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第6章 魁けでの戦い
70: 空中空母の浮揚
しおりを挟む空母が外界の地表2メートルの高さを水平に移動していた。
それはアレンが初めて見る光景だった。
同じ外界の旅でも、根本的に何がが違った。
今までは恐る恐る手探りで進んでいたものを、この機体は何の躊躇もなく前に進んでいたのだ。
それは海面を進む船が浮力に助けられて、海中や複雑怪奇な海底の地形を見ないで、前に進めるのと同じ事なのかも知れない。
「この進行スピードで、地雷を迂回出来るのですか?」
アレンは自分の隣にある艦長席のネロ・サンダースに聞いた。
ネロサンダースは、お仕着せの混沌王軍の将軍用軍服を着用させられている。
正式な軍服の着用儀礼は、右腰に軍用拳銃、左腰に軍刀を帯びなければならないが、軍刀は着用しておらず軍用拳銃は左腰に付けていた。
ネロサンダースは左利きだったからだ。
「迂回な、、人間なら、このスピードだと、どんな優秀なサルベージマンでも無理だな。」
「けれど地雷は、機械では地雷を探知出来ない。それが可能なら誰も苦労はしない。」
アレンがサンダースと馬が合うのは、外界の旅の苦楽を共有できるからだ。
「だから、機械と人間、その中間の仕組みを、アストラル・コアの連中は作ったのさ。」
「・・中間?まさかバイオロイドの脳を使って?!」
「そうだ。アクアリュウム出身の君には、そういうやり方は、かえってショックかも知れないな。それは君たちの持っているバイオロイドへの偏見と裏表の関係になっている筈だ。」
アレンはイルマ別府の事を瞬間的に思い出し、何故か、彼らの斜め後ろの玉座に座っている混沌王の顔を仰ぎ見た。
混沌王は、空中空母の司令室の眼前に広がる外界を見つめたままだった。
「この一機を飛ばす為に、三千体の素体を使ったそうだよ。今、この機体に搭載されているナビ脳は三個体、千分の一の確率だな。機械ではないから、優秀なサルベージマンに相当する脳を作るのは、、、いや育てるのは、相当難しいらしい。この空母自体は、量産できる。難しいのはナビ脳の方だ。今後の遠征の課題はそちらになるな。」
サンダースはアレンの気持ちの乱れをどう捉えているのか、淡々とそう言った。
もしかすると『今後の遠征の課題』の下りは、混沌王に聞かせたかったのかも知れない。
アレンは、円形の司令室を見回した。
円形の三分の一は窓、その他の壁は、ここに繋がる通路口以外は全て電子器機に覆われている。
その電子器機の前には、それぞれの担当技官が張り付いている。
円形の床面は中央に向かってせり上がっていて、混沌王の玉座が一番高い部分に、次の高さの部分にはサンダースが座る艦長席、その左右にアレンの席と随行武官の長であるカハナモクの席があった。
今の会話は、ここにいる全員に聞こえている筈だ。
中には、旧アクアリュウム出身の人間もいる。
アクアリュウムの人間には、バイオロイドの脳をナビ用専用に改造するという発想は耐え難い人間性への侮辱のように思えたが、サンダースによれば、その発想自体がバイオロイドへの差別を生んでいるという事になる。
ようは「何をもって人間存在とするのか」という命題である事が、アレンにも、この数年の経験で理解出来るようにはなったが、それでも生理に近い感情は、うまく制御できないでいた。
アレンは助けを求めるように、司令室に詰めている人々の背中を見つめたが、もちろんそこに応えがある筈もなかった。
・・・・・・・・・
「こんな人数で動かせるの?」
「操縦者がいれば、それでいい。俺達は別に外界探査の旅に出るわけじゃないからな。というか、俺達の目的を聞いて、何人この空母に乗ると思ってたんだ?普通の人間を金で釣れる限界を超えている。俺は本部の奴らが、もう少し来ると思ってたんだがな、、。」
ゲナダは『曙の荊冠』の事を当てこすっているのだ。
「来てるじゃない二人。」
「二人って、あんたと俺じゃねえか。金で雇った5人のマシンマンの方が、よっぽど度胸がある。」
「目的の為に死を賭ける覚悟は、みんなあると思う、でも外界で無駄死にはしたくないと思ってるんじゃないかしら。」
「無駄死にだと?けっ、だったらアクアリュウムでもゲヘナでも自爆テロでもやってろ。周囲に迷惑かけるだけの只の自己満足じゃねえか。」
「、、もう言わないの。それでも本部は、この計画の為に、莫大な資金とリスクを負ったんだから。それに言っちゃなんだけど、あなたが言った度胸のあるマシンマンの姿が、どこにも見えないけど?」
レイチェルは艦長席の向こう側にある補佐官が座るべき席の空白を見ていった。
艦長席にはゲナダが座っている。
ゲナダはそれを嫌がったが、レイチェルが計画の発案者である彼がそこに座るべきだといって、そうさせたのだ。
レイチェル自身は、空白になった補佐官席の反対側の席に座っている。
本来ならマシンマンのリーダー辺りがそこに座っていてもおかしくはない。
「奴らは強襲待機室で待機してる。」
「強襲待機室ね、上手いネーミングだわ。ても確か、あそこには脱出用ポッドが在ったわよね。」
「おいおい、、あそこに在るのは、脱出用ポッドだけじゃないだろ。今回の作戦実行に必要な諸々のアサルト兵器が積んであるじゃないか。奴らはこんな外界の風景なんて興味ないだけさ、いざと言う時には飛び出してくれるさ。それだけの金は払うことにしてる。あいつらのスペックは、あの乙女爺と同じなんだぞ。つまりメイドイン・ゲヘナだ、それが5人いるんだ。」
「乙女爺って誰の事?まさかカリニテの事を言ってるんじゃないでしょうね!」
「そうだよ。俺は、あの爺のメンタルの事を言ってるのさ。あの時だって、、。!」
ゲナダがそうレイチェルへ応戦し始めた途端に、空中空母がガツンと激しく揺れた。
「シャビエル!どうなってるんだ!!」
ゲナダは前の座席にいる操縦士を怒鳴った。
名はマテウス・シャビエル、副操縦士を勤める瑠偉・シャビエルの叔父に当たる。
「おたおたするな、ゲナダ。地雷の爆発にかすっただけだ。」
「かすっただと?!」
「そうだ踏んだんじゃねぇ!コイツは地表すれすれを浮かんで飛んでるんだ。知らないうちに地面の石か何かを吹き飛ばして、そいつが地雷にあたったんだろうよ。」
シャビエルが怒鳴り返している内に、マシンマンリーダーのシャマランが血相を変えて強襲待機室から飛び出てきた。
「今のは何だ!?」
「心配するな。交戦状態に入った訳じゃない」
「俺らが戦闘で心配するかよ。まさかこの船落ちるんじゃねえだろうな?」
「今のは地雷の爆発の衝撃を受けただけだそうよ。もっともよね。地雷を踏んでたら、今頃、私達全員蒸発してるわ。そういう事なので、強襲待機室に戻ってもらって結構よ。そうそう。この船が落ちるかどうか?そんな事、この船にいる人間は、誰も答えられないの。だから二度と聞かないで頂戴。」
レイチェルが冷ややかに言うと、シャマランは物凄い目で彼女を睨み付けたが、すぐに鼻を鳴らしてから強襲待機室に戻っていった。
「すげーな、ねえちゃん。なあゲナダ、あんたホントにこの姉ちゃんと昔寝たことがあるのか?」
「つまらねえ事言ってないで、操縦に専念してくれよ。地雷の爆発に引っかかるって事は、コース取りが上手く行ってないって事じゃないのか?」
「冗談言うな。マップの準備もナシに行き当たりばったりで、しかもこのスピードで進んでるんだぞ。さっきも二つの地雷の間隙を、すれすれで通りぬけたんだ。まあもっともそれをやったのは俺じゃないけどな。」
ゲナダは、混沌王の遠征マップは、なんとか手に入れる事に成功していたし、空母に潜り込んだ人間の暗殺実行のタイミングの打ち合わせも終わらせていた。
それなりの準備はしたが、だからと言って、曙号が混沌王の空中空母の後を素直に追う訳には行かなかったのだ。
アクアゲヘナの外界開拓が及ばなくなった地点からは、いつもの様にレーダー類は使用不可能になっているが、お互いの空母からの視認は可能なのだ。
光学的な望遠鏡でなら、かなりの距離まで監視が出来る。
曙号の姿が先に補足されれば、急ごしらえで禄な艦載兵器もない曙号の方が不利だった。
王教授に追加して貰った光学迷彩を使っての奇襲、それだけが勝機だった。
その光学迷彩にしても、曙号をリストアする際に機体を隠すために使用したものを流用したもので、何度も使えるような代物ではなかった。
つまりゲナダ達の急襲が成功するどうかは一重に、不意打ちを可能にする曙号の操縦にかかっていたのだ。
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