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第2章 スラップスティックな上昇と墜落

15: 帰ってきた鷲男

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「犬め。、、根性なしのヒラメ野郎が。」
 自分の署長室から逃げ出した田岡を見て、レオンは投げやりにつぶやいた。
「それほど、軽蔑することか?」
 漆黒は、もうこれ以上、レオンの相手をしたくなかったのだが、鷲男がこの部屋に連れて来られる事になっていたので時間を持て余していた。

 本来なら、鷲男の引き渡しは田岡が立ち会う筈だったが、おそらく田岡はしばらくこの部屋には帰ってこないだろう。
 田岡にしてみれば、これは引き渡しの証明の為のサインなどがある筈もない、単なるドクターマッコイが押しつけてきた趣味の儀礼に過ぎず、事が終わり次第、お前達は俺の部屋らからさっさと姿を消せと言いたいのだろう。
 あるいは考えにくいが、精霊達のケアをする設備が、この第三統合署の何処かにあるのかも知れなかった。

「お前は、はじめてだからな。俺は追いかけている相手のせいで、ジッパーの奴らと何度も顔を合わせているんだ。今回が初めてじゃない。あの女の最後の台詞を覚えているか?」
「『私の予想ではありえない事です。』か?」

「お前は、それぞれの方針が違えば、トラブルが起こると言いたかったんだろうが、、。奴らには、そのトラブルが起こる前に、自分たちで事件を誰よりも早く片づける自信があるって事なんだぜ。それも鳶に油揚げ方式のド汚いやりかたでな。」
「そんな経験があるのか?」
「ああ、何度もな。傷ついた足を引きずって、やっとの思いで頂上にたどり着いたら、そこにはロープウェイの駅があって小さな子が遊んでたって訳だ。」
 そのせいで、お前さんの性格が歪んでしまったんだなと考えたが、実際には違う内容を、漆黒は口にしていた。

「恐ろしく非能率的だな。政府も、ジッパーにとってもそんなに必要性のない警察なら、民間に完全移行させればいいんじゃないか?」
 漆黒は人ごとの様に言った。
 地球が爆発する時には、個人的な死を恐れても仕方がないという心境だった。
 それにジッパーの狙いは、あくまでレオン・シュミットが抱えている事案で、漆黒の事案はあくまで付属物に過ぎなかった。

「こうなった今でも、お前は本気で事件を追いかけるつもりか?」
 レオンは、煮詰まった声を出した。
「当たり前だろう。どちらが先に犯人をあげるのかは判らんが、試合放棄をするつもりはない。」

「お前は一人なんだぞ。絶対、奴らに、かないっこない。」
「いいや。あんたがいるし、スピリットどもをあわせりゃ、全部で四人だ。今まで俺たちが一人きりでやって来たことを考えると、これはえらく豪華じゃないか?」
 そう言って漆黒は、レオンににやりと笑って見せた。
 レオンはフンと顔を横にそらせた。



 それから数分も経たない内に、部屋のドアがノックされ、白衣を着た女性に連れられた鷲男が姿を見せた。
 例によって洒落た高級スーツに身を包んでいて、以前となんら変わった様子はない。
 レオンがそんな鷲男を穴が空くほど見つめている。

「冷泉と申します。マッコイ博士の下で、主にスピリット達のメンタル面の関わりで仕事をしています。」
 ソファから立ち上がった漆黒に白衣の女が言った。
 用件を手短に済ませて、直ぐにこの場を立ち去りたいようだ。
 法医学の関係者でなければ、学者や医者にとって、こんな警察空間など居心地が悪いに決まっている。
 この女性も、ドクターマッコイの事大趣味が生んだ被害者の一人だった。
 もちろん、精霊達をケアするラボは、機密扱いになっているから、漆黒の方から鷲男を迎えに行けないという裏事実はある。

「あっ、それはども。それでこいつの様子は?」
「大丈夫です。それに前と違って、短い単語なら喋れるようになりました。不幸中の幸いと言って良いのか、、どうか、私にはわかりませんが、、。」
 おそらく本当は色々な意味を含む言葉なのだろうが、冷泉という女性はそれを口にだそうとしなかった。

「そうですか。で今後、俺がこいつに対して気をつけないと行けない事は?」
「何もありません。」
「、、、何もですか?」
「ええ。スピリットは人間ではありませんから。病人に配慮するような事はしなくてよいのです。」
 冷泉は突き放したように言った。
 おそらくこれがマッコイなら、もう少し微妙な答えを出しただろう。
 学者というものは、それぞれのスタンスがあるのものなんだと、漆黒は妙な感心をした。

「それでは私はここで失礼させていただきます。」
 冷泉は漆黒達に一礼をして署長室を出て行った。
 驚いたのは、その際に、鷲男が彼女に対して軽く頭を下げた事だった。

「じゃ、俺もここで帰るわ。」
「シュミットさんよ。さっき俺が言ったこと考えといてくれ。チームでやるんだ。あんたの豚男は、虫が好かないが、そっちはこの鷲男が同じ精霊同士で対応するだろうしな。」

「、、、、共闘か、まあ考えておく。ところであんた、いい加減にその精霊に名前を付けてやれ。どんなのでもいいんだ。いつまでも鷲男じゃ、なるものもならないぜ。」
 そんなものかと漆黒は思った。
 そういえばあの神山でさえ、自分の精霊についてはクダンと呼ぶなと、漆黒はぼんやり考えていた。



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