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第1章 ホムンクルス刑事と人造精霊
07: ジェシカ・ラビィ
しおりを挟む「あたしが筋骨隆々の大男だったて?うまいこと言うわね。さすがにボスの甥っ子だけの事はあるわ。でも、ちょっと違う。」
「何が、ちがうんだい?」
「そうね。客の分析のほうよ。ここに来る客は、かなり屈折しているの。私の元の姿が、狂暴な大男だったとしても、ここに来る男たちはやっぱり、女になった私に、征服されたがるのよ。征服するんじゃなしにね。」
「ふーん。そんなものかな。でもそれはケースバイケースで、みんなに当てはまるとは言えないだろう?」
「私の場合は、みんなそうだった、わ。」
どうもこの可愛い金髪には、漆黒の言う「みんな」の言葉が判らないらしい。
「みんな」の対象と範囲が違うのだ。
その辺りは、駐車場で待機状態にしておいた鷲男と良く似ている。
「殺されたジェシカ・ラビィの場合は、どんなだったろうな?」
「あの娘の場合は客のより好みをしてかたら、お客の性癖の偏りはもっと凄かったんじゃない。あれっ。これって逆か。この場合、お客じゃなくって、ジェシカの性癖の話になるわね。」
『より好み?』
そう、そこだ。
それで害者と外界との繋がりが一気に見えてくる。
しかし漆黒は、はやる心を押さえた。
彼は今、刑事ではない。
あくまでも、張果の甥、ジェットだ。
今は客の性癖の傾向の話を続けなければ。
「そうだよな、第一あんな外見だからな。あれは生きたダッチワイフだ。俺には、あんな娘を買う客がそんなにいるとは思えない。ラブドール買って家でやってりゃ充分だろ?最近は安くて凄えのがいくらでもある。」
「おばかさんね。本当に生きてるダッチワイフ、ここは、それが売りなのよ。ありきたりの普通の娘なんかは、どこでも手にはいる。ああいう系統のフェチを持っている人は多いのよ。彼女は、売れっ子と言ってもいいぐらいだったわ。でも彼女、『売り』だけで此処と契約してるわけじゃないから、本人も店も客を断るのに大変だったみたいよ。」
「『売りだけの契約』か、、。ここで働く人間には、二通りあるんだったね。匿ってもらう代わりに、客を取る必要がある人間と、金を支払って匿ってもらうIDを剥奪された人間。ジェシカ・ラビィは後者だったというわけだね。娼婦は偽装、お客を取るのは、あくまで自分の楽しみの為ってわけだ。」
「そこは微妙な所ね。よく知らないけど、彼女の場合は半々じゃなかったのかしら。お金を元からたっぷり持ってたってわけじゃないし。彼女は、それでよくブルーノと言い争いをしていたわ。処置の中には、一回きりじゃなくて、継続的に施術を必要とするものがあるのよ。その度に巨額のお金が必要だわ。だから彼女にはお金を稼ぐ必要が、あった。」
漆黒は死体の表面をぴったりと覆っていた黒いゴム膜を思い出していた。
人間の肌なら新陳代謝があるが、ああいったものには、いくら皮膚呼吸機能を付加しても、早い段階での劣化は免れないのだろうと勝手に想像をしてみた。
「MM」が言うように、その分にかかる処置や維持費用まで、ジェシカ・ラビィは自前で用意が出来なかったのかも知れない。
「でもジェシカ・ラビィは、自分の好みの客しか取らなかった。だからブルーノが文句を言ったわけだ。」
「正確には、相手は一人だったみたいよ。彼女が此処にやって来た頃は、彼女にももう少し融通があって、数人だけど違う客をとってたわ。彼女、その相手が現れてから、ずいぶん人が変わったから、、。」
ジェシカ・ラビィの相手の特徴や名前を聞き出したいという欲求が、漆黒の中に急速に膨れ上がってきて、今度はそれを押さえられそうになかった。
だがその答えは、あっけなく「MM」から返ってきた。
「彼女。昔からあまり人つき合いのいい方じゃなかったのよ。その相手がどうやら男性で特別枠だって知っているのはあたしぐらいじゃないかしら。でもその男の顔とかは、あたし見たことがないのよ。」
結局、核心に迫れば迫る程、伝聞ばかりになる、、そのあたりの事情は、今までに話してきた彼女以外の二人の娼婦との会話でも同じだった。
そして特に「MM」も、何かを隠しているわけではない様だった。
他の娼婦達は、「私はあの子の事はなにも知らない。もし知っているとしたらお姉さんだけだ。」と異口同音に言っていた。
更に困ったことに、こういった施設は、徹底的に顧客のプライバシーを守るように出来ていて、その男について最も近い筈の彼女たちが知らないというのなら、他に探し求める伝手はないだろうという推測が成り立った。
つまり目の前のこのお姉さんが、何も知らなければ、ここでの調査はそこで行き止まりだった。
「どうしたの?ジェット、暗い顔をして、そんなにジェシカの事が気になるの?貴方、ボスから仕事を頼まれただけじゃないの?」
「伯父から聞いたんだけど、ジェシカ・ラビィはそりゃ無惨に殺されたんだろう?、、、一人殺されるって事は、次の可能性もあるって事じゃないか。だけど今のシステムじゃ、ライジングサンの男たちは誰も君たちを守ってやれない事になる。店が拘ってる客のプライバシーの保護なんて、そこそこにしとけば良いんだ。だって今のままじゃ、殺人者の顔を知っているのは、殺された当人だけって、事になるんだろ?その情況はみんなにも起こりうる。それじゃ君たちがあまりにも可哀想だ。」
漆黒のでたらめを聞いて、大昔の女優の顔をした女の目が潤んだ。
ライジングサンの男たちが娼婦たちを守るというくだりが、彼女の涙腺を刺激したのだろうか。
それともこれが、この女の演技というか、男に媚びる為に本能的に身に付けた偽装なのだろうか?
もしこの女の過去が、漆黒の推測通り、大量殺人犯の大男ならお笑いもいいところだった。
「ジェットあなた、何があってもジェシカの仇を本気で討ってくれる見たいな口ぶりね。」
「ああ最後までやるつもりだ。伯父には、まだ俺の気持ちを伝えてないけどね。いや気持ちだけじゃないな、、この件は、このままほっておけば噂が広がる。もちろん警察沙汰にも出来ない。民間に頼むのも一つの手だけど、事がバイオアップがらみだと、彼らはいつでも誰にでも、金を多く出すほうに転んでしまう。例えば、この前、契約した民間に内情をマスコミに売られた整形バイオアップ業者がいたじゃないか?民間の奴らに言わせれば、バイオアップの関係者なら相場の契約料の倍払え、そんな事も判っていないからマスコミにチクられるんだ!って事になるだろう?つまり民間に依頼しても、奴らの食い物にされるだけって事さ。でも、ほっておいちゃ、客足は確実に落ちる。だからなんとか、この件は身内で完全にカタをつけるべきだと思うんだよ。」
「MM」は感心したように、漆黒の顔を見つめると、暫く考え込んでいた。
「ちょっと待って。今、思い出した事があるわ。あの日は凄くローテーションが厳しくて、ジェシカがお客と使ったあとの部屋をすぐに使わないといけなかったの。ルームキーパーの娘が手早く準備したんだけど、部屋の中には二人の匂いが残ってた。彼女のゴムの匂いは勿論なんだけど、その中に、かすかに金属の匂いがしたのを覚えてる。」
「金属の匂い?」
「そう、金属の匂い。あたしが今ごろまで、どうしてこの事を覚えているかというと、その時に頭にひらめいたイメージのせいね。それが今考えると、おかしいんだけど、パンパンに膨らませたゴム風船の表面に剃刀の刃をあてて破裂させるイメージなのよ。で。」
「MM」が、そこまで言い掛けた時、応接室のドアがノックされ、張果が顔を見せた。
「すまんがジェット、もうそろそろ彼女を解放してやってくれんか。夜の勤めに入る前には、彼女らなりの準備てものが必要なんだよ。」
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