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第2章 追跡
16: サルベージマンの魂
しおりを挟む葛星が彼らのアジトであるケーブに持ち帰ったものは3つ。
ジュニアの女装写真・人口皮膚の端切れ・手帳、そしてインストラクターの髪の毛。
中でも最も大きな収穫はインストラクターの毛髪だ。
彼らのケーブの中には対ビニィ用のアナライザー器材とデータがあり、毛髪の分析にはそれらが十分に役立つことだろう。
「こりぁ、遺伝子的に見れば完全に人間だ。」
アナライザーのディスプレイから顔を上げながらアレンが、まるで赤ちゃんの誕生の知らせを待っている夫のような風情の葛星に言った。
「馬鹿を言え。あいつは、まん丸いパイプをこう、蠅かなにかのように一周したんだぞ。そんな事が人間に出来るわけがない。」
「仕掛けられた幻想じゃなかったのかな?お前の説明じゃ、初めの頃、ロボットとか実在しないものが見えたと言ったじゃないか。確かに女はいたんだろうが、アクションはまやかしという事じゃないのか?」
「だったら俺が、自分で躓いて、パイプから滑り落ちたと言いたいのか?」
アレンは肩をすくめて見せた。
「、、そうだな。だったら後、有り得る可能性としたら、この女は、果てしなく人間に近い、、いや、人間の能力を超えた人間みたいなビニィって事だな。」
「それって、ビニィの制限を外すって事か、、。」
アレンの返事を聞いて、葛星は黙りこくった。
ビニィの制限を外す、、アクアリュウムでは考えられない絶対的タブーだったが、ゲヘナではありうるかも知れない。
アレンも葛星も、前のゲヘナへの旅で、その可能性は薄々感じ取っていた。
だがその考えは葛星達には余りにも衝撃的だった。
「それより、こっちの方が興味深いぜ。見ろよ。チャリオットから、これだけの事が割り出せる。まずはコープレィ社はアストラル社の息がかかっている。これがキモだな。」
自分たちを覆い始めた暗雲を払うように、アレンはチャリオットのデータを開いた。
無論そのデータは、通常の方法で開示されるものではない。
アレンのハッカーとしての腕前と、このジュニア事件に関するデータの蓄積があったからこそ出来た事だ。
葛星は、コンソールの前のアレンの席とかわり次々と開示されるデータを眺めた。
外界とおぼしき異境で戦闘服じみたものを着たチャリオットや、彼の仲間らしき男達が並んで映し出された画像もあった。
葛星の横で、アレンが、にやつきながら事の成り行きを見守っている。
そしてアレンの予想通り、葛星は驚きの声を上げた。
「やつら、サルベージマンだったのか!?」
葛星がやつらと言ったのは、コープレィ社の社長を含めた核にあたる人物は、すべてサルベージマンの略歴をもっていたからだ。
コープレィ社副社長のネロ・サンダースは、先ほどのチャリオットの隣に写っていた男と同一人物だった。
「それだけじゃない。彼らの出身地を見て見ろよ。」
「全員、ゲヘナ出身じゃないか!やつらゲヘナからやって来て、地上でこれだけのし上がったというのか?」
葛星はチャリオットのいかにも、たたき上げのビジネスマン然とした物腰と、喋り口調を思い出しながら、奴はとんだ食わせ物だと呟いた。
それに写真では、いかにも武人といった風体のネロ・サンダースだが、彼はコープレィ社の実質上のトップで、経営者としても相当な能力を持っているようだ。
「キングに仕掛けたのが、こいつらだとして、それがばれれば、せっかく築き上げた今の位置を失うことになる。今度のは、そんなリスクを犯してまでやる様な事じゃないぞ。」
続いて葛星は思い浮かんだ疑問を口にした。
「それは地上人の発想だと思うな。この前、ゲヘナに行って見てよくわかったじゃないか。彼らは地上人が思うほど、アクアリュウムに上がってきたいとは思っていない。アクアリュウムに本物の太陽の光が降り注いでいるなら話は別だろうが、その点で言えばこちらも下も変わりはない。彼らが望んでいるのは、天空への足がかりと、この惑星の本来の姿だ。アクアリュウムの価値なんて彼らにとっては、自分達の野望達成の為の踏み台程度だ。」
例えば、アクアリュウム世界のサルベージマンと、ゲヘナのサルベージマンの目的は根本的に異なっていた。
アクアリュウムのサルベージマンは個人的な利益の為に動いているが、ゲヘナの彼らは地球環境を回復させる為の研究探査の為だ。
「彼らが、自分たちの野望を叶える為に、この世界全体の覇権を握ろうと画策しているとでもいいたそうな口振りだな。コープレィ社はその為の前衛基地だと言いたいのか?」
「少なくとも、今は、そう思うね。そういう事はアストラル社がやってもおかしくはないが、アストラル社は大きすぎるし、現状、アクアリウム社会に溶け込み過ぎてる。」
「コープレィの社長やチャリオットに、ゲヘナの誰が命令していると言うんだ?地下からじゃないんだろう?地下の人間は地上の細かな動向を捉えきっていない筈だ。アストラル本社の偉いさんか?」
「そうだろうな。アストラル社は唯一地上世界で正式に認められたゲヘナの出先機関だからな。いいかダンク。俺達は、ジュニアの件だけで、物事を見すぎるから、辻褄が合わないように思えるんだと思う。ゲヘナが唱えているのは、理想を抜いて言えば、人間が住める世界の拡張だ。その事自体は、不合理な事じゃない。地上の人間は、余りその事を考えたがらないが、今の閉鎖しきった世界が、ママス&パパスが言っている様に、このまま何世紀も続く訳がないんだ。チャリオット達は、その現実的な使命感に突き動かされて、自らの意思でも動いているんだろう。それに、ジュニアの件だけじゃなく、他にも色々な工作をしているんじゃないかな。」
「ちょっとまて、そんな野望とキングのジュニアを罠にはめて殺害する事とどういう繋がりがあるんだ?」
「わからないよ、そんな事、俺達は探偵じゃないんだ。ただ事実を繋ぎ合わせるとそういう絵が見えるって事だよ。」
「、、まあいい、いずれその事は嫌でも判ってくるだろう。けどアレン、お前さっき、使命感だと言ったよな?それチャリオット達の肩を持ってるように聞こえるぞ。」
「俺には、サルベージマンの気質が理解できる。それはゲヘナであってもアクアリュウムであっても同じだと思うよ。ダンクだって判るだろう?(外)に出たい。ただそれだけさ。」
「、、、、、、、。」
弾駆は目を瞑った。
この辺りの思いは、弾駆のそれとアレンのそれとは少し違う。
弾駆も冒険は好きだが、弾駆にとっての外界は少し違う。
冒険の対象にはならない。
「とにかく、チャリオット達の事をもっと調べよう。彼らの事をもっと詳しく知っている人物がいる。俺達の身近な人物だ。」
「キープ爺さん。」
葛星とアレンが同時に言った。
ただし、葛星の言いようは元気がなかった。
「、、でも、あまり乗り気がしないな。アレン、あの爺さんを相手するのはお前の方がいい。」
どういうわけか葛星は、キープと呼ばれる老人に苦手意識を持っていたのだ。
「いやだね。」
「何だと?」
「俺には他にやることがある。」
「笑わせるな。今のお前に他にやることがあるわけがない。」
「もちろん今回の件の仕事は引き続いてやるさ。でも、もう一つしたい。会いたいんだよ。我慢できないんだ。ずっと会っていたいんだ。」
葛星は思い当たる節があってニヤリと笑った。
「やっぱり一目惚れって訳だ。シャーロットの事を言っているんだろう。判ったよ。好きにするさ。上手くやれ。爺さんは俺があたる。」
葛星はヤレヤレというふうに首を振りながら、コンソールの席を立った。
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