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第5章 混沌王の創世

60: ネロ・サンダースの帰還

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 別府イルマの死は、アレンに永遠の悔恨と謎を残した。
 別府イルマはなぜあの時、アレンを助けようとしたのか?しかも機動スーツに搭載された飛び道具も使わずに捨て身でだ。
 重火器の類の武器を使う事による周囲の巻き込み事故を防ぐためだったのか?
 しかしあの作戦が実施される時には一般人の待避は秘密裏に終わっていた筈だ。

 やはり周だけに打撃を与えて、周に囚われていたアレンを救い出す攻撃方法は肉弾戦しかなかったと考えるべきなのだろうか?
 もしあの時、アレンが考えていた捨て身の作戦を別府に伝えていたら、別府はあそこまでしなかったのだろうか?
 それも判らなかった。

 アレンは混沌王の執務室に向かう隠された専用エレベーターに乗った。
 かってはキングが使ったものだ。
 今は、混沌王の語り部という立場にいるアレンだけに許されている。
 エレベータを下りると、混沌王が様々な部署から送られてくる報告書をチェックしているのが見えた。
 混沌王は姿勢が美しい。
 椅子に座っている姿さえ真っ直ぐだ。

「帰ってきたのだな、アレン君。もう少しまってくれたまえ。こちらは直ぐに終わる。」
 混沌王は報告書から顔も上げず、そう言った。
 アレンは混沌王の側までいくと、直立して彼の仕事が終わるのをまった。

 一仕事を終えた混沌王は真っ直ぐアレンを見た、何も言わない。
 確かにそうだ。
 混沌王からアレンに喋り掛けなければならない用事は何もない。
 アレンは混沌王の部下ではないからだ。
 だがアレンは何を言って良いのか判らなかった。
 周との戦いの後で、身体の再生を頼んだ覚えはない。
 周殺しは混沌王からのプレゼントで、任務ではない。

「、、、フィリポ・ベトサイダ氏をどう処遇されるお積もりでしょう?」
 何を言って良いのか判らなかったから、アレンは今、一番気がかりな事を口に出した。
「公安庁の長という役職を解き、1年間の外界開拓任務に回した。単純な作業員としてね。ただ彼の席は空白にしてある。公安庁はよく出来た組織だ。一年ぐらいは今の次長で仕事は回る。これが上と下に別れている時は、そうは行かなかっただろがね。」

「一年経ったら呼び戻す、という事ですね。」
 正直、意外な返答だった。
 嬉しく思ったが、そうなら、もう少し混沌王にものが言えるかとアレンに欲が出た。

「そのつもりだ。彼をあの役職に引き上げたのはこの私だからね。今回の処置では、あらゆる所から身を引いて責任を取ると言った彼の言葉は、一切無視をした。復職させる時もそうする。」
「、、、だったら一年と言わず、今すぐフィリポ・ベトサイダ氏を呼び戻してください。」

「今すぐね。面白いことを言うな。一応、その理由をきこうか?」
「私です。私が全ての原因です。フィリポ・ベトサイダ氏にとるべき責任はありません。」

「君は、あの時の会議に同席していただろう?私があの時、ベトサイダ氏に命令した事を憶えているね。」
「ええ。ですがアレは不可抗力です。それにあの時点では、俺が周にかかわるような話は出なかった。」
「それなら、死んだ別府イルマが、悪いのかね?」

「俺は、そんな事、言ってません!あんただって、ベトサイダに俺の事を押しつけた責任がある筈だ!」
「私はベトサイダ氏に君の復讐の役に立ってやれと言ったつもりはない。ただ邪魔になるかも知れないが、これこれこういう人間がいるとは伝えた。彼はそれで、失敗したり下手に動くような人間ではないと思っていたからね。」
 それが言い逃れや言い訳ではないのは判っていた。
 異なった二つの性質を含む問題を、同時に解決して、正確に二つの答えを出す、そういった事が実際に出来るのが混沌王だった。
 そうでなければ外界から来た男が、これだけの短時間でアクアリュウムとゲヘナを支配下に置き統合する事は出来なかっただろう。
 ただ、それは誰にでも出来る事ではなかった。

「私に責任があるのはその点だ。奥の奥までは人を見る目がなかった。それは痛感しているよ。だがそれでベトサイダ氏への処罰が軽くなるような事はない。彼はペナルティを受けるべきだ。彼も私も、もっと成長する必要がある、その為の処罰だ。」
「ならもっと言う。事の始まりは、あんたが俺の復讐に興味を持った事だ。」

「なんだか、今の君は初めて出会った時の君のようだな。確かに、君の復讐には興味を持った。それに君には、もっと語り部としての深みを期待していた。」
 語り部としての深み?あんたにとって俺は単なる生体レコーダーだろ!?
 しかしアレンはその言葉だけは堪えた。
 それは想像でしかない。

「、、言い方を変えよう。君は何故、君の事を救った女性の気持ちを責めないんだね?冷静に見れば、その女性のやった事は服務違反だ。君の考えついた捨て身の方法は、彼女の事がなくても成功していたかも知れない。成功していれば、何も問題はなかったと言える。だが彼女は君を助けた、それが事実だ。そしてそれは服務違反だ。彼女はそんな事は百も承知で、その時はそうやった。違うのかね?物事の原因を順番であげつらうのは切りがない事なんだよ。君の理屈で言えば、君が周に復讐心を抱かなければ、私はこの件を始めなかったことになる。、、重要なのは、その時々だ。だからこそ、その女性は君を助けようとしたのだろう?世界はそうやって続いていくんだよ。」
 アレンは虚を突かれた思いに囚われた。
 混沌王の理屈などどうでもいい、だがその口ぶりがいつになく優しく感じたのだ。

「この件は、終わりにしよう。いくら話したとて変わりはしない。、、そうだ、ネロ・サンダースが帰ってきたぞ。外界視察の準備が整ったそうだ。これから、一緒に会いに行くか?これはおそらく、君が語るべき物語の新章の一行目になるぞ。」
 混沌王は、そう言って椅子から立ち上がった。


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