69 / 82
第6章 魁けでの戦い
69: 遠い思い
しおりを挟むカーリ・ゲナダとレィチェル・池田は、自分たちが乗り込むことになった空中空母の名を「曙」と呼ぶことにした。
といっても機体に名前を付ける意味は、本部との通信用くらいしかない。
その通信にしても、開拓の終わった外界から一歩離れれば、不通になってしまう。
名付けの行為に限らず、二人の行動の万事がそうだった。
この戦いが、どういう結末を迎えようとも「曙」号が、それ以降、何かに使われるという事もないのだった。
初めのうち『曙の荊冠』の主要メンバー達は、レィチェル・池田がこの作戦に参加することを、彼女の広告塔としての価値を重要視し、反対していた。
だが、今はそんな声もきかれない。
反政府運動に関わらず、混沌王に異を唱える勢力の勢いは急速に萎みつつあったのだ。
逆に言えば、混沌王が死ねば、この状況は一気にひっくり返ってしまうとも言えた。
カーリ・ゲナダとレィチェル・池田は、「曙」号の秘密工場でスタンバイしながら、混沌王が出発する日を待っていた。
周囲の監視も兼ねて、曙号が見える崖の上にケナダと共に座っていたレイチェルが、日頃感じている事を口にした。
「曙の搭乗員メンバーの中で、凄く気になる男が一人いるんだけど。」
「ああ、それって副操縦士の瑠偉・シャビエルの事だろ?」
「判るの?」
「俺も奴を最初に見たとき、葛星かと思ったからな。あれから以降の葛星の事情は、あんたから聞いて知っている。でもこの船に乗り込んで来るなら、自分で名乗るだろうさ。奴とは色々あったが、敵の敵は味方だろ?それに俺達に対してまで、わざわざ口が効けない設定にする必要はない。」
瑠偉・シャビエルは、口が満足に効けない。
彼の不明瞭な言葉を理解できるのは、主操縦を担うマテウス・シャビエルだけだった。
ゲナダが調達屋に大枚を積んで、探し当てさせたのがこの二人だった。
ロストワールドの最新機体の扱いや操縦に直ぐに対応できて、しかも臨機応変なマップ作りが出来るプロのサルベージマン。
一人では該当者はいなかったが、二人でセットなら見つかったという事だった。
「それに瑠偉・シャビエルが葛星なら、こんな機体の運転は無理だろう。こいつを扱うには、それなりの知識や技術の蓄積がいるんだ。ああ見えても瑠偉・シャビエルは、旧アクアリュウムのロストワールド技術専科アカデミー卒なんだよ。」
「でしょうね。それは王教授からも聞いてる。王教授は彼と何度か仕事を一緒にしたらしいわ。科学者としては平凡だけど、技術面では超一級だと仰ってた。だから瑠偉・シャビエルが諸星の筈がない、、、でも凄く葛星に似てる。」
ゲナダはレイチェルが拘る理由が判るような気がした。
手元の情報や理屈で考えれば、瑠偉・シャビエルが葛星でないことははっきりしているのだが、それでも瑠偉・シャビエルには、容姿以外にも何か引っかかる部分があって、それが葛星を思い出させるのだ。
「奴ならあの鎧を使って身体ごと化けそうだからな、、、。でもな、例え奴が葛星だったとしても、あんたとは何も関係がないだろ?」
「助けて貰った恩義があるし、、、もしそうだったら、何よりもシャーロットに伝えてあげたい。そういう事よ。」
「あのきつい女か、、。しかし驚いたな。あんたが、そんな事を考えるなんて。」
「驚いた?私に、惚れ直したでしょ、、。」
その言葉にゲナダは衝撃を受けた。
相手が冗談で言っても、本人には違う意味に聞こえる事があるし、又、そういう混乱を分かった上で相手がそう言う事もある。
確かに昔、ゲナダとレイチェルは惚れあった仲だった。
「、、、、。」
二人は黙って眼下の曙号の機体を眺め下ろしていた。
・・・・・・・・・
もう直ぐ出発の声がかかるだろうと言う日、アレンは旧アクアリュウム時代にバイオアップで世話になった近衛という男の提案した「処置」を受けて見る事にした。
近衛は「裏」の人間である。
今は混沌王の側近となったアレンでも、近衛には自分の身体について秘密裏に相談を持ちかける事が出来た。
アレンは混沌王から、一度遠征に出れば何時こちらに帰って来られるか分かず、出発までは事務仕事が多いから、お前には遠征準備の為の時間をやると言われていたのだ。
混沌王の語り部をやる、そのこと自体はもう嫌ではなくなっていたが、その為に自分の身体が強制的に偽バンパイアとして有らせれ続ける事は、耐え難かった。
つまり自分で自分の身体を制御したかったのだ。
そんなアレンに近衛は、身体制御回復のバイオアップ処置を勧めていた。
ドクター近衛は、過去にアレンの外見を偽バンパイアに仕立てた男だ。
そんな裏仕事も沢山やっているが、その実力はアストラル・コアの第一級ドクターにひけを取らない。
ただ近衛の最大の力を引き出すには、金が必要だった。
そしてレイニィ卿と呼ばれるアレンには、昔とは違って金があった。
アレンが支払いを前と後ろに別けると言ったのは、無駄金を使いたくないという思いより、近衛の仕事の精度を上げる為だった。
「かなりの部分まで、自分の身体を制御出来るようになったと思うがね。しかし何処まで出来るかは、やって見なくちゃ分からん。」
ドクター近衛は思いの外、正直に言った。
この男も、もう金はあまり必要ではない状態にあったのかも、知れない。
それでも近衛は、なけなしの捻れた良心の為に、自分は金の為に不法な医療行為をしているという悪ぶったポーズが必要だったのだろう。
「それじゃ、あんたの処置が成功したのかどうか調べようがないな?後金は暫くお預けって事だな。」
アレンは面白そうに言った。
「、、、そうだな。試しに、自分の小指を切り落として見ればいい。前の状態のままなら直ぐに小指が生えてくる筈だな。だからそこで、今度は半分の再生でいいと、念じて見るんだ。再生が半分で止まったら、私を信用しろ。それで後の半金を振り込んでくれればいい。」
「馬鹿を言うなよ。そんな試しをする為に、自分の指が切れるか。」
「・・・そうか。なら、こんなのはどうだ。あんたには、自分の身体の調整能力を与える過程で、副次的に他のバイオアップ者への共感能力見たいなものが生まれている。相手の身体の何処かを触っていれば、その相手のバイオアップ部分に、意識がリンクする筈だ。相性が良ければ、他人のそれでも制御出来るかも知れない。それで試して見ればいい。」
「偽バンパイアの次は、似非サイコメトラーか、、もう良いよ。第一、そんな方法だと、相手の何かが分かったからって、俺の身体への細工が成功したかどうかの証明にはならないからな。それはあんたの高級な頭の中でだけ成立してる話だろ。結局、俺があんたを信用するかどうかって所に、話は行き着いてしまう。いいさ。俺は、あんたを信用するよ。」
アレンは以前と比べて随分、腹の据わった、ものの言い方を多くするようになった。
「、、しかしアレン・ヒルズバーグも大きくなったものだな。私が知っているレイニィ・アレンとはまったく違う。」
「身体を本気で大きく弄ると誰でも人間性が変わるんだろう?」
「確かにそうだが、あんたのはそうじゃない。」
「俺が変わったのなら、それは混沌王のせいだろうな。」
「、、、それほどの男なのか?混沌王って奴は?」
近衛は日頃溜め込んでいた、混沌王に関する疑問を吐き出すように言った。
この世界を塗り替えた混沌王の姿は、こんな裏世界の男の目にもしっかり焼き付いていたのだ。
近衛は世事から自分を遮断して生きているような男だったが、その人間が、混沌王には興味を示したのだ。
「変わったのは俺だけじゃなく、この世界もだろ?混沌王はそれだけの事をやったんだ。」
「それがこのアクアゲヘナか、、、。でもあんたは、そんな男の側にいながら、その影響下から自由でいたがっている、それは、何でだ?あんたには、他に選択肢はないように思えるがね。」
「別に俺が凄い奴だからじゃないよ。もう一人の男を待ってるんだ。今のままじゃ、そいつが帰ってきた時、俺は、身動きがとれなくなる、だからさ。」
アレンは遠い目をしてそう言った。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった


うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔拳のデイドリーマー
osho
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生した少年・ミナト。ちょっと物騒な大自然の中で、優しくて美人でエキセントリックなお母さんに育てられた彼が、我流の魔法と鍛えた肉体を武器に、常識とか色々ぶっちぎりつつもあくまで気ままに過ごしていくお話。
主人公最強系の転生ファンタジーになります。未熟者の書いた、自己満足が執筆方針の拙い文ですが、お暇な方、よろしければどうぞ見ていってください。感想などいただけると嬉しいです。
おっさんの異世界建国記
なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる