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第2章 スラップスティックな上昇と墜落

19: 死んでも『天国』に行けない

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 黒いブードゥー教会は、荘厳な夕焼けの中で、羽を畳んだ巨大な鳥のシルエットのように見えた。
 いや鳥と言うより、その尖塔のせいで、ある時は頭に角のある翼竜の様にも見える。
 もちろんそれは漆黒のイリュージョンだ。
 鷲男の目には、幻視などの入り込む余地のないもっと現実的なものが、例えば『教会への怪しい人物の出入り』などが見えているはずだった。
 漆黒は、マッカンダルとの面談を終えた後、「車をブードゥー教会への出入りが監視できる場所へ隠せ」と鷲男に指示してあった。

 『鳥目』という言葉は、夜に視力が落ちる代名詞のように使われるが、鷲男の場合はどうなのだろう?
 一瞬、漆黒はそのことを、ブードゥー教会を監視している鷲男に尋ねてみようかと思ったが結局はやめにした。
 最近の鷲男は、彼自身が完遂出来ない事柄については、『首を横に振る』意志表示を示せるようになっていた。
 あるいは、「グゥ。」と強く喉の奥から音をだす。
 そして鷲男に対して出された要求は、彼自身が否定しない限り、完璧に実行に移されていた。
 鷲男は、漆黒とのつき合いの中で自らをそうチューニングして来たようだった。

 そして鷲男は、漆黒がブードゥー教会の監視を命令した時、それを受け入れた。
 つまり鷲男は、それを完璧にやりこなすはずだった。
 『鳥目』などという質問は、とんだお笑いぐさになる。
 漆黒は、刑事としての人間の相棒を持った事がないが、おそらく「やり遂げる」という事に関しては、鷲男は最高の相棒なのだろうと思った。

 漆黒は鷲男へのくだらない質問の代わりに、レオンへの連絡を取るべく車載電話に手を掛けた。
 手持ちの携帯を使わないのは、盗聴の可能性があるからだ。
 通信強度の高い高機能携帯電話器のストリングは、まだ申請中で手ともに届いていない。
 派遣刑事の身分ではあと少しキャリアを積まなければならず、今は市販の携帯で我慢しなければならないのだ。
 機密保護という点では、車載電話は万全だった。

 連絡のタイミングとしては、お互いが打ち合わせておいた定時連絡の時間より少し早いが、マッカンダルの話をするなら、会話自体にかなりの時間が必要だろうと考えたからだ。
 レオンは予想どおり、初めは定刻よりも早く連絡を入れてきた漆黒に不服そうだったが、話が鴻巣神父に及ぶと、その興奮を隠しきれないようになっていた。

「鴻巣だって?、、写真の男があの鴻巣なのか?だとしたら若すぎるな、、いや俺の勘違いか?あの鴻巣のデータはあちこちから消しゴムで消したみたいになくなってるからな、ワケがわからん。」
 レオンもブルーノの意識から抽出した顔写真の事を知っている。

「何か心当たりでもあるのか?」
「ないことはないが今の時点でははっきりしない。俺の勘違いの可能性もある、そっちは俺の方で調べる。あれやこれやと、いい加減なあたりを付けながら捜査を続けられる程、俺達には余裕はないからな。今は確実に追える線だけに集中しよう。」
「、、そうだな。」
 漆黒は、レオンのその言葉にモヤモヤしたものを感じたが、この拗くれた男と共闘すると決めた以上、あれこれ言っても仕方がないとその思いを収めた。

「それにしても人工衛星都市か、、。」
「どう思う?眉唾か?俺は、マッカンダルに、いいように扱われただけなのか?」
 漆黒の頭の中で、静止衛星都市は警察権力がもっとも及ばない、最大の治外法権の場所として認識されている。
 いや地上の人間が天上の神々に触れることが出来ないように、人工衛星都市ヘブンは多くの人間にとって不可触の領域だった。

「いいや、まんざらでもない。その話からするとその鴻巣は真っ黒けだぞ、、もし鴻巣を逃亡させるとなると、コネがあるなら静止衛星都市は逃亡先としては最適じゃないか。ヘブンに上がれるという事は、『自由を含めて総てを手に入れた事』と同じだからな。ところが、何もない俺たちは、死んでもヘブン、『天国』には行けない。」
 最近の流行歌の歌詞「天国にはいけない」を、ヘブンにひっかけてもじっている。
 『愛するお前を失った今、俺はもう毎夜、天国には行けなくなった。』
 電話口でニヤついているレオンの顔が見えるようだった。

「つまらないジョークだな。お前さんのはジョークじゃなくて現状への当てこすりだ。それでもピギィは隣で笑っているんだろうがな。」
 本当に、受話器の向こう側で、レオン以外の声が、その甲高さを押し殺しながら、クスクス笑っているのが聞こえた。
 おそらく当のピギィだろう。
 夜中には聞きたくない声だ。
 漆黒の心がまたざわついて来た。

「それにな、その話。ブルーノが言ってた『宇宙軍の脱走兵』、アレにやっと話が繋がっていくんじゃないのか?今の世の中、ヘブン以外に、そんな場所はないだろう?」
「人ごとみたいに言うな。あんた、『匿うだけでやばい重要人物』のあたりが、ついたんじゃなかったのか?それがこの鴻巣って奴じゃないのか?そっちの方は、どうなってるんだ?」

 一旦は収めていた漆黒のレオンに対する気持ちが、又、頭をもたげた。
 レオンと漆黒は、お互いに役割分担を割り振っていた。
 漆黒は当然「荒事」専門だ。
 漆黒は、今日のマッカンダルとの駆け引きの様な、「レオン向きの仕事」に出くわして、レオンの任務の難しさを理解し、レオンを評価してやろうと思い始めたところだった。
 しかし、先ほどからの会話では、レオンが漆黒側からの成果を引き出すばかりで、自分の得た情報を喋ろうとせず、せっかくのその気持ちが萎え始めていた。

「目星がついたとも、そうでないとも言えるな。第一、俺は今までこの男の事を、教団潰しの切り札という見方でしか追いかけてこなかったからな。俺の目的は、あくまでロア潰しにあったんだ。その感覚を、急には切り替えられんよ。」
 レオンの話の運びは、先ほどまでの性急さがなくなり、急に持って回ったものになった。
 鴻巣がそうだとするなら、今、この時点で言明できる筈だった。

「さっきから、俺をいつもみたいに焦らして楽しんでるんなら、今すぐこの関係をチャラにしても構わないんだぜ。俺は一人でもやれるが、ジッパーにがっちり見張られてる、お宅はそうじゃないだろ。すぐに拗ねて、何でも投げ出すのがオチだ。」
 受話器の向こうで、しばらくの沈黙が続いた。
 レオンの性格から考えて、漆黒に対する手ひどい捨て台詞を考えているのだと推測したが、返ってきた返答は意外に冷静なものだった。

「正直に言うよ。あんたを焦らせている訳じゃない。鴻巣の事もだ。モヤモヤしてる、俺には良く見えない。つまりだ、今までの俺の様に、あんたにすっきりとした説明が出来ないという事さ。嗅ぎ回って見て判ったんだが、どうやらこれは、やっぱり政府直轄の捜査官達の仕事範疇のようだ。俺の手には余る。相手がデカ過ぎるんだ。」

「ふざけるな!そのジッパーの奴らに、仕事をかっさらわれて悔しがっていたのは、お宅だろうが!」
 今度もレオンは、漆黒の激しい言葉に反応しなかった。
 それどころかレオンが次に返した言葉の中には、苦渋のニュアンスが染み込んでいた。



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