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第2章 スラップスティックな上昇と墜落

24: ドク・マッコイの愛情

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「どうやら君は精霊計画の仕掛けに気がついたみたいだね。今までの技術だと、亜人類の生体コピーによる第2世代は、どうしてもその精神の輪郭がぼやけてくる弱さがあった。第3世代をコピーで生成するなど、もっての他だ。ねずみ算の様にはいかないということだね。しかしスピリットの学習コアは画期的なシステムを採用している。そのお陰で、生体コピーによる劣化率も極端に低くなる。スピリットの本質は、この学習コアにある。それは君たちの目には、スピリットの心の神秘性として映っているはずだ。母胎になる個体数の心配はない。鷲男のようなオリジナルを、適切な環境で育て上げてくれる『揺りかご』に、不足はないからね。その一つが警察だ。警察ほど人間を深く計画的に学べる場所はないよ。その意味では、私は君たちに本当に感謝している。私は表面上の汚職等気にしていない。要はその人間の芯にある部分だよ。君はそんな人間をどうやって私が選抜しているか不思議に思うだろうけれど、あるんだよ、その方法が。君たちが”頭脳探偵”と呼んでいるシステムを利用するんだ。」

 確かに”頭脳探偵”は警官達が作る日報を全て読んで把握している。
 あれなら「探偵」は無理でも、人事係くらいにはなれるかも知れない。と漆黒は思った。
 ドク・マッコイは窓から離れ、漆黒がいる方向の壁際に据え付けてあるコンソールに向かった。
 そしてコンソールに向かって、幾つかの操作をした後、備え付けのゆったりとした回転椅子に座った。

「いいかね今の社会の、、、第一の問題は人口だ。しかも人々はあの『きれいな爆弾』で多くの同胞を失っている。この国へのこれ以上の移民の可能性はない。圧倒的に子供たちの数が少ない。なのに、どの街を歩いても老人がいないのは何故だ?政府は医療行為も含めて、バイオアップ処置を公認するべきではなかったと、私は今でも思っている。私たちの国の人々の実際の平均年齢は、いくつだかわかるかね?実は街を歩けば若者の仮面を付けた老人ばかりなんだ。不老不死を手に入れたと思いこんだ人間に、どうして子孫を残そうとする情熱が生まれる。この国はそう遠くない将来、やがて滅びる。現にあらゆる生産部門で業績が下降している。経済も文化もだ。これは政策レベルの問題ではない。そんな事で、なんとかなる問題ではないのだよ。私は幾つかのシュミレーションプログラムを走らせてみた。それぞれの結果の相違は『破滅』の時期の誤差だけだ。それもたった数年のだ。人類には、今直ぐにでも、彼らを破滅から守る『センチュリアン』が必要なのだ。しかも弱り切った人類の保護者には、邪悪の全く入り込まない精霊のようなスピリットが必要とされる。人間と彼らとの共存は全く問題ない。なぜなら彼らの本質は精霊だからだ。それが人間種の模倣でしかない並の人口知性体と、精霊たちの大きな違いだよ。」

 建前上、弱体化した警察を人的に復興させるために精霊計画はある。
 確かにスピリットたちが、このまま順調な成長をみせ、捜査活動やあらゆる警察の任務に参加しだしたら、警察は再建され、やがて民間を凌ぐかも知れない。
 漆黒は初め、その事に懐疑的だったが、今は鷲男とのつきあいの中で、その可能性を認めている。
 何よりスピリットたちには、人間の警官たちのように、腐敗の原因となる「心の陰」は「欲望」がない。

 だがその復興した後の警察に、人間達が再び警官として戻って来ることはあり得るのだろうか?
 同じ事は、センチュリアンズ計画にも、言えるのではないのか?
 精霊は人間の良き協力者になれても、人間の子供たちの代わりにはなれないのだ。

「しかし、それだけでは子供たちが生まれない問題の解決には、、、。」
 漆黒が食い下がろうとした時、ドク・マッコイの背後のディスプレィが『緊急』というタイトルを瞬かせ、警告音と共に一人の男の顔を浮かび上がらせた。

「ドク!警備部門から緊急の連絡がありました!ドクが第二統括ブロックに派遣された『羊』の精霊が、何者かに殺害されました。現在、現地の捜査権は、警察ではなく李警備保障が握っています。機密漏洩のおそれがあります。プロジェクトの警備部門は、Bレベルを全部門に発令指示したいとドクの承諾を待っております。」
 ドク・マッコイの目が虚ろになった。
 漆黒が何度か見たことがある心神喪失の一歩手前の状態になりつつある。
 おそらくマッコイの精神が飛びそうになった原因は、機密漏洩や非常事態の勃発にあるのではないだろう。
 それは彼のスピリット達に対する多大な愛情に、起因している筈だ。

 『羊』と呼ばれたスピリット殺害の知らせが、マッコイの精神を直撃し揺さぶったのだ。
 そして、その原因の一端は漆黒にもある。
 『羊』の第二統括ブロックでの任務とは、教主らを撮影したメモリの確保だったからだ。

「・・・当然だ!それよりアルガリの死体回収を急いでやってくれたまえ。それに、現場は跡形もなく浄化するんだ。そうしなければ、精霊が悪霊になる。」
 壊れかけたドク・マッコイが、そう指示できたのは上出来といえた。
 悪霊や浄化など、聞き慣れない言葉がマッコイの口から流れ出たが、それは漆黒があずかり知らぬ作戦指令上のコードネームのようなものなのだろう。

「待って!死体の回収は構わないが、俺が行くまで車の方は、誰にも触らせない様に指示して下さい!相手が李警備保障でも、あんた方の力があれば、そう出来るはずだ。」
「出来るが、、、完全に凍結するのは無理だ。私たちの存在が、前面に出過ぎる。それはまだ早い。よくて四時間。で、君は一体何をしたいんだ?」
 ドク・マッコイが、熱に魘された様に言う。
 その目は漆黒を突き抜けて、どこか遠くを見ていた。

「『羊』とかいうスピリットを襲った奴の狙いは、メモリだった筈だ。奴らは、メモリを取りに行った。そこでスピリットと鉢合わせをし、慌てて彼を殺した。そんな所の筈だ。だったらメモリは既に持ち去られている。でも車の中に、もしかしたらまだメモリのバックアップが残っているかも知れない。四時間もあれば、充分です。あのジェットヘリなら充分間に合う。ドク!俺を行かせて下さい!俺はこれ以上、ヘマを重ねる訳にはいかない。」
 ドク・マッコイは力なく頷いてディスプレィに向かって『この男の思うとおりにしてやれ』と言った。
 ディスプレィの中の男は、不服そうな顔をして返事を返さなかった。

 センチュリアンか精霊か、どちらのプロジェクトかは判らないが、彼らはその計画遂行の為に、相当大きな組織体を形成している様だった。
 ただし彼らは、戦いや捜査の目的に特化された警察や軍隊のような専門組織ではなく、科学者等を中心に据えた、強大ではあるが、極めて薄い連携で繋ぎ止められた継ぎ接ぎだらけの組織体なのだろう。
 『一介の落ちぶれた刑事に処理を任さなくても』と、ディスプレィの男の顔には、そう書いてあった。

「さっきはドクに指示を仰いだんだろう?あんたらのボスは、飾り物なのか?ええ!言うとおりにしろ!」
 漆黒は、ディスプレィの中の男に向かって、そう吼えた。




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