。
 だから漆黒に苛つくのだ。

「、、、そうか。じゃゴチになる。行くぞ、フレースヴェルグ!」
 漆黒はアベルに背を向けた。
 鷲男もその後に続く。

「鳥さん!猟ちゃんをお願い!」
 漆黒の背後から、そんなキアラの声が掛かった。
 あろうことか、鷲男がそれに答えて、クゥと小さく鳴いた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

かれん

青木ぬかり
ミステリー
 「これ……いったい何が目的なの?」  18歳の女の子が大学の危機に立ち向かう物語です。 ※とても長いため、本編とは別に前半のあらすじ「忙しい人のためのかれん」を公開してますので、ぜひ。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

【完結】美しい7人の少女達が宿命の敵と闘う!!ナオミ!貴女の出番よ!!恋愛・バトル・学園、そして別れ……『吼えろ!バーニング・エンジェルズ』

上条 樹
SF
「バーニ」、それは未知のテクノロジーを元に開発された人造人間。 彼女達は、それぞれ人並み外れた特殊な能力を身に付けている。 そして……、新たに加わった7人目の少女ナオミ。 彼女を軸に物語は始まる。 闘い、恋、別れ。 ナオミの恋は実るのか!? いや、宿敵を倒すことは出来るのか!? 第一部「吼えろ!バーニング・エンジェルズ」 ナオミ誕生の物語。ガールズストーリー 第二部「バーニング・エンジェルズ・アライブ」 新たなバーニ「ミサキ」登場。ボーイズストーリー

処理中です...