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第3章 永き命、短き命

36: 鷲男の名はフレースヴェルグ

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「おーっ、今日はなんだか、この店の方からくせぇ匂いがすると思ってたが、その正体が判ったぜ。」
 バーに入って来た大男は、カウンター席の一番奥に座ったが、その巨体を見せつけるように身体を漆黒達に向けている。
 この男、本来、アンダーワールドの最深部で鮫のように動き回っている人間だが、キアラ目当てでバー・カミュにやって来るのだ。
 そしてこの男司馬は、十年程前にアンダーワールドに突如表れた漆黒少年の生み出した数々の武勇伝の戦いの一コマを彩った男でもあった。

「久しぶりだな、、司馬。」
 そんな男を漆黒は無視することもできず、声だけはかけて見る事にした。
「うん?何か言ったか?裏切り者のくさい犬が、いま何か喋ったか?」
「やめとけよ、、」
 アベルが仲裁に入ろうとする。

「黙ってろ、アベル。仲間面すんな。今、俺は客としてやって来てるんだ。」
「俺、帰るわ、又、来るし。」
 漆黒はそう言って立ち上がろうとしたが、司馬から再び、声が掛かった。
 鷲男はまだ腰を上げない。様子を見ているようだった。

「なんだよ、もう帰るのか。そうかい、判ったぜ。その鷲頭のケツの穴を今から掘りにいくんだな?」
 スツールから降り掛けた漆黒の身体が止まった。

「いい加減にしろよ、、コイツは関係ねえだろ。今日はコイツと旨い酒を飲みたくて此処に来たんだぜ。」
「ほう、そうかい、そのお陰で、こっちの旨い酒が台無しだ。」
「、、表に出ろ。良い機会だ。外で決着をつけてやる。お前、俺が此処を出てから、漆黒は自分がナンバーツーなのがばれるのが嫌で、外に出たんだとか、周りにふかしているらしいな。いい年して、いつまでチンピラ気分でいやがるんだ。そんなだから、俺達クローンが、人間に舐められるんだよ。」
 司馬が気色ばんで立ち上がった。
 司馬も身体能力が増強されているクローン体だ。

「ここじゃ、迷惑だ。表に出ろと言ってんだろうが、、」
「やかましい!」


 二人は激突した。
 お互いが渾身の力を込めた右ストレートパンチを打ち込み合う。
 二人の左肘がそのパンチを受ける。
 二人は同じ事を、お互いを確かめるようにもう一度繰り返す。
 司馬がニヤリと獰猛に笑うと、そこに宝石が嵌め込まれた犬歯が見えた。
 対する漆黒の表情は能面の様に静かだ。

 傍から見ているだけでも、これがただの喧嘩ではないことが分かる。
 一発一発のパンチの威力が物凄いのだ。
 ブンッという風切り音が聞こえる。
 二人が右へ旋回する。
 相手を崩すためのジャブが同じように出る。
 崩せないと分かると、二人は、大きく間合いを踏み込んで司馬は右フックを、漆黒は左でガードしながら時差をつけたアッパーカットを相手に送り込む。

『殺っちまえ!猟!』
 アベルは心の中で叫んだ。
 そいつが死んだら、妹が苦しまなくて済む。
 二人のパンチは、それぞれ相手を掠め、二人は、よろけながら再び間合いを取る。

「なんなの?この二人、馬鹿じゃないの!」
 キアラには、この二人が死をかけた力比べをしているように見えたのだ。
 鷲男は、二人の闘いを黙ってずっと見つめている。

 漆黒のスピードが少しずつ落ちてきた。
 同等の打ち合いを続けると、体重があるぶん、司馬の打撃の方が相手へのダメージが大きいのだ。
 壁際に追い詰められた漆黒の顔面めがけて司馬のパンチが飛び、漆黒がそれを避けたあとの壁がボコッと凹む。

 これを数回やられて、たまらなくなった漆黒が、司馬のパンチを抑えようと相手に組み付いた。
 打ち合いから組み合いに流れを変えた司馬が、とうとう漆黒の腕を絡めっ取ったと思った瞬間、本当の勝負が付いた。
 身体能力は互角でも、実践で身につけた逮捕術を持つ漆黒が、自分の腕を掴んで来た司馬の手を支点として、空中で司馬を一回させ、その身体を床に叩きつけていたのだ。

 漆黒は倒れ込んだ司馬のコメカミに自分の踵を蹴り落として、最後のケリを付けた。
 バー・カミュに、司馬の頭が床にぶつかるゴン!という音が響いた。
 これでも司馬は数分すれば回復し、再び立ち上がるだろう。
 漆黒は、今のうちに退散するしかなかった。

「勘定を頼む。店の修理費も入れといてくれ。もっと上手くあしらえると思ってたが、こいつも意外と手強くなってた。スマン。」
「馬鹿を言うな。勘定はいらねぇよ。俺の奢りだ。それに修繕費は司馬から貰うさ。店を無茶苦茶にしたのはこいつだからな。」

 アベルは一瞬でも、漆黒に司馬を殺して欲しいと願った自分を恥じた。
 妹を守るべきは、自分なのだ。
 戦う力がないなら、司馬のグラスに毒をもってやればいい。
 要は覚悟の問題だった。

 漆黒は野良である事を止めた。
 ウェストで裏の顔を見せたレヴィアタンに、漆黒が野良クローンである自分を登録した時点で、彼は一か八かの賭けに出たのだ。
 ウェストにそのまま残っていれば良い目ができたはずなのにだ。
 それだけの度胸と覚悟があったということだ。
 野良クローンを、裏切ったわけじゃない。
 野良は、このアンダーワールドで燻っている限りには安全なのだ。
 司馬も本当はそれを知っている。
 だから漆黒に苛つくのだ。

「、、、そうか。じゃゴチになる。行くぞ、フレースヴェルグ!」
 漆黒はアベルに背を向けた。
 鷲男もその後に続く。

「鳥さん!猟ちゃんをお願い!」
 漆黒の背後から、そんなキアラの声が掛かった。
 あろうことか、鷲男がそれに答えて、クゥと小さく鳴いた。





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