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第3章 光の壁
34: 同じ獲物を追う者同士の邂逅
しおりを挟む光の壁そのものには、誰も近づけない。
奇妙な力場が働いていて弾き返される。
その力は壁に近づけば近づく程強くなる。
しかもそれだけではなく、身体の調子が見る見る悪くなって行く。
これはサルベージマンの間の常識だ。
だがゲヘナのサルベージマンは、光の壁に近づく事を諦めなかったようだ。
アストラルのサルベージマンは、私欲のために活動するが、ゲヘナの場合は、地上世界を奪還するための調査が主な目的だからだ。
ネロ・サンダース達は、混沌王を発見した地点の近くで、光の壁へ地下からアタックするための簡易地下道を作っていた。
地上と地下では光の壁が発動する力場に違いがあるというような事を、彼らは発見していたのかも知れない。
そして元から彼らは、地下世界の住人なのだ。
そういった作業はお手の物だったろう。
葛星達は今、その簡易地下道を辿って、混沌王が回収された地点に向かおうとしていた。
実際にネロ達はこの方法で光の壁の力が均等ではないことを調べ出し、それが弱まる地点を見つけ出していて、人が光の壁にもっとも近づける場所で、様々な調査活動をしていたようだ。
そしてそこで混沌王を見つけている。
地下回廊自体は、最後の力を振り絞る非常用自家電力と非常灯で何とか人の姿を見分けられる明るさを保っていた。
回廊は完全に放棄はされていないが、かといって現役で使用されているとはとても思えない。
何かの理由で、放棄ではなく使用が中断されたままになっているという感じだった。
その薄明かりの中で、先頭をゆっくりと歩くのは全身刃でできた鎧を纏う骸骨男、次ぎに大きすぎる背荷物に喘ぐ眼鏡を掛けた案山子、最後に全身を黒くテカラしたウナギの肌を持つガスマスクの女だった。
異形の三人の行進が続く。
本来なら、ここでもう一匹の怪物。
巨大な機械仕掛けのタランチュラがこの一行に同行しているはずだが、蜘蛛は、今回どういう訳か、クルーザーの格納庫の片隅で脚を縮めて丸くなったままだった。
今までにも蜘蛛は勝手気ままな行動を見せてきたので、その事自体はさほど驚くべき事ではなかった。
(今度は違う。あいつはまるで眠ったふりをしながら、何か計略を練っているようだった。)
アレンは、そんな事を考えながら、彼らの行くての薄暗闇に、今すぐでも蜘蛛が潜んでいるような幻視をして思わず首を振った。
「どうしたのよ、アレン。ここには貴方が言うような、侵入者を排除する装置も攻撃も、何一つとしてないじゃないの。ここは只のくたびれたトンネルだわ。」
疲れと、自分の頭をぴったりと覆うガスマスクのせいだろう、いらいらした口調でシャーロットがアレンを責めた。
アレンは急に現実に引き戻された夢遊癖のある子どもにようにハッとした表情をする。
「いや、きっとある。キャプテンKは、この事を直接、ネロのチームの一人から聞いているんだ。その仕掛けの目的はアクアリュウムのサルベージマン対策とか、そんなのだ。ゲヘナは昔も今も光の壁の探索に執着を持っているんだよ。他の話から類推して、その防御装置は1世紀ぐらいは十分稼働してもおかしくないんだ。だから、油断しちゃいけない。」
アレンにはシャーロットに対して、自分の忠告が的を得たものであり、決して無意味に彼ら三人の行進にストレスを付加しているわけではないことを弁解しておく必要があった。
機嫌の悪いシャーロットも魅力的だったが、それより自分の言葉を信用してくれている彼女が好きだったからだ。
「アレンの言うことは本当だ。既に4つ。ゲヘナが仕掛けた防御網をくぐり抜けた。」
死神は、果てしなく続く地下回廊の前方を見つめたまま言い放った。
「冗談はよしてよ。その4つを貴方が、私たちが気づかない内に処理したというの?ずっと貴方は私たちの側にいたじゃないの。貴方の頭の中も、あそこに座っているお友達みたいに、干からびているんじゃない。」
シャーロットが言った『お友達』とは、地下回廊の片隅に転がっている干からびきったミイラの事だ。
この地下道がどんな形で放棄されたのかは知る由もないが、そのミイラは何らかの理由で取り残されたゲヘナの人間か、あるいは盗掘に入ったアクアリュウムのサルベージマンものなのだろう。
シャーロットも初めて、ミイラを見たときには悲鳴を上げていたが、この行進の中で何体かのミイラを見て、感受性がすでに鈍化しはじめている。
「仕掛けを処理した訳じゃない。あったと言ったまでだ。それらを止めたのは他の者だ。」
死神は事もなげに言う。
「って、俺達の他に誰かいるのか!?」
アレンが大声で言ってから、周りを見渡して慌てて口をつむった。
「そういう事になるな。ところで、後暫く歩いたら広い空間がある。そこで休憩を取ろう。アレンは荷を降ろせ。シャーロットはそのガスマスクを取った方がいい。ここは完全なミイラができる様な環境が保たれている。そんな防護服を着る意味はない。苛立ちが募るのはそのせいだ。」
「優しい死神?涙がでるわね。でも今度ばかりは賛成よ。アレン、貴方は?」
「ああ賛成だ。ダンクが感知した先の広い空間というのは、キャプテンKの記録にも出てくる。と言うことは、俺達はかなり奥まで入ってきたと言うことになる。俺達の道行きも、先が見えてきたというわけだ。」
休憩と聞いて、アレンは先ほどの『誰か先客がいる』という葛星の言葉を頭から追い払った。
3人の中で最も体力のないアレンは、既に限界に近づいていたのだ。
小体育館ほどの広さのある空洞に入るなり、シャーロットはガスマスクの下で顔を歪めた。
そこには数体のミイラが散乱していたからだ。
「もう見慣れちゃったけど、ここではマスクは取れないわね。彼らがいる部屋の空気は吸いたくないもの。でもどうして、ここのミイラは殆ど口を開けているのかしら。」
ミイラが転がっていない洞の一角を見つけて、アレンは背中の荷物を投げ出すようにしてからその地面に座り込んだ。
続いてシャーロットが座り込む。
葛星は彼らを守るようにして突っ立ったままだ。
「地下道内の空気が、何かの理由で一瞬にして無くなったんじゃないかな。汚染しつくされた外界の真っ直中で、これだけの状態を維持しているんだ。この地下道の機密性はアクアリュウム並という事になる。逆に言えば、その気密性故に、この中の空気が真空パックみたいに無くなるという事もあり得るという事だよ。」
アレンは、重すぎる荷物を背負ってきて痛んだ肩をなぜながらシャーロットの疑問に答えた。
「その推理は、アクアリュウムがゲヘナに送る莫大な酸素のお陰で、かろうじてゲヘナに対する優位性を保っているのを思い出させるな。」
立って警備に当たっている葛星が低い声で言った。
ただ言葉は短い、アレン達の会話を広げる為の誘い水のようだった。
鎧を纏ってからは、違う者になり、アレン達とは距離を置いたように見える弾駆だったが、アレン達の会話には一応の関心があるようだった。
「でも実際はゲヘナって水を分解して酸素を造り出す巨大な装置もあるし、アクアリュウム以外の地上基地を持っていて、そこで酸素を清浄化して取り込む非常ルートも確保してるって聞いてるわ。ホントは、アクアリュウムはゲヘナの人達の同族意識のお陰で追い込まれずに済んでいるんだって話もあるわね、、。」
シャーロットは悩ましげに言った。
彼女は、「地上世界は地下世界より上位にある」と思いこんでいる単純なアクアリュウム住人と言うわけではなさそうだった。
「ここはゲヘナとアクアリュウムの相互関係なんかまったく無縁の場所だよ。世界としての位相がまったく違う。いや違い始めている場所だ。」
葛星がアレンとシャーロットを見下ろしながら、うっそりと言った。
「ダンク、どうしたんだ?やけにここの事が詳しいな。お前のヘルメットの装置でそこまで判るのか?」
本来、葛星はアレンと違って、自分が今いる状況についてあれこれ感想を言わない男だ。
ましてバトルスーツの中にいる時は、もっと寡黙になる筈だった。
「かすかだが、ここの記憶がある。誰の記憶かは判らないが、、、。」
「誰の?誰って、お前、だれの事を言ってるんだ。」
アレンは訝しげに聞いた。
諸星は、どうやらアレン達の思考や会話を、そこに誘導したかったようだ。
もちろん、自分の過去を探り出す手だての一つにするためだ。
葛星は鎧を着ると、殺戮への衝動と本来の自分を取り戻したいという欲求が強くなる。
「誰のと聞くのか?葛星弾駆の記憶なのか、蜘蛛の記憶なのか、それともこの私の、」
葛星がそこまで言ったとき、洞内に轟音が響いた。
マシンガンの連射だった。
それも射手は一人ではない。
アレンは堅く目を瞑った。
そうすれば弾が当たらないかの様に。
シャーロットは反射的に自分の抱えているライフルを構えようとした。
次に彼女は、一瞬自分がいる場所の見当を失った。
彼女は真っ黒なテントの中にいたのだ。
そのテントは、彼女を粉砕する筈の機銃の弾丸を、弾き飛ばしていた。
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