混沌王創世記・双龍 穴から這い出て来た男

Ann Noraaile

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第2章 追跡

22: 激突

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 アレンの首根っこを掴みながら、周騎冥は目の前の光景をにらみ据えていた。
 昼間も夜半も人通りのたえないドアーズの街だが、今はもう明け方の少し手前だ。
 どのビルのイルミネーションも非常灯を除いて全て消えている。
 動くものと言えば、この世界の気候を調整しているエヤーダクトが送り出す微風が動かしたポップコーンの破れた包装紙だけだ。
 包装紙は、地面すれすれの所を流されて行き、黒い刃物だらけの切り株の様な物にぶつかって、真っ二つに引き裂かれた。
 その黒い切り株は、死神の足だった。
 死神は生ぬるい風の中で、ひっそりと佇んでいた。
 薄闇の中で死神の髑髏の中の赤い目だけが輝いている。

「お前達の仲間の一人は、大蜘蛛が浚って行った。そいつの末路は俺にも想像がつかん。、、、お前達も死にたくなければアレンをはなせ。」
 死神の声は、地面を伝いそして聞くものの身体を這い登るようにして届いた。
 周は顔をしかめた。
 周は、葛星が装着するバトルスーツの概要について、本部から事前情報を仕入れていたが、目の前にいるのは、彼が想像していたそのどれとも一致しなかったのだ。
 彼らの目の前にひっそりとそして凶暴に立っているのは、半ば超自然的な存在の様に見えた。

「虚仮威しだ。やれ!」
 命令を受けて、周騎冥を庇うようにして立っていた戦闘員が動いた。
 彼らの戦いに間合いはない。
 彼らの動きには何の予備動作も必要がなかったし、何よりもその動作速度が桁外れに早いからだ。
 一呼吸も置かぬ内に、戦闘員は葛星の直前に位置し、岩をも砕く前蹴りを跳ね上げていた。
 その途端、強大なミキサーに金属を突っ込んだ様な音が響いた。
 戦闘員が、必殺のつもりで蹴り込んだ筈の足首が、葛星の身体に接触した途端、霧の様に消滅している。
 葛星のバトルスーツの表面に埋め込んである無数のブレードが超振動を起こしたのだ。
 しかしその直後、戦闘員は、その場から跳ね飛んで後ろに下がると自らの体勢を立て直した。

「いくらやっても無駄だ。もう一度言う。死にたくなければ、アレンを残してここから立ち去れ。」
「ふざけるな。お前は命令する立場じゃないぞ。」
 周騎冥がアレンの首に巻き付けた自分の腕を締め上げた。
 アレンが空気を求めて激しく喘ぐ。
 周はガスマスクこそしてはいないが、その自信からしてマシンマンに違いはなかろう。
 それも相当に優秀な。
 マシンマンならば、人の肉体を傷つけるのに飛び道具はいらない。

 葛星の右腕がゆっくりとあがった。
 その手には改造ショットガンが握られている。
 周騎冥も、葛星とスーツ姿の男の中間点にいる戦闘員も一瞬同じ事を考えた。
 これは脅しだ。
 拡散するショットガンで致命的な被害を被るのは、マシンマンの周ではなく、盾となる生身の人間のアレンとその後ろのバンしかない。

 彼らの一瞬の躊躇いを無視して葛星は、途切れなくショットガンの引き金を数回引いた。
 次の瞬間、戦闘員は自分の左半分を負傷し、周騎冥は左肩をやられた。
 アレンは奇跡のように、強力無比なショットガンの散弾の着弾点から免れ、無傷のまま周騎冥の束縛を離れている。

「ちくしょう。どうなってやがるんだ!」
 左肩の傷口を塞ぐようにして喚く周騎冥の背後には、既に葛星が彼にショットガンを突きつける形で移動をすましていた。

「アレン、早く行け。こいつらはプロだ。お前の組んだショットガン用の弾道修正プログラムのバナナシュートはもう通用しない。二度目の奇跡はない。」
 葛星は、周の束縛を逃れたアレンの方に振り向きながら、彼が置かれている状況を短い言葉で説明した。
 一方、アレンはそんな葛星の言葉を後目に、大型動物から逃げる小動物さながらのスピードで穴だらけのバンに飛び込んでいく。

「くそたれ!」
 周騎冥が口汚く罵ると、そのまま勢いをつけて身体を反転させた。
 左足が軸となり右足が高く跳ね上げられている。
 周が腕で庇ったのは自分の目だけだ。
 彼には、その体勢で葛星のショットガンを受けても、動じないで、しかも相手にダメージを与える自信があったのだ。

 葛星も、ショットガンを至近距離で発砲する事に躊躇しなかった。
 ショットガンの散弾が周騎冥の外表を全て吹き飛ばした。
 超合金の人体フレームとその周囲にまとわりついた人造筋肉だけの姿となった周騎冥の回し蹴りが、葛星の髑髏のヘルメットに激突し、葛星はそれを避けきれず、その場に蹲った。

 周騎冥の捨て身の攻撃が功を奏したのだ。
 葛星の頭部を除く全身は超振動するブレードで覆われており、攻撃する側の打撃自身を粉砕するが、髑髏のヘルメットにはそういった機能がない。
 しかも、マシンマンである周騎冥の一撃必殺の蹴りのダメージは、葛星の頭蓋をガードするはずのヘルメットの防御能力をわずかにこえた様だった。

「こい!」
 周騎冥は、そう叫んで戦闘員の援軍を呼びながら、腕でヘルメットを庇う葛星の頭部めがけて連続的に、蹴りを入れ続けた。
 葛星の意識に混乱が起こっているのか、鎧のブレードの超振動も作動していない。
 ・・・コイツをやるなら、今しかない。
 周騎冥は、葛星を背後から羽交い締めするスタイルで引き起こし、葛星の身体を戦闘員の正面に向けた。
 
「こいつの頭を引っこ抜け!」
 戦闘員は、葛星のヘルメットに手を掛けるや否や、彼の持っているジェネレターの出力を最大限に上げて葛星の頭部を鎧から引き剥がし始めた。
 葛星の首の付け根からミシリと厭な音が響く。

「なんだ?」
 周の表情が殺戮の喜悦に歪み始めた時、彼の身体と葛星の背中が密着している部分がモゾリと蠢いた。
 次の瞬間、葛星を羽交い締めしていた周騎冥の両腕がボトリと落ちた。
 葛星の背中からは、黒光りして表面がブレードに覆われた金属製の強大なコウモリの羽が立ち上がっている。

 葛星は、髑髏のヘルメットのむき出しの歯茎の部分から、狂気の息を激しく吹き出しながら、自らのヘルメットを挟み込んでいる戦闘員の両腕を掴み返した。
 戦闘員の口からあまりにも人間的な悲鳴が上がった。
 戦闘員の両腕が、彼の肩口から引き抜かれたのだ。
 しかし、周騎冥と戦闘員を襲う恐怖はそれだけでは収まらなかった。

 巨大な蜘蛛が、薄闇の上空から何処からともなくフワリと舞い降りて来たのだ。
 蜘蛛は両腕を失った戦闘員をその八つの補脚でからめ取ってしまう。
 葛星は戦意を喪失して座り込んでしまった周騎冥の首に喉輪をかける形で、片手で彼をつり上げた。

「奴が、蜘蛛に喰われる姿をしっかり目に焼き付けておけ。」
 葛星の言葉の輪郭がブレていた。
 その声は何処か遠くの世界の生き物が発するものの様な異質さに満ちていた。
 蜘蛛は、自分の補脚で胎児の様に折り畳んでしまった戦闘員の身体を、脚の方から囓りはじめている。
 葛星は次に、自分の右手を周騎冥の目の前に手刀の形で示すと、その表面のブレードを超振動させて見せた。

「お前達、李のマシンマンは、その頭さえ残っていれば、いくらでも再生が利くそうだな?」
 葛星は、自分の超振動を起こして輪郭がぼやけて見える手刀を周騎冥の腹部に突き刺しながら続けて言った。
「殺しはしない。残った二人の男達もだ。もっともそれは、蜘蛛が俺の命令を聞くんだとすればの話だが、、、。首だけは残しておいてやる。そして本部に伝えるんだ。この俺の恐怖がいかほどのものであるかを。二度と李が葛星とアレンの二人に手を出さぬようにな!」
 周騎冥の目は、蜘蛛に食いちぎられてゆく戦闘員の姿に釘付けにされていた。
 彼らは、マシンマンであるが故に、自らの肉体の痛みを遮断することが出来る。
 しかし、人間としてのイマジネーションは遮断することは出来ない。
 周騎冥の想像力は、巨大な蝙蝠の羽を持つ死神と人を喰らう大蜘蛛のイメージに侵略され尽くしていた。



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