混沌王創世記・双龍 穴から這い出て来た男

Ann Noraaile

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第6章 魁けでの戦い

68: キコ

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 過去にオゴデイ王子の性格改変の為に用いられたサイコアシストマシーン大蜘蛛は、今、葛星によって喜子(キコ)と呼ばれていた。
 「喜子」は古事にある蜘蛛の別名だが、大蜘蛛が自らの身体の大きな破損を、少女の身体を使って再構成しなおした事も、その命名に関係していただろう。

 キコは不思議な少女だった。
 その中身は、昔の大蜘蛛のままではなく、兄を慕う妹のような性格も時折見せる事があった。 
 大蜘蛛は、自らのソフト面の機能を幾つか失った為に、少女の身体に融合蘇生する際に、彼女の脳機能を多く利用したから、生前の少女のなんらかを引き継いだ可能性があった。

 キコは基本的に、ずっと葛星の側から離れようとしない。
 だが時々は、昔の大蜘蛛のように、行方をくらます事があった。
 葛星は、それが判っていたから、キコの姿が見えなくなっても気にする事はなかった。
 大枠の記憶を取り戻した今、大蜘蛛が自分に果たした役目は判ったが、大蜘蛛そのものの中身までは判らない。
 葛星は、それを受け入れる事にしていた。
 自分に敵対するモノでなければそれで良い、今となっては、もう一つの世界の名残を思わせる生きた存在は、混沌王と、このキコしかいないのだからと。

 キコは、革命の戦禍からめざましい復興を遂げた地上世界を一人で歩き回っていた。
 姿が可愛らしい少女だったから、それだけで街の一人歩きは危険と言えたが、その中身は、幾つかの機能は失われたとはいうものの、高い戦闘力を持つサイコアシストマシーンの大蜘蛛である、何も問題はなかった。
 いやあるとすれば、この少女に関わった人間の方である。

 キコは葛星の願いを叶えるために、ある人物を捜していた。
 昔のように、ほぼオールマイティとも言える能力は保持していなかったが、今もこの世界の電子情報には自由にアクセスできるし、人の記憶を全て書き換えることも抜き出すことも出来た。
 それを使って、葛星の願いを叶えてやれると考えたのだ。

 葛星の願いと言っても、キコが直接それを頼まれた訳ではない。
 葛星は未だに大蜘蛛とはコミニュケーションがとれないものと思っている。
 ただ大蜘蛛が自分に害をなすものではないことがはっきりしているから側に置き、その上、少女の外見を持っているから、時々は話し合い手にしているだけだ。
 それで大蜘蛛は葛星の願いが判る。

 葛星はジャラールッディーン王子と会いたがっている。
 会って「本当のケリを付けたい」と言う。
 記憶の概要が戻ってきた葛星に、ジャラールッディーン王子とのこの世界での因縁が、又、新たに生まれたという事だろう。

 大蜘蛛には、葛星のいう「本当のケリ」の中身は理解できなかったが、葛星をジャラールッディーン王子に低リスクで会わせる事は可能だと判断していた。
 葛星は常にジャラールッディーン王子の動向についてチェックしていたが、その中で浮かび上がってきた混沌王の外界遠征が利用できると考えたのだ。

    ・・・・・・・・・

 その男は酩酊した状態で、安酒を売る酒場から出てきた。
 連日に渡る叔父の無茶な誘いに、うんざりしていた所に、今日は就労時間の短縮の知らせを工場から受けた。
 つまり事業の縮小に伴って、お前たちの給料も減らすという宣告だ。
 憂さ晴らしだった。

 男はアクアリュウムのロストワールド技術専科アカデミーを首席で卒業した人間だった。
 革命がなかったら、今頃はママス&パパスの何処かの頂点企業か研究所に勤めている。
 それがこの男は最下層の一労働者に過ぎない。
 だが混沌王が建国しようとした世界は、才能のある人間をその出自で阻もうとする狭さはなかった筈だ。

 こうなった原因は、男が外界への適用措置を拒んだ事にあった。
 男は外界適応措置どころか、声の出ない自分の喉のバイオアップ処置さえ拒むような、生粋のヒューマンロード主義者だったのだ。

 ドームが取り払われても、旧アクアリュウムのバイオ農場跡があった場所には、まだ通常の身体を持つ人間が生き延びる環境が残っていた。
 ただしその生活維持は、自宅に引き籠もっているか、常に巨大な清浄装置を稼働させ続ける事の出来る工場に働きにでる事でしか、なしえない事だったのだ。
 まさに追い込まれたヒューマンロード主義者の悲哀と言った所だ。

 男は自分の目の前に立って、じっとこちらを見上げている少女を見て、もしかしてこれが話に聞く少女買春なのかと一瞬思った。
 しかし最近では、そういった子ども達が生まれる底辺に置かれた人々は、混沌王が掲げた外界開拓方針に積極的に参加しつつあって、旧アクアリュウム内にはもう殆ど残っていないのだいう。
 いずれにしても目の前の少女は、そういった類の存在ではないような気もしてきた。
 なぜならその少女は、見れば見るほど人間離れした雰囲気を身に纏っていたからだ。

 男は酔った身体で、少女を避けるようにして前に出たが、少女はそれを妨げるように又、男の前に立った。
 時々は人との行き違いで、こんな事はある。
 それと同じだと思って、又避けたが、相変わらず少女が男の行く手を塞ぐ。
 男は自分の首元に吊ってある音声発生器のスイッチを押した。
 以前は全自動の物を持っていたが、金に困ってそれは売り払っていた。

「通してくれないかね。それとも何かね。こんな酔っぱらいを相手にして遊んでいるつもりなのかね?」
 電子音でも男の困惑した様子がよく出ていた。
 少女は首を振った。
 そして自分の右手を持ち上げると、それを男の顔の方につきだし、人差し指を突き出した。

「おいおい何をするんだ。行儀が悪いぞ。ツッ!!!」
 男の目には、少女の人差し指の先端から何かが自分に向かって飛び出てくるのが判ったが、その認識も、首筋の傷みまでだった。
 後は意識がもうろうとなった。
 ただ自分の脚が、少女の背中を追って、とぼとぼと動いているのだけは判った。



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