混沌王創世記・双龍 穴から這い出て来た男

Ann Noraaile

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第2章 追跡

21: 暴発と強襲

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 なんという化け物どもだ。
 ビニィでもこんな拗くれた性癖は持ってはいまい。
 葛星は自分の破壊行動によって、周囲に散らばった肉塊と骨と体液を見下しながらそう考えた。
 体液の中には大量の精液や女性のものも混じっている。
 それらは全て怪物達が、断末魔のエクスタシーで噴出したものだった。
 怪物達は、死に快感を覚えていたのだ。
 葛星は己がもたらした破壊の結果に、多少の戦慄を覚えていたが、チャリオットやゲザウェイには、赤と黒の死神が、無慈悲な表情で自らが怪物どもに施した解体技の成果を確認しているようにしか見えなかったはずだ。

 怪物どもの暴発は、ゲザウェイらが『愛の繭』と呼んでいる施設に入った途端に起こった。
 暴発、つまり怪物達と彼らを背後で操っているプラグイン者との接続が切れ、怪物達は自らの衝動のままに動き始めたのである。
 暴発の原因が何なのか不明だ、もしかしたら、その引き金は死の鎧を来た葛星だったかも知れない。

 ゲザウェイは、怪物達に対してある程度の権限を持ち合わせているらしく、トロッコで移動中にしきりに葛星にちょっかいを掛けたがる彼らを制止して来たのだが、『愛の繭』に入った途端、彼らは、一斉に葛星に自滅的な攻撃を仕掛けていた。
 その事からゲザウェィ達と怪物との関係が単なる主従の関係でないことが判った。
 つまり怪物共はゲザウェィ達の思惑からも外れて、暴発してしまったのである。

「チャリオットはどこに行った?この怪物どもの操り主の様子を見に行ったのか?」
 葛星は、最後に引き裂いて自分の右腕にこびり着いた怪物の肉の破片をぬぐい取りながら、先ほどまでの修羅場を興味深げに見つめていたゲザウェイに尋ねた。

「そんな事を気に掛けて貰う必要はないわね。それより貴方、身体を拭いたら。せっかくの芸術的な身体が台無しだわ。」
 次に、ゲザウェイは大声で「ルーズ!おいで!」と『愛の繭』のエントランスホールに響きわたるように叫んだ。
 ゲザウェイに(ルーズと呼ばれたもの)らしい、海牛に似た巨大な化け物が、数匹どこからともなく這い出してきて、葛星の周囲に散乱した肉塊を平らげ始めた。

「こいつに貴方の身体を舐めさせて上げたいけど、きっと、ルーズの舌がボロボロになるわね。」
 ゲザウェイは自分の思いつきに恍惚となっているようだ。

「心配するな、自分で出来る。」
 葛星を覆う鎧が一瞬の内に倍ほどに膨れ上がった。
 魚の鱗状に体表に沿って滑らかに平行に並んでいた刃が一斉に立ち上がったのだ。
 そしてその無数の刃の付け根から、水蒸気の様なものが激しく噴出して、体表上にある全ての汚物を吹き飛ばしてしまった。

「素晴らしい!機械と神話の見事な融合ね!神秘的なるものは日常的な汚れから無縁な存在でないとね。」
 ゲザウェイが感嘆の声を上げたとき、チャリオットが慌てたようにホールに舞い戻ってきて、ゲザウェイに耳打ちした。
 何を聞いたのかゲザウェイの眼が、チャリオットが報告する内容に反応して、輝き始める。

「早くしろ。お前達、この館を案内するのではなかったのか?」
 様子が掴めない葛星が、苛立って言った。
「神秘的な存在は、感情を露にはしないものよ。案内は、してあげる積もりだけど、このチャリオットの話を聞いてからにしては?もしかすると貴方に急用が出来たのかも知れなくてよ。」
 ゲザウェイに押される様にして、チャリオットがハンケチを懐から取り出し額に吹き上がった汗をしきりに拭き取りながら、自らの言葉を確かめるように言った。

「上から連絡があった。レコードショップ近辺に不審なバンが止めってあったそうだが、そのバンに一悶着あったらしい。男達が数人、車の中になだれ込んだという事だ。時間的に見て、君と関係があるんじゃないか?男達は黒の革のロングコートにガスマスクをしていたそうだ。李警備保障のユニホームだ、、。」
 葛星は一瞬迷った。
 ここで引き下がれば、葛星のR&Bとしてのチャリオット達への優位性も失われ、2度目の侵入までに彼らは、それなりの準備をして置くだろう。
 しかも今の話は、チャリオットのはったりの可能性もある。

(アレン!どうした?どうなってるんだ。答えるんだ!)
 葛星は、髑髏のヘルメットの中で強く念じた。
 しかしアレンからの応答はなかった。

    ・・・・・・・・・

「眼鏡ネズミ君、自分の連れ合いと連絡が取れないとはどういう事だね。」
 バンの中で周騎冥が元から細い目を、更に細めて言った。
 アレンは、緊急事態に高鳴る己の心臓の鼓動が、相手に聞こえるのではないかと思いながら必死に怯えを隠した。
「だからさっきから言ってるだろ。通信が途絶えてしまったんだ。」
 アレンの口の中は、すでに数発のパンチを受けていて血だらけだ。
 それだけをいうだけでも痛みが伴う。

「ほほう、途切れたか?業界では、ダンクとアレンのチームワークは最高だと聞いているんだがな。私は李の幹部候補生だ、それなりに自分の感情は制御できる。だが後ろの二人は純粋な現場だけの人間だ。彼らは口よりも手が先にでる。それに加えて眼鏡ネズミ君が漏らしちまった小便の臭いが堪らないってさ。」
 周騎冥が、途切れないにやにや笑いの張り付いた顔でそう言った。
 アレンは羞恥で顔を真っ赤にしながら、それでも、狭苦しいバンの中で巨体を屈めるようにして入り込んでいる二人の男を睨み付けながら言い返した。
 暴力に極端に弱いアレンだったが、彼らに加えられた暴行に小便を漏らしたものの、それでも口だけは負けてはいない。
 立派なものだった。
 キャプテンKへの悔しい思いと、葛星のアレン救出の希望が彼を支えていたのだ。

「なんの為にガスマスクをしてんだ。ハハン。俺の漏らしたションベンじゃなしに、お前らの臭い体臭に我慢できないんだな。しかたないよな。お前らマシンマンは、自分のウンチを再利用して飯を食っているって話だからな。この哀れな半機械野郎どもめ。」

 黒光りするラバー製のガスマスクをした二人の巨漢は、アレンの挑発に対して微動だにしない。
 勿論、アレンが言った目的で彼らが被っている顔全体を覆っているガスマスクがあるのではない。
 その形状はガスマスクによく似ているが、マスクの機能は、彼ら李警備保障の戦闘員であるマシンマンの人間の肉体の部分に通常の3倍に及ぶ酸素を送り込むためのターボ装置であると言ってよい。
 初めからその装置を身体に埋め込んでしまえばいいのだが、現在の技術では、それらは身体の外に露出してしまう。
 それでは彼ら戦闘員の、人間としての日常生活に制限がかかってしまう。
 逆に言えば、李の戦闘員がこのガスマスクを使用している時は、完全な戦闘態勢に入っているという事でもある。
 もちろん今日の戦闘の相手は、アレンではなくバトルスーツを身につけた葛星だった筈だ。
 周騎冥は自分の洒落た腕時計をちらりと見ながら退屈そうに言った。

「申し訳ないが、もう時間がない。本部がお前達に割裂いた時間は2時間とちょっとだ。できれば土産に葛星のバトルスーツを頂いていくつもりだったが、それが時間内に出来なければ、お前を殺しておくだけでも良いと聞いているんでな。」
 その言葉は真実の様だった。
 彼らは始め、バンの中のバトルスーツのメンテナンス機器や、スーツとの通信装置に興味を示したものの、それは長続きしなかったからだ。
 バトルスーツに関心を示しているのは周騎冥ではなく本部のようだ。

 アレンは彼らがバンに押し込んで来た直後に、葛星との通信を傍受されないようにそのスイッチを切ってロックしている。
 その通信機器はアレンが独自の改造を重ねてあるので、素人目にはどこをどうさわれば復旧できるのかさえも判らないはずだが、李警備保障の人間がこだわって調査をするならば、皆目手が出せないというものでは無かったはずだ。
 それを彼らは初めからしようとはしなかった。
 彼らがやったのはアレンに対する小出しの暴行だけだ。
 それも、生死に関わるようなダメージではなく、明らかに見た目の派手な外傷をアレンに負わせるのが目的のようだった。
 その外傷は、葛星を捕まえられない時の為に残しておく彼らのメッセージの意味あいがあったのだろう。
 通常、彼らがもたらす死は、一瞬の内に終了し、しかもほとんど外傷を残さないのが常なのだ。

「ちょっと待ってくれよ。俺達を殺してしまうと、俺達を利用してのアストラルの攪乱はもう出来なくなるぞ。そうなりゃあんた達は自ら手を汚すことになる。それでも良いのか?それはあんたらの流儀じゃないんだろ?」
「ほほう。初めは威勢がよかったが、今度は命乞いかい?情けないな。私たちは、キープ爺さんの敵じゃなかったのかい?こんな相棒をもったんじゃ、葛星の先も暗いな。死ぬ前に、一つだけ教えておいてやろう。本部の方針が変わった。お前らは跳ね過ぎるんだとさ。キングの件の後は私たちでやる。」
 周が邪魔くさげに言う。
 彼の関心はもう、アレンから離れだしているようだった。

「嘘をつくな!お前達も、キングに追いつめられているんだろう!それで余裕がなくなったんだ。違うか!所詮はお前達も、キングの前では雑魚に過ぎんのだ!」
 アレンが金切り声を上げた。
 その時、彼らが乗り込んでいたバンの車体が大きく激しく沈んだ。
 何かがバンの屋根に降り立ったのだ。
 二人の戦闘員の視線がバンの屋根に集中した。
 ただ周騎冥の目は、何かもの言いたげにアレンの方に移ったが、その口は待機している二人の男達への指令に使われた。

「友達思いのヒーロー登場か、、まだ時間がある。お相手をして差し上げろ。葛星のスーツを余り壊さん程度にな。」
 バンの入り口に近い方の戦闘員が、まず飛び出した。
 しかしその戦闘員の姿は直ぐに消えた。
 バンの屋根に潜んでいたものが、飛び出してきた戦闘員を上からすくい上げたのだ。
 バンに残った二人は、その戦闘員をからめ取った、細長く素早く動く黒いものを、一瞬だけ認知した。
 そしてその直後にバンは、何者かが屋根から飛び上がるショックを受け止めるために再び大きく沈み込んだ。
 残った戦闘員がバンから飛び出した後から、周騎冥もアレンを人質に取るような形で、それに続いた。


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