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第4章 異世界で相まみえる二人の王子
44: 混沌王
しおりを挟む三揃えのスーツを着こなした混沌王が、先ほどまでネロが座っていた椅子に腰掛けた。
やや不安定だった3Dの画像焦点が完全に合い、映像と実体の差が判らない状態になった。
そうやって見ると、今まで薄い頭髪のように見えていた混沌王の頭部がスキンヘッドで、その上にびっしりと龍の彫り物が施されてあるのが判った。
それが頭髪のように見えていたのだ。
その龍の彫り物は見事な美術品のようであり、一匹の龍が混沌王の頭部に巻き付き四つのかぎ爪のある手足で、混沌王の頭部をがっしりと押さえ込んでいるように見えた。
龍の彫り物のある頭の下には、贅肉のない細面の、それでいて力強さを感じさせる顔があった。
「初めてお目にかかるね。アレン君。私がアドルフ・スマート、混沌王だ。」
「あんたは、光の壁の向こうから来たのか?」
アレンは自分が一番知りたかったことを先に聞いた。
自分がトラブルメーカーである事は判っている。
だがそれは、自分の意志を先行させるからだ。
成り行きに任せていけば、波風は立たないが、物事は、自分のまったく望んでいない方向に勝手に進んでいく場合が多い。
そうなる前に、是非、聞いておきたいこと聞いたのだ。
「さすがだね。予想どおりだ。君はこれから私の物語を記録していくのに、ピッタリの男だ。」
混沌王は、嬉しそうに笑った。
葛星もタマに笑うと実に魅力的な顔になるが、混沌王のそれもよく似ていた。
「記録?」
「そうだ、記録だ。大昔なら語り部だな。それと君の質問への答えだが、イエスだ。ただ、私の正体についての詳しいことは、おいおいにと言うことにしておこうじゃないか。一度に話して聞かせても、混乱するだけだろう?それに、君にこれからやって欲しいことでは、私の過去はあまり重要じゃないんだ。重要なのは、これからだよ。」
「なぜ俺があんたの野望の語り部になる必要がある? というか、なると思ってるんだ?」
「私は強制はしない。全ての人間にだ。君も選べばいいよ。ただ私に強制力がないわけじゃない。例えば君の場合だと、レイチェル・奥田などが、取引の材料として使えるね。どうやら彼女は、君に好意をもっているようだよ。」
「汚いぞ!」
「汚くはない。私はレイチェル・奥田に手出しをしようなどと思ってはいない。しかしそういう事柄は、私が下の者に細々とした指示をしなくても、かってに動いていくんだ。もちろん私が止めろと言えば、その勝手な動きは止まる。彼女に関しては、どんな方向へも制御が出来るという事だな。それに君は、私がそんな事をしなくても、既に私やこれからの世界についての激しい好奇心を持っている。君はそれらを、特等席で眺める事が出来るんだよ。」
アレンが抱えている、身を焦がすような好奇心や、「答え」を知る満足感は、ほぼ中毒に近い、それは図星だった。
その上、レイチェル・奥田の身の安全を図る事が出来る。
そして今、葛星という最良の相棒を失った今、サルベージマンになりたいとも思わない。
又、無理かも知れないが、この男の側にいれば、この始まった戦争の最悪の部分を回避させるチャンスが自分にも転がり込むかも知れないとアレンは考え初めていた。
「あんたは葛星と同じで、特別な人間なんだろ?俺はそんな人間とずっと一緒にいれるほどタフじゃない。葛星とでも、死にそうな目には何度もあった。」
「その事については、失礼だとは思ったが処置はさせて貰ったよ。君をあの場所から救いだしたとき、君はその身体に相当なダメージを受けていた。それを回復させる時に、ついでに強い回復力を付与することにした。君はドラキュラに憧れて、うわべの身体改造をしたんだろう。我々が君にやったのは中身の方だ。」
「、、、それで眼鏡がなくなっても見えるのか!でもドラキュラなんて!」
「まさか人の血を飲まなきゃ死ぬなんて事はないよ、それに変身も出来ないし超能力もない。夜だけ活動するなんて事もない。第一、昼間でも活動出来なければ、記録者になれないじゃないか。ただ凄くタフになったと言うことさ。それにその処置は特別なものじゃない。アクアリュウムを開放して外に出て行く人間達がそれを望むなら、彼らにも君に与えたものとよく似た措置を与える。アクアリュウの人達たちを見殺しにするつもりなど、はなからない。ただし、彼らがそれを受け入れればの話だがね。君の場合は、緊急措置だっとはいえ、君の意志も聞かずやった事は、私からわびておくよ。それにその時、私のこの思惑が働いたのは確かだからね。だから、さっきも言ったが、君への措置は、アクアリュウムの人々に与えるものの特別版で、その力はドラキュラ並だ。でも嫌なら、私の申し出は受けなくて良い。私は君が、私の語り部になってくれるのを熱望しているがね。」
「何を熱望してるって?」
この時、監禁室のドアが丸く蒸発し、そこから白銀の鎧が出現した。
葛星弾駆だった。
「ダンク!」
アレンの目に涙が浮かんでいる。
「ほう。君か!早かったじゃないか?」
混沌王が席から立ち上がり、後ろを振り返った。
「お前、誰だ?」
「私がわからないのか?記憶がまだ完全には回復していないんだな。、、私は混沌王だよ。」
弾駆は素早くアレンの表情を読んだ。
アレンは頷いている。
そして次に首を振った。
葛星には判っているだろうが、相手が3Dだという事を念のために伝えたのだ。
「、、そうかい。だが3Dに挨拶しても仕方がないな。相棒は返して貰うぜ。」
葛星が右手を軽く挙げると、鱗の生えた手の甲から黒い半月系の刃が飛び出し、アレンを椅子に繋ぎ止めていた手錠を切断して、元の場所に舞い戻った。
「アレン、ぐずぐずすんな!直ぐに追っ手が来る。」
葛星が自分が開けた穴に姿を消した。
アレンは、葛星を追いかけながら、同じタイミングで消えゆく混沌王の顔をちらりとみた。
その混沌王の口元は、自信たっぷりに微笑んでいた。
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