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第2章 スラップスティックな上昇と墜落
23: 知性の種 スピリットは尖った星の光のように
しおりを挟む「どうしたんだね。ひどく複雑な顔をしているじゃないか?」
既に、こざっぱりした部屋着に着替えおえたドク・マッコイが上機嫌で言った。
ここは無限軌道エレベーターが間近に見える巨大高層ビルの一室だった。
軌道エレベーターの巨大なシャフトは、夜の闇にとけ込んでおり、その表面に設置してある様々な用途に用いられる無数の光源だけが、点滅しながら夜空に浮かび上がっている。
それはまるで、光の網で作られた長大な瀑布のようにも見えた。
眼下には、これも同じく光が瞬く夜の都市が見える。
今、漆黒は、『天国の根っこ』と呼ばれる都市にいるのだった。
「くつろいでくれればいい。ここは精霊計画の本部の一室であると共に、私の家でもある。いや本当の家は別にあるんだが、往復する時間が無駄だと、その部門の責任者に頼み込んだのさ。」
今の所の彼は、『歌うマッコイ』だ。
こんな状態のマッコイは、ツボさえ外さなければ、かなりの突っ込んだ疑問に答えてくれる可能性があった。
「精霊計画の本部ですか?本部なんてものがあるんですか、俺はただの科学プロジェクトだと思っていましたが。」
「精霊計画を推進する為のこの部分は、公にはなっていないが、今や大きな組織を形成しつつあるんだよ。それは当たり前だろう。ゆくゆくは、精霊達はあらゆる政府機関に大量に配備されて、人間社会を補完する。それを支える為の大きな組織が当然必要になってくる。」
「では近い将来、貴方がその組織の総帥になられるのですか?」
「そういう事になるかも知れないね。だからここではゆっくりしてくれ給えよ。」
漆黒の問いを否定せずドク・マッコイはやさしく微笑んだ。
「そうでしたか・・でも、なんだか俺は居心地が悪くて。こういう豪華というか、権力の臭いが染みついた場所は苦手なんですよ。それにメモリの行方やスピリットの容態が気になる。」
「メモリもスピリットも私に任したのだから心配する必要はない。君の居心地の悪さは、解決してやれないがね。実をいうと、私もはじめは、そうだったからな。」
ドク・マッコイは肩をすくめてみせると、壁の全面が総て透明ガラスになっている方向に歩いていった。
漆黒の方からその様子をみると、まるでドク・マッコイの身体は、細かな無数の明かりが瞬く闇に浮かんでいるように見えた。
夜だからまだましだが、昼間その壁際には、高所恐怖症でなくても、決して近づきたいとは思わないだろう。
「ここからはヘブンへの階段がよく見える。私の第二の人生は、あの階段を上がった事から始まった。」
マッコイは、歌うように言った。
「ヘブンに上がった者は、みな、力を得るんですか?」
漆黒は、眼下の都市の照明の星くずに埋もれてしまいそうなドク・マッコイの背中に問いかけた。
「力?それはいったい何の事だね?」
「まずこんな所に寝泊まりしていること。『ヘブンの傘の下』の地価が、どんなものかご存知ないのですか?それにあのヘリ。おそらく軍の中でも最新機種の筈だ。俺には、そういうのは精霊計画を支援する組織の下準備としては、豪華すぎるように思えるんですが。」
「両方とも私の持ち物ではない。ただ、必要な時に使えるというだけのものだ。」
「それは、大統領になっても国民は彼の持ち物ではないという理屈の変形みたいな話ですよ。、、、センチュリアンズ計画というのは、それほど貴方に、権力を与えてくれるものなのですか?」
漆黒は試しにと、センチュリアンズ計画という言葉を切り出してみた。
漆黒に振り返ったドク・マッコイの瞳が、奇妙に煌めいた。
その煌めきの中には、『どうしてお前のような屑が、センチュリアンズ計画を知っている』?
・・・そんな毒も見え隠れしていた。
「今夜はどんな夕食にしようか?から、自分の息子の将来のために金を貯めるまで、それらはある意味、全てプロジェクトだ。だが全ての人間が、人類全体の未来の計画を立てる訳ではないし、その実行のために必要な力は当然違ってくる。そうじゃないかね?今、この星では、もっとも偉大な計画は、ヘブンから下りてくる仕組みになっている。世界に散らばった数箇所のヘブンからね。」
ドク・マッコイはまともに答えないが、漆黒の質問を拒絶しているわけではないようだった。
「俺が聞きたいのは、センチュリアンズ計画の内容です。精霊計画は、センチュリアンズ計画の一部だと、ある男から聞きました。精霊計画が、単純な警察機構の再建策だというなら、警察のお偉方の貴方に対する接し方は異常すぎる。まるで何かに脅えているようだ。」
漆黒は、普段抱えている疑問をマッコイにぶつけてみた。
もちろん、レオンとの会話がなければ、このような投げかけは決して出来なかっただろうが、、。
「精霊計画の中で一番重要な部分は、なんだと思うね?君にそれが答えられたら、私が知っているセンチュリアンズ計画について教えて上げよう。」
「センチュリアンズ計画は、極秘事項じゃなんいんですか?」
「君がその名を知っていて、『極秘』と言うことはあるまい?さあ、答えを聞かせてくれたまえ。」
この男は楽しんでいる。
彼は、今までのどのマッコイとも違う。
あえて言うなら「権力のマッコイ」だ。
だからこそ、つけ込む隙もある、と漆黒は思った。
それにこの男は、あの金属男つまり『宇宙の脱走兵』に関する何かを知っている筈だと、漆黒は考えていた。
レオンは、スピリットと『脱走兵』の直接の関係を否定していたが、漆黒はそうは考えていなかった。
マッコイが、異常に漆黒が関わっている事件に、関心を示すのはなぜだ?
今夜など、自らヘリに搭乗して鷲男を救出したのだ。
いくら自称『スピリットの父』であるからと言って、科学者自らがそんな事をやる必要はないはずだった。
それが彼の精霊達に対する偏愛だというなら、度が過ぎるというものだった。
マッコイは、鷲男があのモーテルで見せた暴走の時から、漆黒が扱っている事件そのものに興味を持っていたのかも知れない。
「要はスピリットたちの学習能力でしょう?いや、俺の見るところあれは『知性の種』と言った方がいいかも知れない。水を与えてやれば伸びるが、放っておけば知性にも何にもならない。今、世の中で『人工知性』は、色々な分野で騒がれてはいるが、これという本物は一つもない。出来上がったものを見るとどれも物足りない。しかしスピリットたちの知性は、どうやら本命の様だ。しかも彼らの知性の伸びていく方向性は、人間とは別の種類のものだ。こんな表現が的を得ているとは思えないですが、俺の鷲男の知性は『気高い』とさえ言えそうだ。」
漆黒は窓の向こうの夜空に、軌道エレベーターのシャフト電飾に劣らぬ刺すような一つの星の光を見つけた。
「そうですね、、まるでスピリットの知性は夜空の尖った星の光のようだ。」
ドク・マッコイは、ある日突然良い成績を取った出来の悪い生徒を見るように、不審と喜びが入り交じった目で漆黒を見た。
「スピリットの知性は、夜空の尖った星の光、、、すばらしい表現だね。実を言うと、私は子どもの頃からイグドラシル、、つまり北欧神話の世界樹の世界が大好きだったんだよ。夢想癖のあった私は、いつもそのイグドラシルの中で遊んでいた。君のその言葉で、あの世界の事を、今鮮やかに思い出させて貰ったよ。、、そうだ、考えてみれば、私のスピリット達も、あのイグドラシルの立派な住人なのかも知れないね。」
ドク・マッコイが歌うように言った。
この時点での「唄うマッコイ」の出現、危ない兆候だった。
「、、ああ、『知性の種』とは本当に素晴らしい表現だ。君たち警察官は、その優れた直感力でよく真実を見分けるが、今のが正にそうだな。『種』は必要に応じて保存しておく事も可能だ。また、成長した『種』は、木となり新たな実を結ぶ。」
ドク・マッコイは、謎かけの様に言葉を楽しんだ。
漆黒はこのタイミングで、人員補強のために、警察に送られたスピリットの数が圧倒的に少ない事を思い出して、慄然とした。
人数の少ない亜人類なぞ見せ物以外の何の利用価値もない。
ドク・マッコイは、とんでもない方法で、その解決方法を既に用意してあるのだろう。
鷲男や豚男の様な、多種多様のオリジナルを作って、その後、それを大量に成体クローンコピーするのだろうか? 人間ではそれは禁じられているが、精霊なら話は別だ。
ドク・マッコイは、そんな漆黒の表情を読んだのか、話を次のステージに進めた。
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