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第3章 光の壁
38: 光の壁
しおりを挟むアレンたちの間際に、光の壁があった。
長時間ここにいると危ない、本能的にそれが判るような場所だった。
「探していた場所は、あれだ。」
先頭を歩いていた葛星が指を指していった。
光の壁のそばという以外は、なんの変哲もない砂漠のような荒れた地面の上に、幾つかの機材が放置されていた。
「あの古ぼけた機械はなんだ?」
アレンが、誰にという風にでなく疑問を口にした。
「機械には見覚えがあるな、ゲヘナの探査隊が設置したものだろう。」
クン・バイヤーが訝しげに言った。
「主な中身は観測機のようだ。それと監視装置だな、、。混沌王が発見されてから、かなり後に設置されたようだ。」
葛星が言った。
「観測機って何を観測するんだ、ダンク?」
「空間の揺らぎだよ。」
「揺らぎ?なんでそんな必要がある。」
「推測だが、そこに混沌王が倒れていた事、光の壁、空間の揺らぎ、その三つが関係していたんだろう。ネロ達は混沌王を引き上げ、ゲヘナに持ち帰っただけじゃなく、この地点の事も、継続して調査する必要性を感じていたのじゃないか?それにあれには用途がよく判らない装置も組み込まれている。」
葛星はアレンの疑問に答えるように言った。
その口調は、少しだけ以前の葛星のものに戻っていた。
「ダンク、なぜお前に、そんな推理が出来るんだ?」
「その機械が保持しているデータの解析と、、、私のおぼろげなる記憶を寄せ集めるとそうなる。いやあの時は、その意味さえ判っては、いなかったと思うが。」
「あの時?おぼろげなる記憶?」
アレンは思わず髑髏の顔を見つめた。
「私もこの近くで倒れていたんだろう?アレン・ヒルズバーグ。」
葛星がアレンを本名で呼んだ。
「近くと言えば、近くだが、、、」
アレンは言葉を濁した。
遠い近いは、主観の問題だ。
アレンが倒れている葛星を見つけたのは、確かに外界だが、この光の壁からは少しだけ離れていた。
「それはおかしいじゃないか!お前はゲヘナから逃げ出したサルベージ品だろが!俺はちゃんと調べ上げているんだぞ!」
今まで黙って事の成り行きを見つめていたカーリ・ゲナダが吠えた。
それを持ち出すのは、危険と判断して、ずっと黙っていた自分の秘密の情報を抑えきれなくなったのだろう。
「今、なんて言った!?」
アレンとシャーロットが同時にカーリ・ゲナダを見つめた。
その時だった。
葛星に異変が起こった。
「仕掛けが、起動した。光の壁が振動する。」
「仕掛けってなんだ?」
答えようとする葛星の赤く燃え上がる目の光が急速にほの暗くなっていった。
そして完全に輝きがなくなるのと同時に、彼の身体も又、動くことを止めた。
停止した葛星の代わりのように、カリニテの表情にスイッチが入った。
「ここから脱出するんだ!あの機械に組み込まれた監視装置は、周囲の状況の変化を解析して、爆発を起こすようだ。ただしそのエネルギーは、光の壁を刺激して得るものだ。やばいぞ!弾駆の最後の命令だ。彼も光の壁の異常に、シンクロして眠りに入った。後数分で、この辺りが光の壁のフレアーに飲み込まれる!」
この3日間、殆ど黙ったままの、カリニテが叫んだ。
その口調は単なる葛星の操り人形のものではなかった。
そして、カリニテは、今や完全に動かなくなった葛星の全身刃物の固まりのような身体を、両手両肩の皮膚の破損もおそれずに担ぎ上げた。
「逃げるんだ!ぐずぐずしていると儂らはここで地獄の業火に焼かれる!」
カリニテはそう言い残して、今来た道を全速力で駆け出し始めた。
残された一行は、半信半疑でいたが、光の壁が急速に外側に膨れあがるのをみて、カリニテの言葉の意味を理解した。
誰言うともなく、その場からの退却が始まり、それはやがて必死の逃走となった。
・・・・・・・・・
「前にもこんな場面があったな。」
アレンが疲れ切った様な声を出した。
ここは彼らのクルーザーの後部ハッチの裏側の兵器庫である。
葛星をその内部に取り込んだまま、機能を停止してしまった鎧は、保存用のシリンダーのある位置に突っ立ている。
シリンダー自体は、葛星への影響が計り知れないので降ろしてはいない。
シリンダーは(生きた蛹)用のものだからだ。
そしてその前に座り込んでいるのはアレンとシャーロットである。
「、、昔の事よ。」
シャーロットはそっけなく答える。
急激に始まった脱出劇のせいで、まだ脱いでいないラバースーツの不快感を鎮めるように、スーツの切れ目である首の辺りに指を突っ込んで空気を入れる真似をする。
「シャワーを浴びてきたらどうだい。いくら循環機能があるラバーだって限界だろう?ダンクは俺が見てる。」
「その後、貴方はシャワーブースにこっそり忍び込んで、私の汗だらけのスーツに顔を埋めるの?」
シャーロットは冷淡に答える。
「ここにいたいのかい?葛星が心配なら、素直に心配といったらどうだ?君はやっぱり彼に惚れている。そうだろう?」
「私が、弾駆と貴方が私の事を裏でどう思っているのか知らないとでも思っているの?弾駆が目を覚ましたら、私は貴方をこの場で撃ち殺して、鎧を持って逃げ出すのよ。もうこのクルーザーの操縦方法だって、十分理解しているわ。」
「だったら、今直ぐ、俺を撃ち殺すことだ。死体入りの鎧だって、キングは喜んで君を迎え入れるさ。」
シャーロットはそろえた膝小僧に額を当てた。
「もう、、どうしていいか判らない、、、、。」
ラバースーツの丸い両肩が細かく震えていた。
・・・彼女のこんな姿こそ、ダンクは見るべきだ。
そして、アレンは唐突に気づかされた。
・・・自分は今度の旅の中で、本当に葛星の事を気遣ってるのは友人であるこの俺だけだと思っていた。
だが、葛星の突然の変調を心配していたのは、この女性も同じだったかも知れない。
(策略を持って近づいてきた女、)それは女性に対して余りにも鈍感な葛星のシャーロットに対する評価にしか過ぎなかったはずだ。
この女性が現れ、キャプテンKが殺され、それからというもの、俺はダンクに対抗心を持ち始め、俺は俺なんだと思ってきた筈だが、結局のところ、俺は、葛星の目でシャーロットを見つめてきたのだ。
今、始めて独立した男になれたような気がしたアレンは、『ダンクよ、この女のこの姿を見てやれ』と切に思ったが、肝心の葛星は、鎧の中に閉じこめられたままだった。
「クン・バイヤーから連絡が入った。今後の事について話し合いたいという事だ。」
カニリテが兵器庫に腰を屈めながら入ってきて二人にそう告げた。
「奴らも無事に逃げおおせたという事か、、それにしても今更、俺達になんのようだ。」
カニリテは、あの脱出劇からずっとアレン達と行動を共にしている。
恐らく、機能を停止してしまった葛星の最後のカリニへの命令がそうであった為だろう。
もしかしたら、その命令を下したのは、変質を遂げても残っていた、以前の葛星弾駆の欠片だったかも知れない。
ただ葛星の言った、カリニテのコントロールは、機械に対するコマンド操作のようなものではなく、カリニテの主体的な判断力を保持した上のもののようだ。
更に、もうその弾駆が休止状態にあるというのに、その命に従うカニリテには何か別の思いがあるかも知れない。
それを簡単に言えば、カニリテとクン・バイヤーの間の何かだ。
アレンには、カニリテが意識的にクン・バイヤーから袂を分かちたがっているように見えていた。
妙な例えだったが、好きあった者同士が何かの事情の為に意識的に別れようとする、そんな感触だった。
「話し合いの場所は?このクルーザーか?」
「いいや、クン・バイヤーのベースキャンプだ。」
「難しい所だな。ダンクの側に彼らを近づけたくはないし、かと言って敵陣に出向くには俺とシャーロットじゃ役不足だしな。」
アレンはシャーロットを、色々な意味でクルーザーに残していくつもりはない。
「儂がついていってやろうか?」
カリニテが思いも掛けぬ提案をして来た。
人の頭脳とコンピュータのハイブリッドは、人の感情が勝るのか?
もしかしたら自分が間に入ることによって、余計なトラブルが未然に防げると思っているのかも知れない。
そうすれば諸星の命令を守りながらも、クン・バイヤーを危険から遠ざける事が出来ると。
「ダンクは誰が守る?」
「葛星の最後の命令は、儂がお前達を守る事だ。儂の中のセンサーは、この周囲に我々以外の人間を感知していない。現在の所、葛星の敵になりそうなのは、ベースキャンプの彼らだけだ。あんたの思いと矛盾は起こらんよ。」
「もし私たちがいない間に、弾駆の身体に非常事態が起こったら?」
目の下を濡らした顔を起こしてシャーロットが聞いた。
「儂か、君らが、その場にいたとして、そんな葛星に対して何かが出来るのか?外敵の侵入に対しては、この儂がセンサーを使って四六時中監視をするつもりだ。クルーザーのシステムと儂のものをリンクさせれば、彼らのベースキャンプからでも、それは可能だ。」
カリニテはしごく当たり前の事実を述べた。
「・・話は決まった、この3人で行こう。カリニテは少し遅れて来ればいい。少しだけ時間をずらせて、様子を見るんだ。君の移動速度なら、もしもの事があっても、こことキャンプの往復など問題にはならんだろ。奴らの内の一人が、俺達をおびき出して、ベースキャンプから、ここに忍び込んだとしても、それで迅速に防げる。奴らは大人数じゃなさそうだ。初動を叩けば次はないだろう。」
アレンはそう決断した。
「アレンあなた、この私も含めて、葛星代わりのカリニテ以外は誰も信用してなさそうね。それならもっといい方法があるわ。このまま、クルーザーを移動させて、彼らとおさらばするのよ。」
もとの自分のスタイルを取り戻しつつあるシャーロットがそう言った。
「そうはいかん。彼らが、あの光の壁で知った内容をどう処理するつもりなのか、確認しておかないとな。」
アレンの本音は、カーリが思わず漏らした『葛星はゲヘナから逃げ出したサルベージ品』という言葉の真意の追求だった。
「彼らから、それを聞いてどうするの?貴方に何かができて?」
「場合によれば、殺すしかないだろう。」
貴方にそんな事が出来るはずがないと言いかけて、シャーロットはそれを止めた。
場合によれば、アレンに代わって彼女自身がそれをしなければならないような気がしたからだ。
だが、その場合によればの場合が、どんなものなのかも、彼女には、想像が付かなかった。
「いいわ。行きましょう。シャワーは帰ってから浴びることにするわ。」
シャーロットは、壁にしつらえてある棚から新しいライフルと拳銃を取り出しながら言った。
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