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第5章 混沌王の創世
58: 周騎冥を討つ
しおりを挟む周騎冥が混沌王派の事業所を襲撃する日、つまりチームが周騎冥を討滅する日が来た。
襲撃地点近くに止めてある商業車両に擬装したバンの中で、アレンと別府イルマは機動スーツを装着しつつあった。
他の地点に配置されたチームメンバーも今頃は準備の最中だろう。
全員が機動スーツを着用する作戦は、公安では珍しいということだ。
混沌王の語り部となったアレンだが、今でも機械オタクの嗜好は変わらなかったから、自分が身に付けている機動スーツの知識については、チームの誰より熟知していた。
使いこなしは少し訓練を受けただけだが、今のアレンの身体はディウォーカーだ。
装着者の運動能力とスーツの機能が相乗効果を上げる機動スーツの能力を、充分に発揮出来る筈だった。
過去における戦いの経験値は、戦闘が葛星の分担だったから少ない。
しかし修羅場の真ん中にいたことは何度もある。
ただ、弱かっただけだ。
「奴らはくるかな?周はこの前ので、自分たちが監視下に入っているのを気付いた筈だ。」
別府らの分析によると、周騎冥を入れてマシンマンが4人今回の襲撃に参加するようだ。
ただターゲットは周騎冥1人、他の3人は標的ではないから、戦いの中で逃亡させても良いし、もちろん処断しても構わない。
その判断基準は、一般人を巻き込まない事、仲間を失わない事、この二つだった。
「来ますよ。こちら側の動きは、表面上監視活動だけに見せてあります。」
アレンは別府の言葉を聞きながら、得に機動スーツの両手の前腕部分を念入りにチェックした。
そこにはチームには秘密で改造した仕掛けがある。
「彼らは盗賊じゃないんです。争乱が目的なんですから、それで金が稼げる。上手く行けば押し入った先でも金が手に入る。彼らが手を引くときは、相手が遙かに格上で、自分たちが瞬時に制圧される恐れがある時だけです。暴れられれば良い、捕まらなければいい、ただそれだけです。ただしそれは彼らの見え方です。治安維持を目的とする公安である我々からすれば、都市部でそれをやられたら、ターゲットにされた企業は勿論、他の多くの市民が巻き込まれる、という事です。今回の作戦も、綿密に計画すれば、犠牲を出す可能性を果てしなく0に近づける事が出来たかも知れませんが、そこにあなたが来た。」
別府はスーツを装着しながらそれだけの事を澱みなく言った。
余程ど、こういったハンディのある任務に慣れているのだろう。
「耳が痛いな、、充分だよ。それはよく判っている。もし戦局が君たちの畏れるような形に流れそうになったら、作戦を阻止してくれればいい。それが俺を殺めるような結果になっても文句はいわない。俺は、犠牲者にはカウントされない。混沌王だって、そんな事は判ってる。」
「判りました。あなたなりの覚悟はしているという事ですね。私には、未だにあなたのやろうとする事の意味は理解できませんが。」
俺だって自分のやろうとする事の「意味」は判らないと、言おうとしたアレンだったがそれを止めた。
「、、、、君は、昔、ゲヘナのアクアリュウム工作員だったらしいね。世界がこうなるまでの戦いは、苦しかっただろう?皮肉な話だが、俺は昔、ビニィハンターの相棒だった。直接、ビニィに手を掛けたことはないが、ビニィを殺すことは平気だった、、。」
「私にとっての、その意味を聞いているのですか?幾らでも答えられますよ。」
アレンにとって、自分が人間となんら変わらないのだと思っているバイオロイドと話をするのは、刺激的な体験だった。
ゲヘナにも行った事はあるが、その時にはバイオロイドとは親密な関係は結ばなかった。
ただ、こういう自由なバイオロイドもいるのだと眺めていただけだ。
・・・別府イルマとの会話は、アクアリュウム人としては、ゲヘナやバイオロイドに理解がある方だと、思っていた自分が恥ずかしくなる程だった。
・・・場面によれば、別府イルマの方が人間性において遙かに自分より上だった。
だが今は、そういう新たな関係性を楽しんでいる場面ではなかった。
「いやいい。聞いてみたかっただけだ。君なら、きっとちゃんとした答えを持っているんだろう。羨ましいくらいだ。」
「自分が成すべき事は、自分で見つけるものだと思っています。それだけが人が人で在ることの証です。ただ生きるのは、動物と変わりません。」
おそらく、この女性は、今、言わなくても良いことを喋っていると思った。
・・・自分への餞別代わりなのかも知れない。
だがアレンは、自分が生き残ったら、自分は新しい景色を見ているかも知れないとも思った。
「ただ生きるのも難しいぞ。」
「難しく思うのは人であるからです。動物はそうは感じていません。」
別府イルマの木で鼻を括ったような言い草を聞きながらアレンは機動スーツの装着を終えた。
「プラン通りに襲撃対象の機密倉庫からは、警備員を含めて一般人は全員退去させています。私の仲間達が、3人のマシンマンと周を分断するように追い込みをかけ、こちらに誘導します。今の所、変更はありません。いいですね。」
もちろん彼らだけなら、こんな念入りな会話はないだろう。
アレンは今でも、彼らにとっては特別ゲストだった。
「ああもちろんだ。それとさっき言ったように、イザとなったら俺を捨てて、君が周をしとめてくれ。」
「よくあるセリフですね。普通はその後に、責任は俺が取るに続く。でも今回そうなったら、あなたには、責任が取りようがない。死人には人を庇うための口がないんですよ。」
最後の最後まで皮肉をいう女性だったが、アレンは憎めなかった。
「来ました。」
機動スーツのヘルメットの中に声が響き同時に周の姿が見えた。
周の黒いアーマー部分は、所々破損し、周自身の人工皮膚も剥がれかけている部分が見えた。
他のメンバー達が周をこちらに追い込む迄に、かなり周にダメージを与えてくれていたようだ。
「待ち伏せってわけか?って事は、ここで終わりって事だな。お前たちを殺せば俺は、逃げ切れる。」
己の進行方向を塞ぐような形で待機していたアレン達を見つけた周が言った。
「どんな時でも、ご大層な注釈をたれやがる。変わってないな。周!」
「その声憶えているぜ、お前、あのドブネズミだな?あの時、俺を覗き見してたようだが、ここで会うとはな。その度胸だけは褒めてやるぜ!」
別府がアレンから離れた。
後はやれという事だろう。
「退がらせていいのか?ネズミ。俺にはそっちの方が、強そうに見えるがな。しかしそれにしても、お前って奴は、必ず強い相棒を連れてやがるな。」
周は逃走の算段を考えているのか、それともここで遊ぶつもりになったのか動く気配を止めた。
普通なら先程戦った相手が、追ってくるはずだがそれがない。
その意味を、考えているのだろう。
もちろん周には、襲撃が不発に終わったフラストレーションが溜まってもいる。
周は主義主張で動いている訳でないし、金の為に破壊活動をしているのでもない。
金を手に入れるだけなら、もっと手軽に出来る強奪方法がいくらでもある。
「俺がへたれ野郎か、どうか、やって見なけりゃ、判るまい!」
アレンは、周が自分に起こった身体の変化について知らない事にかけていた。
性能の高いマシンマンからすれば、いくら相手が機動スーツを着用していても、その中身が普通の人間なら赤子の手を撚る様なものだ。
普通のマシンマンなら、そんな装着者を相手にすること自体が恥ずかしいという様なものだ。
が、周にはそういう価値観がない。
猫が鼠の命を玩具にして遊ぶような所がある。
自分の力によって人間の苦しむ様が見たいのだ。
アレンからすれば、それが狙い目だった。
「ちっ!いっちょ前のセリフだけは吐きやがる。お前じゃ、役不足だが、少し遊んでやるよ。お前の泣き顔が又見たくなった。今度は、あの相棒はいなんだぜ。」
アレンが、前に出て周に打ちかかった。
周から攻めるような事はしない。
下手をすると、自分の最初の一撃で相手が死んでしまう可能性があるからだ。
アレンの放った右フックが見事に決まった。
周の身体がグラリとよろめき、その目が驚愕の色に染まった。
だがそれは、ほんの一瞬だけだった。
後は怒りと憎しみで野獣のような目になっている。
罠に填った、とアレンは思った。
こうなった周はマシンマンとしての他の機能を封じてでも、自分の四肢をだけを使って、アレンを撲殺しようとするだろう。
そして、その通りになった。
周とアレンは殴り合った。
もちろん昔のアレンなら、機動スーツを着ていても1分と持たなかっただろう。
だが今のアレンは違う。
血は飲まないが、本物のディウォーカー、昼間も行動できる吸血鬼なのだ。
それでも時が経つに従って、周の力がうわまり始めた。
ついにアレンが膝を屈した。
その時、別府が動いたのだ。
しかも身を挺しての動きだった。
周は自分に対する別府の攻撃に苛立って、腕に仕込んである熱線砲を放った。
半ば反射的な動きだった。
今回の強奪活動で、いざという時に使うつもりの切り札の武装だった。
対抗策をとられないように、切り札の武装は毎回変えている。
中でも熱線砲は特別の破壊力を持っていた。
周に組み敷かれそうになったアレンの位置から、別府が物凄いスピードで、焼けこげていくのが見えた。
それと同時にアレンは、自分の頭の中も真っ白に蒸発していくのが判った。
「可愛そうな事をしたな、、しかし素手で飛び込んで来るとはな、、お前の女だったのか?」
周はアレンの首に自分の腕を巻き付け、背後からアレンをロックしながら嗤った。
アレンは両腕を闇雲に振り回し、藻掻いた。
結果、周の束縛から離れた。
いや周がもう少し楽しもうと、アレンを己の腕から離したのだろう。
アレンがまた、子どもの喧嘩のように周の身体に掴みかかった。
「やれやれ、、もう時間かな、、。」
周の残虐性は、別府の破壊によってテンションが下がってしまったようだ。
アレンがもう魅力的な玩具では、なくなって来たのだ。
周は自分に撃ち込んで来たアレンの右腕を自分の脇の下にロックして、頭突きで決めてしまおうか、それともこのまま腕をもぎ取って、その腕でアレンを叩き殺そうかと考え始めた。
「、、死ぬのはお前の方だ!」
アレンは、自分の右の前腕に埋め込んだ仕掛けを起動させた。
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