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第2章 スラップスティックな上昇と墜落

20: 天空都市とセンチュリアンズ計画

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「ブルーノが聞いたという『宇宙軍』なんてものに当たるものは、公ではもちろんだが、どの機密情報を覗いてもそれらしいものは存在しない。信じろ。俺はこの手の調査のプロなんだ。したがって、脱走兵とやらも存在しない。星空域への進出の意欲が人類にあったのは遙か昔の話だからな。あの『きれいな爆弾』で総てが根こそぎ変わった。今は、月ぐらいで十分満足しているのが現状だ。第一、我々が知らない秘密の宇宙軍隊を作って誰と戦う?でっかい目と頭をした二本足で歩く宇宙人野郎か?、、俺の疑問はそこから始まったんだ。ブルーノにその言葉を漏らしたという人間が、金属人間の事を、そう思わせてしまうような『背景』を匂わせたから、それをブルーノが勘違いしたんじゃないかと思う。だがそれは決して、秘密の『宇宙軍』の様なもんじゃないんだ。」

「かもな、一応、宇宙の線は捨ててみよう。残るのは兵士だ。ならロアの関係で兵士のニュアンスを持ってるは、ロアの守護神だという灰と死の鬼神だ。俺は教会の中でその名を実際に信者達から聞いた。信者達の慣用句だとは思うんだが、それにしては迫力があった。でもやはりブルーノが勘違いする程の『宇宙軍』というイメージじゃないな。第一それは、ロアからは最も遠い言葉だ。」
 漆黒は、自分たちに向けられた信者達の狂気めいた怒りを思い出していた。

「、、だろう。それで俺は考えてみたんだ。現実的に見て、宇宙・軍隊、あるいは何らかの地上以外の力や、そこからの脱走のイメージを喚起する場所が、この世界の何処にあるのかってな。それは、、静止衛星都市だよ。それが今、ようやくマッカンダル神父の証言の中で繋がったってわけだ。」

 そう言われて漆黒は、彼自身が昔携わった事件の事を思い出した。
 その事件で知ったのは、巨大人工衛星の「底」にあると言われる秘密の奴隷窟の存在だった。
 ヘブンと呼ばれるような場所でも、そこに住んでいるのは人間だ。
 そこからは塵も出れば汚物も出るし、苦役労働も発生する。

「あんた、前から静止衛星都市に目を付けていたのか?」
「、、まあな。ところで住居型静止衛星が、昔どんな目的で作られたかは知っているか?」
「宇宙空間での実験・観測・戦闘・とにかく大気圏外で有利に働くこと総ての為だ。」
 レオンとの下らない謎かけ問答には辟易するが、レオンがこうやって自分の考えを整理しているのが、漆黒には判ったから、黙ってそれにつき合っている。

「じゃあなぜ、ヘブンみたいな権力の集中する天空都市に、生まれ変わった?」
「俺の知っている範囲じゃ、高度の情報の機密性、保持能力だ。それと経済復興のカンフル材としてのアルトマン政策。まあ総ての遠因はあの『きれいな爆弾』だがな。だが、何よりも衛星が軌道エレベーターで地上に直に繋がっている事が大きかったと俺は思う。信じられないほど遠くにあるのに、人が単身で行けない訳じゃない。その人間に力があればの話だが。」

「情報の機密保持を一番に持ってくる所を見ると少しは事情通らしいな。今や軌道エレベーターは見た目のロマンテックさからは、かけ離れ、実際にはドロドロした『情報集中』や『秘密政治』に強く結びついちまったからな。軌道エレベーターの先にある住居型巨大静止衛星の第1号コンピュータの内部データを暴けば、数十の単位で政党・財閥が破滅するというのは冗談ではないらしい。それにこれは余り言われていないが、軍需産業が持つ兵器開発におけるトップシークレットも衛星の中にあるそうだ。つまりだ。国家のコア中のコアにあたる総ての情報が、衛星の中に持ち込まれた訳だ。これがもし軌道エレベーターが、なければ、そうはならなかっただろう。そこにあるコンピュータの優秀さだけじゃなくて、比較的、人が簡単に移動できて、しかも物理的に機密性が保たれる事、これが重要だったんだよ。軌道エレベーターは関所として有用だったんだ。」
「、、シャフトか、地上から見れば凄いもんだがな。で?」
 漆黒は地上から大空に向かって、どこまでも突き上がっていく巨大な円柱を思い出しながら言った。

「最大級の陰謀や秘密は、人間自身の頭の中にある場合が多い。そして秘密は、それ単独では力を持たない。こうして軌道エレベーターを通じて総ての陰謀や政略・プランはその持ち場を、地上の密室から、天空に移動して行ったって訳だ。その周りには、権力のおこぼれをねらったハイエナどもがどんどん群がりよる。結局は権力がとぐろを巻く場所が、宇宙の闇の中に新しく形作られたに過ぎない。だがこれは単なる引っ越しじゃないんだ。衛星都市は、地上にはない。軌道エレベーターさえ掌握してしまえば、物理的にも情報の流出を最小限に押さえる事が出来る。これでスリムで精鋭化した権力集団が形成される条件が整ったという訳だ。」
 レオンはここで一息付いた。
 どうやらレオンは、自分たちが追いかけている事案が公安課や刑事課が手に負えるものではない事を言いたいらしい。

「お前さん、この意味がわかるか?やがて衛星内には、特権を持った集団が集中し、地上の祭り事の中心部分はそこで決められるようになった。密室政治の質が凝縮され、『神々の判断』に転化した訳だ。表だっては誰も指摘しないが、ヘブンにいる連中は、自分たちの事を神だと思っているに違いない。つまりだ、その場所は天空にあり、地上人がその天空にあがるには、彼らに愛でられなければならない。事態はそこまで来た。こうして神々がすむ場所『ヘブン』が、形成されたって訳だ。」
 現在は、この『ヘブン』が地球上で五箇所ある。
 受話器の中の声が高まってくる。
 レオンは自分の講釈に酔っているのかも知れない。

「講釈はいい。ラバードールを殺した金属野郎は、その話の何処に登場して来るんだ?」
「現在、ヘブンでは、常時百以上の極秘プロジェクトが進行しているらしい。俺たちが関わっているスピリット計画も、出所はヘブンだと言われたら、お前、どうする?」
 レオンがたっぷり間をおいて、問いかけてくる。

「、、ヘブンが消えゆく警察の為にだけ、精霊たちを用意したとは思えないな。第一、精霊一体を作るのでも、相当な金が必要なはずだ。その金を、警察機構の違うところに回せば、警察権力の当面の凋落はさけられる。だったらヘブンはなぜそうしない?お前はそう言いたいんだろうな?悪いが、俺には本当の所は判らない。お前の納得が行くような洒落た答えも考えつかない。だがなレオン、こうやってスピリットたちが、俺たちの目の前にいるのは確かなんだ。俺達には、それで充分だろ。」
 漆黒はちらりと横に座っている鷲男を盗み見た。
 鷲男は、ブードゥー寺院から視線を外さないが、同時に漆黒とレオンの会話を一言逃さず聞いているはずだった。

「、、いや、良い答えだ。、、精霊計画はヘブンにいる奴らが立てたセンチュリアンズと呼ばれる複合計画の一部なんだ。そしてこの二つのプロジェクトは別段、警察機構の救済のために立てられたものじゃない。センチュリアンズ計画は、将来的な社会機構の大改変を見越してのプロジェクトらしい。前にも言ったろう?ヘブンは亜人類を正式に人間社会へ組み入れようとしているんだ。スピリット達は、実は現でも警察だけじゃなく、いろんな社会分野に配備されて成長しているはずだ。だが、その中で公に出来るのは、警察に配備したスピリットの存在だけだ。そこには『弱体化した警察機構の再建』という立派な名目があるからな。センチュリアンズ計画の中で、表面化したものが精霊計画なのさ。、、、これが俺が金属野郎の周辺をつついて見つけた、思わぬおまけの『衝撃の事実』ってやつさ。ジッパーはそっち絡みの事案で動いていて、たまたまその近くを嗅ぎまわっていた俺やお前とぶつかっちまったって事だ。」

 人間そっくりのクローンでは、実現できなかったことを、ヘブンは「亜人類」でもう一度やろうとしているのか、、。
 確かに『衝撃の事実』を、漆黒に伝えるレオンの声は少し震えていた。
 漆黒は、一瞬でもレオンの事を怠け者扱いした自分を恥じた。
 口でまとめるのは簡単だが、これだけの事を調べるに当たって、レオンは相当危ない橋を渡ったに違いなかった。

「ラバードール殺しの金属野郎も、スピリットも出所が一緒だってことか?」
「いや、誤解するんじゃない。勿論、俺にはセンチュリアンズ計画そのものの細部が判らないから、一緒じゃないとも言い切れないが、、。ラバードール事件の場合は、出発点は一緒でも、結果への繋がり方が、なんとなく違うんじゃないかという気がするんだ。これは俺の勘だ。、、、とにかくヘブンじゃ、今、何本か社会機構を根本から覆すようなプロジェクトが急速に立ち上がっている。何かに間に合わす為のようにな。金属野郎も、そのうちのプロジェクトのどれからの落ちこぼれの一つであることは確かな器がするな。」

 漆黒は、ため息をついた。
 確かに、レオンが話し始める前に、旨く説明できないかも知れないと前置きした気持ちがよくわかる。
 背景が、大き過ぎるのだ。
 レオンが見つけ出したこの事件の背景の様相は、これでも全体のごく一部にしか過ぎないのだろう。

 その時、車が急に発進、加速しだした。
「マッカンダル、動いた。追跡する。」
 鷲男が呟いた。
 空は濃紺と黒が入れ替わり始めていた。


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