混沌王創世記・双龍 穴から這い出て来た男

Ann Noraaile

文字の大きさ
上 下
57 / 82
第5章 混沌王の創世

57: 別府イルマという女

しおりを挟む

「別府イルマです。この作戦の指揮を任されています。あなたの事も、お世話をするように命じられています。」
 最初、女はそう自己紹介をした。
 ショートカットの黒髪の小柄な女性だった。
 自分は、ゲヘナのバイオロイドだとも言った。
 アレンはその事に少し衝撃を受けたが、その思いは長く続かなかった。

 それよりもアレンは、『俺は綺麗な女性に縁がある。もてはしないが、、、』と思って、次に『おせわをする』という別府イルマの言葉に引っかかった。
 そういった言葉を軽く受け流せる程、自分は大きくないと思ったのだ、だから代わりにこう答えた。

「俺はてっきり、この作戦の指揮はフィリポ・ベトサイダ氏がとるものだと思っていたが。この作戦は混沌王の指示なんだろう?」
「ベトサイダは忙しいのです。この程度の任務に顔出しなどしません。」
「随分ないいようだな。俺の目の前でフィリポ・ベトサイダ氏は、混沌王から、成功するのは当たり前、部下を一人も死なせるなと念を押されていたぞ。」
「それは聞いています。だから、私がチームリーダーに選ばれたのです。」
 別府イルマは表情を変えずにそう答えた。
 傲慢な自信とは、思えなかった、あまりに彼女が当たり前に応えたからだ。


    ・・・・・・・・・

 今、その別府イルマがアレンの側にいて、双眼鏡のようなものを手渡して来た。
 イルマの率いるチームと共に行動をして2週間が過ぎている。
 もちろんアレンは、ただ彼らの地道な調査活動を横で見ているだけだった。
 回天自体の動向は比較的早く掴めるようだったが、実働隊の動きとなると又、別のようだ。
 しかし今、彼女らの活動がようやく実を結びつつある。

 アレン達が潜んでいる建物からは、周騎冥がいる安宿のラウンジまで相当な距離があった。
 だが見通しは良い。
 だから強化されたアレンの視力なら周騎冥の顔かたち程度なら判別できる。
 しかしその表情までは見分けはつかない。
 双眼鏡を手渡してきたのは、それに気を回しての事だろう。
 ゲヘナのバイオロイドである別府イルマには全てが見えている筈だ。

 なんとなくアレンは、別府イルマが周騎冥を捉えてきて「さあこの首をはねてしまいなさい。それで私の任務は終わるわ」と言っているシーンを思い浮かべたが、もちろんそれは只の夢想だ。
 現実の周騎冥は、やはり手強かった。

 アレンの知る限り、別府のチームが周騎冥の消息を掴むだけで三日かかっている。
 それが短いのか長いのか門外漢のアレンには判らなかったが、時々、姿を見せる別府の同僚達が身に纏っていた雰囲気は、ある種の焦燥感だった。
 潜伏期間中の周騎冥は自分を覆っている人工皮膚をまる毎、張り替えて別人になりすましているらしい。
 だが何故か、襲撃が決まると、元の姿に戻るという。

「確かに奴だ。しかし、なぜ事を起こす前に、元の姿に戻るんだろうな。目立って仕方がないだろうに。」
 アレンは双眼鏡から目を離さずに言った。
「複雑な理由ではありませんよ。単純な自己顕示欲でしょう。」
「暴れているのは、この俺、周騎冥だ!って事だな。自己顕示欲、それが奴のウィークポイントってわけだ。」

「ウィークポイントではありません。危険性です。周騎冥は高性能のマシンマンです。周騎冥が街中で暴れるのは大型戦車が一台、繁華街で主砲を撃ち続けているのと同じ事なんですよ。」
「、、だったな。ところで入間さん。俺がこの前、頼んでおいたのを用意してくれたかい?」

「本気でやるつもりなんですか?私達に任そうとは思わないのですか?」
「さっき君は、周騎冥は大型戦車一台分だと言ったばかりじゃないか。俺には機動スーツが必要だ。」
「スーツを使うと派手な戦いになります。それは指令の中で禁じられています。」

「知ってるよ。だから、そうならない状況を、君たちがお膳立てしてくれるんだろう?」
「、、仕方ありませんね。私達も全員、機動スーツを身に付けましょう。騒動が波及しないように一気にやります。、、周騎冥が動くときには、他にも何人かのマシンマンが動きます。あなたが素早く周騎冥を仕留める事が出来れば、騒ぎは更に大きくならないですむ。周騎冥と他のマシンマンの間には、何の仲間意識もないのです。金だけで繋がっていますから、周騎冥が倒れれば、彼らは去っていきます。」
「俺は、責任重大だな。」

「あなたの口から責任などという言葉は聞きたくありません。」
 確かにそうだと、アレンは思った。
 アレンは混沌王のいうプレゼントを受け取っただけの話で、何かの使命感で、このチームの任務に参加したわけではないのだ。
 いわば便乗しただけだ。

 ただそれでもアレンの闘志だけは本物だった。
 いや闘志ではなく復讐心だった。
 あれほど理屈上では逡巡したものが、周騎冥を目の前にした時、嘘のようになくなっていた。
 握りしめる双眼鏡に力が入った。
 手元からミシリと音が聞こえたような気がした。
 いや実際、双眼鏡の何処かが歪んだのかも知れなかった。

 その時、周騎冥の顔がこちらを向いた。
 その視線は真っ直ぐにアレンを見ていた。
 こちらが見えるのか?いやマシンマンなら見えても不思議ではない。
 ただ見えるだけでは、多くの光景の中で、こちらが何処に潜んでいるかまでは探し当てられない。
 それでも俺が判るのか?
 いや判ってもいいと、アレンは思った。
 自分は今この瞬間に、周騎冥を殺すと、心に決めたのだから。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔拳のデイドリーマー

osho
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生した少年・ミナト。ちょっと物騒な大自然の中で、優しくて美人でエキセントリックなお母さんに育てられた彼が、我流の魔法と鍛えた肉体を武器に、常識とか色々ぶっちぎりつつもあくまで気ままに過ごしていくお話。 主人公最強系の転生ファンタジーになります。未熟者の書いた、自己満足が執筆方針の拙い文ですが、お暇な方、よろしければどうぞ見ていってください。感想などいただけると嬉しいです。

おっさんの異世界建国記

なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。

処理中です...