混沌王創世記・双龍 穴から這い出て来た男

Ann Noraaile

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第4章 異世界で相まみえる二人の王子

50: 激突

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 アクアリュウムの天蓋が少しずつ開きかけていた。
 この世界には滅多にないもの、つまり「強風」が吹き荒れ始めていた。
 鎖で背中合わせにグルグル巻にされ、ビックマウンテンの屋上に設置されたクレーンにぶら下げられていた二人の女達がその風に煽られ大きく揺れている。
 クレーンは主に外壁のメンテナンス用に使われるのだろう、そのアーム部分は大きく空中に迫り出していた。
 時代ががったシチュエーションだが、ピンチとしては絶対的だった。

 そんな彼女たちを背にして、混沌王はその身をロストワールド時代に作られたと思われるバトルスーツに身を包んでいた。
 肩当て部分に何かのギミックが仕込んであるのかその部分が異様に大きい。
 全体的には白を基調にした東洋風の鎧のように見えた。
 混沌王の頭部の刺青は、顔の部分が開いた兜で覆われていて見えない。

「まさかとは思ったが、女を人質にしたくらいで、素直に貴公がやってくるとはな。王が施した貴公への呪縛は完全にとけているようだ。少し物足りない気もするが、貴公が貴公であることには違いはない。ここで決着をつけさせてもらうよ。私はこんな所で、留まってはおれないのでね。」
 そう言うと、混沌王は右手のグローブに握り込んでいたものを、手のひらを開け葛星に差し出して見せた。

「一つはクレーンのコントローラー。もう一つは、ご婦人方を繋いでいる鎖に掛けた錠の鍵だ。解放と呪縛、そして生と死の象徴のようなものだな。」
 そう言い終わると、混沌王はそれらを右の腰当てについている収納部分にしまい込んた。

「見ての通りだ。彼女たちを救いたければ、私からこれらを奪えばいい。」
「俺との約束が違うぞ!彼女を離せ!」
 アレンが吠えた。

「おかしな事を言う。君の方からは、その約束を守るという意思表示自体が、まだなされていないのではないのかね?それにまだ、私が彼女たちを地上に落とすとは決まっていない。又、君の親友がこの私に負けるとも限ってはいない。君のやる事は、たった一つだ。この戦いの行く末を見守って記憶すると言うことだよ。」
 混沌王は何処までも冷静だった。
 だがそれは彼の表面だ。
 彼の本質を深く知る人間達は、それを「冷たい激情」と呼んだ。

「アレン、お前は離れてろ。」
 ダンクは腰にコルセットの様に巻き付かせてあった細いベルト状の金属帯を抜き取り、それを剣状に硬化させた。
 ビニィ狩りでは滅多に使わない武器だ。

「ドラゴンテールか、懐かしいな、その剣。そいつには随分、沸湯を飲まされたものだ。貴公の家に使える匠の民の能力がよくわかる。だがこの世界の武具もロストワールドのものだと、侮り難いぞ。」
 混沌王が葛星に対応するように、背中の収納部分から、巨大なレンンチの先端に刃がついた様なモノを引き出してそれを構えた。

「混沌王よ、、、ちなみに聞いておく。お前にとっての俺の名前はなんだ?」
「ほう、その気になってくれたのかね、オゴデイ王子。そして私の名は貴公流に言うとホラズム・シャー朝の王子、ジャラールッディーンだ。ではケリをつけようじゃないか。」

 二人は同時に突進した。
 二人はお互いの剣を同時に振り下ろす。
 混沌王がドラゴンテールと呼んだ弾駆の剣は、その刃先の超振動ナノブレードで混沌王のアーマーを断ち割る筈だったが、刃先はアーマーの表面を覆う力場に触れた途端、それた。
 一方、逆に混沌王が振り下ろした刃は、奇妙に光ながら弾駆の鎧の表面に食い込み、甲高い奇妙な金属音を発生させた。

 ダメージを喰らったのは弾駆の鎧のほうだった。
 少しだけ、弾駆の鎧の表面が刃の形に凹んでいる。
 だが両者は、それで退かず何度も、相手を打ち合った。
 駆け引きはない、力と力の激突だった。

「ダンク!無理だ!退け!」
 アレンが悲鳴のような声を上げる。
 その声が届いたのかどうか、弾駆が後ろに下がり、大きく混沌王との間合いを開けた。

「この世界の戦いの意識と、我々の意識とには随分差がある。この世界の戦いには、相手に対する礼がない。勇猛さもない。貴公は、それを学んだかね?今起こっているのはそれだよ。だが今宵は、やはり我々の世界の流儀でやろう。」
 混沌王が前に進んだ。
 その前に、いるはずの弾駆の身体が消えた。

 いや、肩から羽を瞬間に出現させ上に高く飛んだのだ。
 そして落下しながらドラゴンテールを混沌王の頭部に突き刺そうとした。
 同時に天を振り仰いだ混沌王の頭部が紫色に輝き、ドラゴンテールの切っ先を斜めに反らせる。
 混沌王はバリアを自由に操れるようだ。

 僅かに着地の体勢が揺らいだ弾駆の体側に向かって、混沌王は己のバールのような剣を渾身の力を込めて薙ぎ払った。
 途端に物凄い衝突音が聞こえ、弾駆の身体が吹き飛ばされてしまう。
 アレンの目からは、倒れ込んだ地面から起き上がろうとする弾駆の脇腹は大きく凹んでいるように見えた。

 止めの一撃を放つつもりなのか、混沌王が一歩を進めたとき、夜空からソレより黒いものがフワリと落ちてきて、混沌王と弾駆の間にその姿を現した。

「、、大蜘蛛だ!ダンクの危機を察知して帰って来たのか!?」
 その姿を見つけたアレンは鳥肌を立てた。
 助かったというより、もっと不吉なものを感じたのだ。
 だがここでも、混沌王は冷静だった。

「ほほう。龍と大蜘蛛の王家の呪いが帰ってきたか。だが同じことよ。」
 そう言った混沌王の大きな肩当てあたりからキラキラと輝く物が数体飛び出して空中を舞った。

「すげぇ、、高機動戦闘ドローンか。」
 それはアレンがかって一度だけサルベージマンの開く闇市でその姿を見たことがある代物だった。
 混沌王のスーツといい武具といい、それらは現在、ロストワールドで引き上げられる最高レベルの軍事技術で造られたもののようだった。

 混沌王は目の前の大蜘蛛など眼中にないといった風情で、さらに前に進み始める。
 大蜘蛛はカサカサとそんな混沌王に向かっていくが、その大蜘蛛の相手をしたのは、数機の高機動戦闘ドローンだった。
 その様子は、獰猛な大蜂達が、大蜘蛛を攻撃しているように見えた。
 それでも大蜘蛛は大蜂と交戦しながら混沌王の進路を断とうとするのだが、混沌王の剣の紫の閃光の一振りで、あっさりと退けられてしまった。

 うずくまったままの弾駆の側に近寄った混沌王が、止めの一撃をふり下ろそうとしたした時、弾駆は残された力を使って、自分の剣を下から上へと撫で上げた。
 ドラゴンテールは弾駆の意志を知ったかのように、混沌王の体表を下から上へと這い上がるように走った。
 それは、このバリヤには特定方向への指向性があるのではないかという読みに基づいた葛星の最後のあがきだった。

「こざかしい!オゴデイ王子ともあろうものが!」
 その攻撃に揺るぎなく耐えた混沌王は手に持った巨大レンチの刃で、ドラゴンテールを放った弾駆の右腕を鎧毎切り飛ばしてしまった。
 その右腕がアレンの方へと飛んでくる。

「これで終わりだ、、。」
 混沌王がそう言いながら、うずくまったままの弾駆の背中に刀を深く突き入れ、その身体を串刺しにしたまま身体ごと高く捧げ上げた。
 そして屋上の縁まで弾駆の身体を運ぶと、そこから地上に向けて彼の身体を投げ捨てた。

「ダンク!!」
 アレンの悲鳴が上がる。
 何事もなかったかのように、混沌王は高機動戦闘ドローンと大蜘蛛の戦いの場に戻ってきて、今度も、いとも簡単に大蜘蛛の背中を剣で貫いて見せた。

「呪いよ、今度も主の元に行けば良い。ただしいくら試みようが、この世界には、神の国はないぞ。そこにあるのは無だけだ。」
 混沌王は弾駆にやったように大蜘蛛を串刺しにしたまま、それを投擲するように屋上下の空間に大きく放り投げた。

 震えるアレンの側に、混沌王がやって来た。
 そして右の腰当ての収納からクレーンのコントローラーと鍵を出し、アレンの前に投げた。

「早く助けてやりたまえ。想像以上に風がきつかった。あの体勢で揺られ続けたのだ。体力は相当消耗している筈だ。それが終わったら、私の元にくればいい。私はキングの執務室にいる。」
「、、、あんた、ダンクに彼女たちの命が欲しくばと、言ったんじゃないのか?」
「そうだよ。命が欲しくば、ここに来いと言ったんだ。そしてオゴデイ王子は此処に来た。だから彼女たちの命は返す。彼女たちは、我々二人のトロフィーじゃない。」
 アレンには混沌王の思考方法が良く理解できなかった。
 狡猾と思った瞬間に誠実になり、誠実と感じた瞬間に狡猾になる。

「、、、、難しく考えない事だ。私には、君の親友が、どのオゴデイ王子なのか見極めが付かなかっただけだ。昔のオゴデイ王子になら、礼を尽くす。、、私に屈辱を与えたオゴデイ王子なら、このような場所にさえやって、来なかっただろうな。」
「何を言ってるのか、さっぱりわからん、、。」

「その内に判るだろう。何と言っても君は私の語り部なのだからな。」
 そう言って混沌王は、被っていたヘルメットをとった。
 ヘルメットの下から現れたその顔は意外にも寂しげなものだった。





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