混沌王創世記・双龍 穴から這い出て来た男

Ann Noraaile

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第2章 追跡

13: ドアーズ

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 均等に、しかも網の目状にアクアリュウム世界に張り巡らされたトランスポーターにも、実際には幹線と支線にあたるものがある。
 つまり、いくら小さな世界であっても、その内部に行政や生産などのエリアが集中してある限り、人々の移動は一定の法則を醸し出すものだ。
 そして当初の計算外にできあがってしまった交通網の動脈瘤を、人々は昔の呼び名に従い「ステーション(駅)」と呼ぶ。
 しかしこの「ステーション」は、トランスポーターの機能からいって、従来の「駅」という概念に当てはまるものは殆どない。
 トランスポーターにとっては、全てが駅であり、同時にすべてが線路であるからだ。
 やはり、ここでいう「ステーション」とは、この完全な交通網にできあがった患部としての動脈瘤部分をさす。
 ある意味で「ステーション」は、交通としての機能不全部分なのだ。

 動脈瘤には、様々な飲食店・ブテックその他諸々の施設設備が集中している。
 『ステーション・ドアーズ』は、臨月ストリートに隣接して、最近形成された動脈瘤の一つだった。
 今では風俗街としての臨月ストリートが呼び集めた人間が、その隣のドアーズを形成したのか、臨月ストリートがドアーズに集まる人々のおこぼれを頂いているのかの区別は難しくなっている。

 そのドアーズの中で、葛星弾駆は途方に暮れていた。
 葛星の捜査は、覗き屋ゴーファから巻き上げたジュニアの失踪前の写真を手に入れた事により、その写真の背景に写り込んでいたドアーズの景観へ、つまりドアーズの中心部まではたどり着いていた。
 そこはドアーズの中でも、最も人通りの多い場所だった。
 手がかりは山ほど有るように見えて、何もないようにも思えた。
 そしてゴーファが、その身なりでつまみ出されたように、この区域には警備員が随時パトロールに当たっているのだ。
 つまりきわめて犯罪が起りにくい状況のロケーションだった。

 葛星が立ち止まっている位置からは、人々の雑踏の流れの左向こうにトランスポーターの乗降口であるホールが見え隠れしている。
 右向こうは、3D映画館が三つ、デパートが一つ、大手の飲食店が四つ、つい最近出来たというレコード店が一つかいま見える。
 ゴーファが撮ったジュニアの後ろ姿は、ホールに向かっているようにも見えたし、右向こうの歓楽街に行こうとしているようにも見えた。
 いずれを選択しても、ジュニアが人目に付かず拉致されるような場所はない。
 と言うより、異様に警備員の数が多い。
 するとジュニアの足取りは、ここからますます他へと伸びていくのだろうか?

 葛星は自分の時計を見た。
 アーチャーやゴーファに関わった時間を計算に入れても、ジュニアが女装姿でいて、しかも人との接触の中で、それを楽しめるのは、このドアーズが距離的にみて最後の筈だった。
 彼、ジュニアは、どんなに夜遊びをしても、朝食だけはキングとともにとらねば行けないというルーチンを架せられていたからだ。
 このドアーズのどこかに、パイプを使った秘密の通路がまだあって、ジュニアはそれを使ってもう一度ジャンプするのか?
 女装という目的を果たしてからまだ、更にジャンプして行かなければならない場所が彼にはあるというのか?
 それとも、この街をただ女性として彷徨き回るだけで、彼の欲望は充足するのか?
 あのプラグとの接点は、どこにあるのか?

 葛星はポケットに突っ込んだジュニアの数枚の写真を繰り返して見た。
 ゴーファは何度か、ジュニアの追跡を試みているが、すべてこのドアーズで途切れている。
 ゴーファが、ジュニアが沢山の人口皮膚を着込み、その度に違った女性としてドアーズに繰り出すからくりに気づいているのなら、彼の偏執的な性格からして、彼が臨月ストリートに帰ってくる時を待ち伏せる事ぐらいはするはずだったが、そんな写真もなかった。
 確かにこのドアーズに何かがあるのだ。
 葛星は写真を諦めて、ローズマリーの館に残されていたジュニアの手帳を捲ってみた。
 スケジュールのページに目を走らせてみる。
 幾つかの単語が走り書きされていたが、今回の事件に関連があるのかどうか、アレンが今構築している事件のデータベースに照合を掛けなければ、皆目見当がつかない言葉の羅列ばかりだった。

 続いてメモ欄を見てみる。
 どうやらジュニアはレコードコレクターでもあるようだ。
 メモ欄に記載されたレコード名の幾つかは葛星もよく知っていた。
 ここに上げられているレコードは、現在、大変な額で取り引きされている。
 葛星はアレンと組んで、年に一度、外界にサルベージに出かけるが、それを専門にしているサルベージマン達が、最近、主に漁ってくるのは大きな機械類ではなく、この大昔のレコードだ。
 初めは純粋な音楽愛好家がこれを手に入れたがっていたが、今は騰貴の対象になっている。
 葛星の目の前にあるドアーズのレコード店は、その専門の店だ。
 これなのか?!
 葛星はその手帳をアナがあくほど見つめた。
 レコード名のリストの横には小さな数字が打ってある。
 それは日付だ。
 一番最後のリスト、ビートルズのサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドの名前の横には、ジュニアの失踪当日の週の初日が打ってあった。

    ・・・・・・・・・

 広い店内の真ん中のショーケースには、古びたレコード盤が銀杯を掲げるように並べてある。
 耐久力に問題のある大昔のレコードが、ここに掲げられる為には、どんな奇跡と偶然が積み重なったのだろうか?
 ショーケースの周囲の客達は、今にもレコードに掴みかからんとする勢いでそれを食い入るように見つめていた。

「彼らを見ていると、まるで、眺めているだけで音が聞こえているようだね。俺にはさっぱりなんだが、、。」
 インフォメーションスポットで戯れ言をいう葛星に対して、レコードショップの従業員はきわめて冷静な口調で返した。

「当店では、ディスクをお買い求めになれないお客様に対して、原盤からの試聴サービスを行っております。多少、お値段は掛かりますが。お客様は何かリクエストが御座いましょうか?」
 従業員は、お値段は掛かるを強調したかったようだ。
 確かに、葛星の服装は、この店の店内にいるどの客よりも見窄らしく、しかもやくざな雰囲気を醸し出していた。
 朝からの上流階級やらのおもてなしぶりに十分感激していた葛星は、この店員にちょとした悪戯を仕掛けて見るつもりになった。

「あんたではわからんようだ。上の人に伝えてくれよ。キングのジュニアの紹介で来たと。俺はビートルのサージェント・ペパーズが聞きたいんだよ。」
 サージェント・ペパーズは、ジュニアの手帳にあった最後の日付が打たれたレコード名だ。
 従業員は不服そうに黙っていた。

「いいか。耳の穴をかっぽじってよく聞けよ。値段が高くて値打ちがあるのは、外界の黴の生えた古レコードで、それを扱ってるお前さんじゃない。そういう勘違い野郎にはわからんだろうから、もう一度言ってやる。俺は、パパス&ママス社の会長の息子の紹介で、ここにやって来たんだ。嘘だと思っているなら、キングの所の主執事の楊という奴に連絡を取って見ろ。葛星弾駆と言えばそれで判る。 それもいやなら、明日の朝に、おまえさんの所に送り届けられる解雇通知を見てから己の浅はかさを思い知ることだ。」
「、、、、少々お待ちください。」
 従業員は半信半疑で、サービススポットを開け、そして数分後に蒼白な顔色をしながら、上司とおぼしき人物を連れて帰ってきた。

「誠に失礼を致しました。」
 恰幅の良い、従業員の上司らしき人物が、深々と頭を下げた。
 頭には白いモノがまだらに入り交じっている。
 地毛が黒いのをバックになぜつけている為に、白髪が波模様のように見える。

「あんた何者だ?あんたの役職如何では、こちらもそれなりの対応をさせて貰うよ。」
 我ながらうんざりするようなチンピラぶりだと葛星は思いながら、それでも葛星は相手に圧をかけた。

「コープレィ本社の専務でチャリオットと申します。本日はたまたま、支店の巡視に回っておりまして、この者があなたさまの事を上司に報告しているのを横で聞いておりました。ジュニア様のご紹介なら支店長では役不足かと思いまして、私がお話をお伺いさせて頂きたく、こうやって参りました。」
「チャリオットね。、、戦車か。では戦車君、サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドは聞かせて貰えるのかね?」
「勿論で御座いますとも、閉店時間が迫ってはおりますが、お客様のお時間の許すまで十分、レコードをお楽しみください。」
 その後チャリオットは視聴ブースに葛星を案内するあいだ、コープレィ社の業績の躍進の秘密や、経営方針などを延々と話し続けた。
 視聴ブースは全部で八つの個室に分かれており、その一つ一つがしっかりした作りのスライド式のドアを持っていた。

「ただの視聴ブースじゃないみたいだな。まるでこれから宇宙船に乗り込むみたいだぜ。」
 レコードなら葛星もアレンと外界でサルベージの次いでに何枚か引き上げたことがあるが、あんなものに、こんな大袈裟なリスニングルームが必要だとはとても思えなかった。

「葛星様はご慧眼で、レコードの世界はまさに宇宙そのものです。そして神秘の宇宙にのり込むにはそれなりのしっかりとした設備が必要になっております。お客様の中には視聴料金が高すぎると仰るむきもありますが、この設備投資に比べれば低価格で努力しておると我が社では考えております。」
 葛星にはレコードを聴く趣味はなかったが、聞いた話では、最近のレコード聴取は、バーチャルエンターテインメントとの融合が進んているらしい。

「なるほどね。で?どうやればいい?」
「ドアをお開けしますので、後はすべて室内に流れるアナウンスの指示に従っていただければよろしいのです。では。」
 チャリオットが腰を屈めながら右手で気障たらしくドアを切る仕草をした途端に、試聴ブースの重いドアが葛星の目の前でスライドした。
 ブース内部は葛星が宇宙船と比喩した以上の出来だった。
 壁一面の電子器具、中央のバスケットタイプの寝椅子から伸びる様々なコードやチューブ類。
 レコードが化石のような存在であるにせよ、たかがレコード一枚を聞くのにこれほどの装置がいるのか。
 これはバーチャルエンターテインメント劇場のものを遥かに上回っている。
 あるいは、こういった見せかけの装置のお陰で外界に埋もれていた古レコードの値打ちが上がるのかも知れない。
 マニアの気質とはそういうものだろう、と変に納得しながら葛星は寝椅子に身を横たえた。

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