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第2章 追跡
19: 友との齟齬
しおりを挟む鎧と、その中にいる全裸の葛星の肌の間の空間に、ゼリー状の物質が何処からともなく注入される。
そしてゼリー状のものは髑髏のフルフェイスマスクと葛星の頭部の間の空間にもせり上がって来る。
やがてそれは、彼の鼻腔・耳の穴・口を通じて、肺や消化器官へ進入して行く。
それが葛星が鎧に対する恐怖を覚える最初の瞬間だ。
この儀式を通じて、この死神は葛星になり、葛星は死神そのものとなる。
鎧装着のセットアップが終了したのだ。
レコードショップ内部へ、突入前のことだった。
「蜘蛛に店内の構造のデータを送っておいた。蜘蛛の奴、今回は機嫌良く受け取ってくれたみたいだぜ。ブースの進入まで蜘蛛が旨くやってくれる。ダンク、お前が手荒な事をする必要はない。」
コープレィのレコードショップから少し離れた場所に駐車してあるバンの中のアレンの声が、葛星の耳の中で響いた。
いつものアレンの声より冷たい響きだった。
ゼリー状のものを通過しているからそう聞こえるのか、キャプテンKを死なせた事へのわだかまりがアレンにあるからそう聞こえるのか、葛星には判断が付かなかった。
周からのヴィジホンがあった後、アレンは葛星に対して、『お前がキープ老の所に行ったから、彼が殺されたんだ』と言わんばかりの態度を示していた。
もし本当にそう思っているなら、言いがかりと言ってよかったが、生前のアレンとキープ老の関係を考えると、葛星はアレンを責める気にはなれなかった。
「ご忠告、有り難う。こいつの中に入ると何故か無性に物が壊したくなるんでな。この時間だ。ショットガンをぶっ放すと、近所から安眠妨害で訴えられる。」
葛星は蜘蛛がレコードショップの非常出口のキーロックをその補脚を使って器用に開けるのを眺めながら、軽口を叩いた。
もちろん冗談ではなく、鎧装着によって自動的に引き起こされる破壊衝動の強さは本当の話であるが、それがどれほど強烈なものかは、アレンには判っていない。
「ところでアレン、混沌王の詳しいことは判ったのか?」
ヘルメットの中では口を動かす必要はない。
思考するだけで良い。
ただ、通信するという強い意識を働かせないと、彼と鎧をつなぐインターフェィスの役割を果たすゼリーは反応しないようである。
「皆目、駄目だ。既に知ってる噂話以上の情報は手に入らない。俺達と住んでる世界が違うしな。俺達にしてみれば混沌王は地底人でもあり、同時に殿上人でもある。、、だが、ある程度の事は判ったよ。混沌王と呼ばれている男は、アストラルの有力株主でもあるネロのコネクションで、十年前にアストラルの本社であるアストラルコアに入社したんだそうだ。それからたったの数年で、混沌王はアストラルコアの社長にまでのし上がった。それが不思議なんだよ。混沌王は、これと言った業績を残していない。仕事にかけて特別有能な人物であった訳ではないようだ。かと言って、ネロの力を借りてのし上がった様子もない。彼は何か違う力を周囲の人間に及ぼしていたらしい。」
葛星は頭の中で混沌王の人物像を練り上げながら、腰にチェーンベルトでぶら下げてあるショットガンを点検した。
そのショットガンは、アレンが弾丸の装てんを半自動化する為の装置を取り付け、更に破壊力を増すための様々な工夫を加えてある。
その為、生身の人間が扱える銃としての形状はとうの昔に失われている。
まるで装飾過剰の凶暴なブラスホーンのように見える。
葛星は真っ暗だが見覚えのあるレコードショップ店内で、そのショットガンを発砲したいという欲求に必死に耐えた。
「やはり混沌王は外界で拾われたっていうキープ爺さんの話は信憑性があるという事だな。」
「、、、、。」
アレンから返事がなかった。
キープの事は思いださせるなという事だろうか?
だが葛星は、アレン相手に、そんな配慮をする時間はなかった。
例の試聴ブースのドアの開放に、蜘蛛が取りかかり始めたからだ。
「店内の監視カメラは、完全に殺せているのか?」
「俺が盗み出したデータ通りに、この店が設計されているならな。でも奴らは間抜けじゃない。ダンクは別のシステムで監視されている可能性が高いと考えておいた方がいい。」
「それでも奴らは騒ぎださない。この前も俺の正体が分かりながら、あそこまで俺を引き込んだ。自信があるのか、それとも他にねらいがあるのか、、、。おっとドアが開いたようだ。これから暫く通信はしない。モニターはしているんだろ。用事があったら、そちらからしろ。」
葛星と蜘蛛は試聴ブースに入り込んだ。
蜘蛛は巨大な為、葛星からブースの天井までの空間に、その身体を押し込む状態となった。
その結果、八本の補脚は、まるで葛星を閉じこめる鉄格子の様に見えた。
その補脚の一本がブースのコントロールパネルの中に差し込まれた。
蜘蛛は、ダイレクトにこのブースを制御しているコンピュータに接触するつもりらしい。
この蜘蛛の侵入プログラムは、アレンが後で蜘蛛に追加したものではないという。
元から蜘蛛が持っている機能ならば、この蜘蛛の元来の用途はそうとうキワどいものであったに違いない。
アレンは、葛星に時々起こるフラッシュバックの正体は、この蜘蛛なのではないかと考えていたようだ。
葛星と蜘蛛は深いところで常に結ばれていて、蜘蛛は葛星の危機を感知すると、その回避に役立つような情報を入手して葛星に送り込んでくる、、そのような推理だった。
程なく、試聴ブースは以前同様に下降し始めた。
鎧を装着した葛星には、過去に生身でこれを体験した時の心細さはまったくなかった。
むしろ、このレコードショップの背後に潜むもの達へ、挑戦的な言葉を大声で叫びだしたい衝動を堪えるのが精一杯だった。
やがて試聴ブースは下降を止め、停止するとそのドアを自ら開いた。
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