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第3章 光の壁
33: 光の壁周辺の探査へ
しおりを挟むそれらはグロテスクでもなく、かと言って愛すべき形態を持つものでも無かった。
それらを、葛星達が知る生物に例えるなら、かろうじて、水中の中にいる極微の生物、つまりミダンクコに近かった。
ただし、彼らのクルーザーを無数に取り囲むそれはミダンクコにしては大きすぎたし、なによりもそれらは空中を胸部にある小さな羽(体内からせり出した鰓の様にも、先が無数に別れた触手の様にも見える)を動かしながら浮遊していたのだ。
どうやら半透明の身体の内部に見える大きな空洞の中に、自らガスを生成して浮力を得ているらしい。
生きたガス風船という所だろうか。
「なんとかしてよ。このままじゃクルーザーが溶けちゃう。」
野球のボールほどの大きさのミダンクコもどきは、奇妙な攻撃をクルーザーに仕掛けていた。
まず、彼らは空中を浮遊しながら、ガンメタリック色のクルーザーの装甲に体当たりをして自爆をする。
いとも簡単に彼らの身体は破裂し、夥しい体液を装甲にまき散らす。
その体液が強力に装甲を腐食させていくのだ。
アレンはクルーザーに装備された機関砲でミダンクコどもを掃射していたが、圧倒的な相手の数に包囲されつくした今、それが空しい行為と気づき始めていた。
「奴らどこから湧いて来るんだ。多すぎて前にも後ろにも進めない。」
アレンはクルーザーのギヤ比を何度も変えて脱出を試みるが、クルーザーの巨大なタイヤの下は、ミダンクコもどき達のぶよぶよとした死骸と体液が敷き詰められており、スリップをおこし制御不可能になっている。
「アレン、左の森から何かが飛んでくるぞ!」
コックピットの左舷にいる葛星が呻いた。
確かに巨大キノコの森から黒いもやもやした塊が、もの凄いスピードでクルーザーが立ち往生している葛星達の羊歯の平原に飛翔してくる。
「蜻蛉?」
その飛翔物体は、確かにシャーロットが悲鳴混じりに口にした形態に近かった。
一つ一つのサイズは羽を計算に入れなければ、ミダンクコもどきの半分といった所だろうか?
しかし近づいて来た蜻蛉を見ると、恐怖を感じるほどに大きい。
彼らの形自体が狂暴だからだ。
昆虫に爬虫類の形状の特質を掛け合わせるとこうなるのかも知れない。
チキン質で出来たスリムな恐竜。
「奴ら、ミダンクコどもを喰ってる!」
すさまじい食欲だった。
クルーザーの周囲を覆っていたミダンクコもどきの死骸や体液の半分が、数分も経たない内に消えかけていた。
「つっきるんなら今だ。燃料を出し惜しみしなけれゃ、なんとかなる。光の壁の外周までもう少しなんだろう!」
「駄目だよ。光の壁の周辺は何が起こるか判らない。ここで予備を使い切ってしまったら、そういった事に対応できなくなる。それはここらの外周にだって言えることなんだ。それに、まだ外に出した探査機が帰ってこない。」
アレンが泣きそうな顔で訴えた。
「ネロ達が行った時でも、奴らはギリギリの燃料でやったと爺さんは書き残しているんだろ。それに俺達の目の前で繰り広げられているのは食物連鎖だ。蜻蛉の次は、もっと強烈な生き物が、今すぐやって来る事だってあり得るんだぞ。後のことを考えずに、ここから脱出するのが先決じゃないのか!」
葛星は早口でまくし立てた。
その時、蜻蛉達が飛んできた森から、巨大な何者かが放つ強烈な雄叫びが複数聞こえた。
アレンは真っ青になって、光の壁のある方向に向かってアクセルを蹴るように踏み込んだ。
・・・・・・・・・
ガラス質の半透明のシリンダーが上昇し、足元の格子状フロアーに、今までシリンダーが内部にたたえていたグリーンの保存液を一気に吐き出した。
上がりきったシリンダーに保護されていたのは赤と黒の死神だった。
ひっそりと立ち尽くす赤と黒の死に神の表面はまだ保護液によって濡れ光っている。
「こんな場所に隠してあったのね。」
シャーロットが嬉しそうに言った。
3人がいるのは、クルーザーの後部である。
その空間には鎧の他、様々な銃火器が収納して有った。
一方の壁は、何も収納棚がもうけられていない、形状から見て、それはクルーザーの跳ね上げ式の後部出入り口である事が判る。
「言い方に気をつける事だ。隠してあった訳じゃない。このクルーザーの乗員は俺とアレンだけだった。」
葛星は三人を睥睨する様に立つ鎧から目を離さずに言った。
「アレン。どうしてもか?」
葛星の声は苦悩に満ちていた。
再び条件の悪い深海へ潜らなければならないダイバーのような声だった。
葛星は外界へ侵入してから、一度もこの鎧に身体を馴染ませてはいない。
「さっきも言っただろう。探査機が帰ってこない。代わりに鎧の探知機能を使う。それにネロ達はここで探査車を置いて行ってる。で、情報として俺達に残ってるのは、光の壁周辺へ行ったネロ達の足跡だけだ。これから先は、歩きしかないんだ。防御の意味でも鎧がいる。」
そう答えたアレンは野戦服を着込んでおり、背中には色々な器材を詰め込んだバックパックを背負っている。
バックパックは、アレンのやせぎすで貧弱な身体を今にも押しつぶしそうだった。
葛星は、ラバースーツの上に様々な武器をぶら下げたベルトを数本つけて、アレンより遥かに戦闘力の高そうなシャーロットを振り返った。
「仕方ないな。、、、失礼するよ。お嬢さん。見たくはないだろうが、ストリップを始める。」
「これから死神になるのね?」
始めて鎧装着場面を見る興奮を抑え切れぬといった風情のシャーロットの前で、葛星は全裸になり、鎧の前に立った。
そして葛星は、思い人のネックレスを止めるような格好で、彼のしなやかで筋肉質の腕を鎧の首に回した。
シャーロットは息を飲んだ。
彼女の目には、葛星がまるで刃だらけの死神に抱き取られた様に見えたからだ。
「スーツを装着者に開放する為のスイッチは、ヘルメットと鎧の継ぎ目にあるんだ。」
アレンは自分の首のうなじの下あたりを指した。
「スイッチと言っても、はっきりした形が有る訳じゃないし、ダンク以外には反応しないんだが、、、。」
アレンが説明し終わった時、葛星は鎧から一歩後ずさった。
その途端、鎧はその身体の正中線を中心にして、自らの身体を数十に割裂いた。
割裂かれたヘルメットや鎧のパーツは、その中に目に見えぬ脊椎が有るかのように、微動だにせず起立している。
今はむき出しに見える鎧の内壁は、人間の消化器官の内壁の様にも見えた。
その内壁に向かって葛星が背中向きに後ずさると、鎧は文字通り、バックリと彼の全身をくわえ込んで一人の形となった。
先ほどの鎧の展開の際に見せた、切れ目は何処にも見あたらなかった。
赤と黒の死神の目に赤い光が灯った。
鎧の側に置いてあった大蜘蛛がカサコソと動き、鎧を見上げた。
「どうしたの?何故、動かないの?」
シャーロットが、目覚めた筈の死神が微動だにしない状況にうろたえたように言った。
「今、ダンクとスーツがシンクロしてる、ゲル状のインナースーツが鎧とダンクの間に満たされるんだ。いつもはもっと早くすむ。ダンクはスーツを着るのは久しぶりだから手間取っているんだろう。それがどんな気持ちなのかは、俺には判らないが、、、、。」
アレンが譫言の様に呟いた後、くぐもった死神の声が、室内に響いた。
「用意は調った。さあドアを開けてくれ。」
その声はどう聞いても葛星のものではなかった。
そしてシャーロットは不思議な事に、その声に悪寒を感じている自分に気づいた。
二人の前を鎧が歩いて行く。
シャーロットには、鎧の刃にビッシリ覆われた肌が常に小さく波立っているのが分かった。
「ねえアレン。あれどうなってるの?」
「構造は俺にも良く分からない。でもあんなふうに見えるのはスーツ全体を覆っている鱗みたいに細かいブレードが本体から立ち上がったり、元に戻ったりを素早く繰り返しているからなんだ。戦闘が目的の時は違う動きをする。俺たちは、あれを探査モードって呼んでる。あの状態になった時、ダンクは遠くにある異変を感んじ取ったりとか出来るんだ。」
「ふーん、なんだか動物ぽいね。何か、ものの作り方のコンセプトが、元から私達の世界のものとは違うみたい。」
「分かるかい?俺もそう思う。俺も随分あれを調べたけど、いつも思うのはその事だよ。」
アレンのその言葉を聞いたシャーロットの目は何故か輝いていた。
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