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第1章 ホムンクルス刑事と人造精霊

11: 鷲男への裏レッスン

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 鷲男の気配がした。
 ブルーノの前に屈み込んでいた漆黒は、何事もなかったように立ち上がり、バスルームから戻って来た鷲男を振り返った。
 鷲男の存在は、精霊を始めて見る人間にはかなりの驚異として映るはずだ。

「鷲。お前には、そろそろ刑事の裏技を勉強してもらおうかと考えているんだ。既に気づいていると思うが、この仕事は綺麗事ではすまない側面が沢山ある。例えば社会正義を守るためには、刑事といえど犯罪的行為を自ら犯さざるを得ないといった矛盾した側面だな。」
 漆黒は勿体ぶった長口上を鷲男にわざとらしく聞かせる。
 もちろんブルーノに聞かせる為だ。

「だがな鷲、それは決して俺たちのせいじゃない。俺たちは理と誠意をつくして相手にあたる。相手がどんな人物でもだ。だが何時までも、そうしている訳ではない。相手を見て、こちらの行動を変えないとな。世の中には、相手の痛みにはとてつもなく鈍感なくせに、自分の痛みは小さな棘がささったぐらいで泣きわめく奴がいるもんだ。また、残念な事に、そういう輩は俺たちが相手をしなければいけない人間に特に多いんだよ。」
 漆黒はブルーノにも聞こえるように、ゆっくり大きな声で鷲男に語りかける。
 鷲男のガラス玉の様な表情のない目は、じっと漆黒の挙動を見つめ続けている。
 それを確認してから、漆黒は自分の手を目の位置に掲げると、左手で右手の指を一本一本握っては逆に海老反らせて見せた。

「判るか?これはとても初歩的な拷問だ。有名な台詞だから、お前も聞いた事があるだろう?『言うことを聞かないんなら、お前の指を一本一本へし折ってやるぜ』ってな。お前は精霊と呼ばれる存在だから、こんな惨たらしい事を、お前に教え込むのは俺だっていやなんだ。だがこれも勉強だ。もちろん、お前が心底いやだったら止めてもいいんだぜ。」
 その漆黒の言葉を聞いて、鷲男はゆっくりとブルーノの方に歩き出した。
 ブルーノは『これは初歩的な脅しだ』という心の声に従って、喚きだしたくなるのを堪えていた。

 しかし間近で見る鷲男の瞳に宿る虚無は、ブルーノの推測の範疇外にあった。
 ・・・自分が今、相手をしているのは人間ではない。
 鷲男はベッドの脇にくると、歩を止めてシーツをはぎ取り、それを大きな短冊状にいとも簡単に裂いて見せた。
 それだけ見ても鷲男の指先の力が尋常でないことが判る。

「ブルーノ。今、奴が何をしたか?判るかい。」
 漆黒は心底嬉しそうに言った。
 漆黒は実際の所、演技ではなく、誰を相手にしてでも鷲男の事を自慢したい気分になっていたのだ。
 『何と、これは、打てば響くってやつだ。』と。

「あんたの指をへし折る。するとあんたは、絶叫を上げるに決まっている。それはこのモーテル中に響きわたるだろう。どこかで通報ベルがなる。その先が警察なら問題ないが、おそらく民間の警備会社だろうな。それでまた俺と警備会社の間ですったもんだが起こる。鷲男はそこまで読んだんだ。その危険回避の為に、あんた用の猿ぐつわをシーツで用意した!これを聞いたら、ドクは死ぬほど喜ぶな。」
 漆黒は半分、本気で言っている。
 鷲男はそんな漆黒の解説など聞こえていない風に、お手製の猿ぐつわを使用すべく、ブルーノの後頭部を空いた手でムンズと掴んだ。
 それは恐ろしい程の力だった。
 ブルーノはその瞬間、思わず瞼を堅く閉じた。

「頼む!こいつを、この化け物を、俺から遠ざけてくれ!」
 それからのブルーノの声は悲鳴に近かった。
 漆黒はベッド際に手近な椅子を引き寄せて、どっかと腰を落ち着けた。
 だが漆黒は鷲男をベッドサイドのぎりぎりの位置からは、下がらせなかった。

「、、手間取らせたな。ジェシカ・ラビィの最後の客は誰なんだ?」
「名前は、知らない。」
 鷲男の首が、鳥がそうする仕草でクリッと微かに傾げられた。
 それと同時にブルーノの体におびえが走る。

「本当だ!嘘じゃない!第一、俺は奴とは直接喋った事がないんだ。俺が喋ったのは、奴を連れてきた奴の世話人なんだ。その世話人も暫くしたら姿を見せなくなった。ライジングサンは、そうしようと思えば、一言も喋らずに、したいことを出きる仕組みになっているんだよ。」
「世話人な。で?あんたの事だ、そんな状況でも、いろんな情報を掴んでいるんだろう?」

「、、ああ。正確とは言えないが、世話人はその男の事を『宇宙軍の脱走兵』みたいな呼び方をしていたように思う。ある時には『白銀の神』とか、、。場面によっていろんな呼び方をしてたようだ。どれが本当かは判らないが、少なくとも連れて来られた奴が、この地上での生活に馴染みが少ない人間だって事だけは確かだ。」
 漆黒の頭の中で、あの夜に出会った肥満男が漏らした情報が思い出され、今のブルーノの証言と繋がろうとしていた。
 肥満男は『ブードゥー』を潰すために、匿うだけで罪を問われる重要人物を俺は探していると言った、、。
 しかし今、漆黒が拘るべきはブルーノが言った『宇宙軍の脱走』兵あるいは『白銀の神』の方だろう。

「客の方の奴は、どんな男なんだ。姿は見たんだろう?」
「どう言ったらいいのか判らない。いつも砂漠の住民が着るようなマントで身をくるんでいたしな。だがどういう訳か、その下は服を着ていないようだった。だから胸や、すねや、二の腕が、時々はだけて見えた。、、、奴は全身金属の固まりだった。」
「ロボットか、サイボーグか?」
「そうじゃない。そういうもんじゃないんだ。あのガラクタ共なら歩き方で判る。奴は、金属で出来た人間といったらいいのか、機械の固まりに魂があるといっていいのか、、。それに毎回、微妙に姿形が変わっていた。 」

 漆黒は、ライジングサンで最後に話をした娼婦の言った言葉を思い出した。
 彼らがまぐわった部屋には、金属とゴムのにおいが残っていたと。
 そして娼婦がとっさに描いた剃刀の刃のイメージと、あのゴム人形の遺体の傷口。
 ゴム人形の肌を切り裂いていたのは、非常に切れ味のよい刃物だとまではわかったが、その刃物の正体は未だに何も分かっていない。

 恐ろしく薄い刃、それは皮膚と肉を切り裂いて骨まで届く。
 ゴム人形は殺害される寸前、動いている。
 だがその動きは抵抗したのか、悶えたのか、祈ったのか?それさえも特定できない。
 しかしこれだけは言える。
 非常に薄い刃が、もしも一番太い大腿骨まで潜りこむ事が可能だとして、しかもその相手の体が激しく動いて刃こぼれしないですむという事が可能だろうか?

 極微の目を持つスキャナーは、ジェシカ・ラビィの身体の中に、その刃こぼれの破片さえ見つけられなかった。
 あのスキャナーで見つけられない事自体が不思議なのだ。
 又、正に頭頂から足の裏までをナイフで執拗に斬りつける変質者は、いるのだろうか?
 切り刻む行為自体へのフェチ?
 確かにこんな時代だ。それはあり得ないない訳ではない。
 だが、それは「違う」と漆黒の直感は訴えていた。

「その男の体には、刃物がついていなかったか?」
「ついていたなんてもんじゃない。皮膚そのものさ。魚や蛇の鱗を思い出せばいい。あの一枚一枚が、かみそりの刃みたいなもんだ。だから俺はラビィに奴とつきあうのを止めろと言ったんだ。」
 『最初に、男は全身をマントでくるんでいたと言ったわりには、よく観察してるじゃないか?』と突っ込みを入れたいところだったが、漆黒の目的は、この男をいたぶる事でも逮捕する事でもない。

「ちょっと待て。それならジェシカ・ラビィは、毎回生傷が絶えなかった事になるぞ。周りの人間がそれに気づかない訳がないだろう?」
「女を抱かなくても、男がいく方法はいくらでもある。特にライジングサンはそんな客が多いんだ。」

 漆黒はブルーノの言ったことの内容を吟味してみた。
 この手の人間は、実に見事に嘘をつく。
 それに騙されるのは、聞く方が物事を自分が聞きたいように聞く傾向があるからだ。
 しかしブルーノの話は、あの大昔の女優似の娼婦の証言と多くが一致している。
 もし、ブルーノとMMの二人が連絡を取り合うなり、示し合わせをしていたらどうなんだ?
 だが何のために、そんな事をする必要がある。
 ブルーノは、張果に追われる身だ。
 あの娼婦がブルーノに協力する理由はない。

 ・・・いや真偽を定めるのは、後でいい。
 今はできるだけブルーノから情報を引き出すことだ、漆黒はそう思った。


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