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第3章 光の壁

40: アクアリュウム・シールドの解放

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「世界のリーダーがバイオロイドでも構わないが、豚では困る。だから我々は、それを確かめる為に混沌王のルーツを探っているんだ。彼の存在には不明な点が沢山ある。彼が、ネロ・サンダースの紹介でアストラル・コアに入った時の役付けは、会計課の事務員に過ぎなかった。その後、彼は数年の間に重役に上り詰めた。特別な業績を上げたわけでもないし、ネロの後押しがあったわけでもない。ただ不思議な事に、彼と直接接触した人間は、彼の熱狂的なファンになる。それは、まさに魔法じみているんだ。この私もそうだった。予備知識がなければ、彼とあった翌日から彼の信奉者になっていただろう。私はなによりも、彼のその魔法じみた力を恐れ、同時に危惧感を抱いていたんだ。いや問題なのは、彼の人間ばなれした能力の源泉の方なんだよ、、、。つまり混沌王の本当の正体が問題なんだ。」

 クン・バイヤーは熱に浮かされたように喋った。
 そして最後には黙りこくった。
 自分が失った権力の座の事を思い出したのだろう。
 その様子は、クン・バイヤーの身体からエネルギーが抜けていくようにも見えた。

「今度は私が話すわ。私たちの世界が、外界を目指している事は知っているわね。その為に、大きなプロジェクトが底にあって、それによれば、私たちは、今はまだ、あんなアクアリュウムでも保護すべき時期なのよ。だから、昔から地上世界とゲヘナは反目しあって来たけど、その対立を原因にして、大事に至る事はなかったのよ。私たちの指導者は、ゆっくりと時間を掛けて条件を整えながら、やがて地上世界の人間と一緒に、外界にでるつもりだったの。その流れが、ここに来て急速に変わってきた。混沌王の出現のせいよ。彼は今までの指導者がやったことのない切り口で、独特の予見を私達にしめした。それはあと五十年の間に、アクアリュウム世界が、私達ゲヘナに害を及ぼす形で内部崩壊するというものなの。」

 レィチェルは(私たちの指導者)を、殊更に強調して言った。
 その指導者は当然、混沌王の事ではない筈だった。
 だがそれがクン・バイヤーかどうなのかは判らなかった。
 クン・バイヤーはもう、首席になる気持ちはなく、本当にゲヘナの未来を心配しているだけなのかも知れない。

「冗談じゃない!地上世界の試算じゃ、アクアリュウムは後3世紀は持つ筈だ。第一、それは、地上のママス&パパスが運営しているジェネレーター単独での話だ。最近、君たちは、君たちの海流・地熱のエコエネルギーは、ママス&パパスのエネルギー供給を上回ると豪語していたんじゃないのか?それを地上に供給してくれれば、アクアリュウムは。半永久的にもつんじゃないか!?」

「それはシールドと内部環境の運営の継続状態だけの話でしょ。私たちが言っているのは、アクアリュウムという閉塞環境の中で、人間がどれぐらいエネルギッシュでいられるかという事なのよ。地上世界と、ゲヘナの出生率を見てご覧なさい。極端に違うはずだわ。私たちの指導者は、その内部崩壊までの時期を後1世紀と読んだ。でも混沌王はその試算さえ覆して、後五十年と言い出したのよ。そして、今から外界へのアプローチを掛けなければ、地上世界どころか、その瓦解に連動して、ゲヘナの大崩壊が免れないと唱え始めたの。そして、時期を合わせたように、地上世界からの侵略が始まった。最初の攻撃で、地上世界とゲヘナを結ぶシャフト階層に住んでいた住人が、2千人殺されたわ。」
 レイチェルが言ったシャフトとは、葛星がゲザウェイ達と二度目の対決をしたトワイライトゾーンの直下にある居住区域だった。

「それは、いつの事だ!?」
 アレンは、レイチェルと自分の横に座っているシャーロットを見比べて、激しい勢いで問いただした。
 シャーロットも、この辺りの事情については知っていると、アレンは思ったからだ。
 案の定、シャーロットが、レイチェルの代わりに答える事になった。

「あなた達が、アクアリュウムから逃げ出してからわずか3日後の事よ。でもこの女が言ってる事が全てではないわ。私達の地上軍にも戦死者が出たのよ。その数は九百人。人口比から考えればアクアリュウムの辛勝も良い所だわ。その中には、私の兄もいた。考えて見てちょうだい。今、地下人達がいうように、無作為にシールドを外界に解放したら、何人の地上人が死ぬと思う?彼らには心の準備も含めて、外界にはなんの抵抗力もないわ。」
 アレンはシャーロットの兄の戦死を初めて聞き、シャーロットの急激な様変わりの謎が解けたような気がしたが、今はそれに拘っている場合ではなかった。
 今、初めて耳にした、『シールドの解放』という概念が、アレンに相当な衝撃を与えたからだ。

「アクアリュウムのシールドを解放するって何だよ!?」
「知らなかったの?アクアリュウムを覆うシールドは、ママス&パパスと、アストラル・コアの最高責任者に与えられた権限で、起動も解放も可能なのよ。前世紀人が、考え出しそうな権力装置よね。私が、あなた方の所に派遣される前に、ゲヘナからママス&パパスに対して通告があったのよ。地上世界の降伏がなければ、百五十日後に、無条件にアクアリウムのシールドを解放すると。この脅しは、開戦の時から受けていたけど、その時は、期限もゲヘナがその決断に至る背景も明示されていなかったわ。」
 シャーロットが怒りに満ちた口調で言った。

「待ってちょうだい!その方法をゲヘナのみんなが賛成している訳じゃないのよ。百五十日後というのは、ゲヘナにとっても早すぎる期間なの。アクアリュウムが開放されると言うことは、ゲヘナの天井に穴が開くという事でもあるのよ。外界への適応準備が整っていない人間は、まだまだゲヘナにも数多くいる。事の全ては、混沌王の強引さに原因があるのよ。でもゲヘナの人たちは、混沌王に心酔仕切っている。彼の中には、私たちが失ってしまって、しかも渇望している、何かがあるから。」
 レイチェルがシャーロットに反論した。


「俺達が失ったもの?それってなんなんだよ?!前世紀の人間の野望か?この星を破壊しつくした支配欲か?俺達は、そのお陰で、あの狭苦しいアクアリュウムや暗い地底に待避せざるを得なかったんだぞ。それをもう一度やろうってのか!?」
「お願いアレン。興奮しないで聞いて頂戴。私たちが支持している指導者は、そうは言っていない。私たちは、もう一度外界に出向いて、この星を再建するの。その為に、私たちゲヘナは、考え方を変えてきた積もりよ。その現れはバイオロイドに対する価値観にも現れているでしょう?排除の論理じゃ、生き延びる事は出来ない。この意識革命は、地上世界のあなた達にも出来るわよ。この星と共存して生きていくスタイル、それで外界に出ていくの。」

「それを、正体は良く分かんないけど、異端者である混沌王が強力に押し進めているのなら、それで問題ないんじゃない?あなた、言ってる事が、自己矛盾しているわよ。」
 シャーロットが見切りをつけたように言った。

「いいえ。今の状況は間違っている。進み方がおかしいわ。私達はアクアリュウムとの戦争なんて望んでない。」
「それが混沌王のせいという訳ね。で、あんたの押してるもう一人のリーダー候補は、大丈夫だっていう訳ね。悪いけど、その手の詐欺みたいな話は、うんざりする程、知ってるわ。、、もういい、判ったわ。カーリ。あなたはどうなの?」
 きれい事はもう沢山だというように、シャーロットはカーリに話を振った。

「お前達に、俺が喋らなくてはならん理由はどこにもないね。だが一つだけ教えて置いてやろう。俺は今度の件で、混沌王の秘密は、俺にとって金にも権力にも結びつかねぇ事だけは良く判った。ここまでついてきた、俺の読みが甘かったという事だ。だが、事がどう転がっていくのかだけは最後まで見てみたいね。それだけは、確かな事だよ。」

「ふん!何がゲヘナ解放運動よ!」
 レイチェルが吐き捨てるように言った。
 カーリはそんなレイチェルを見てにやりと笑った。
 この男に取っては、騙した女の怒った顔を見るのも一つの喜びなのかも知れない。



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