混沌王創世記・双龍 穴から這い出て来た男

Ann Noraaile

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第1章 赤と黒

10: 隠し部屋

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 堪らない密閉空間だった。
 葛星は両手両足を赤子の様にちじこませて、仰向けにカーゴに乗っている。
 目の前の天井には、か細く点滅をし続けるパネルがあった。
 そのパネルにはざっと数えても三十個以上はボタンやダイヤルが並んでいた。
 数は多いがそれは人間が操作する為のものではないようだった。
 第一、カーゴの中は、腕時計の時刻を確認する程度の照度さえ確保されていないのだ。

 頼みの綱のフラッシュバックはもう起きてこない。
 乗り込んだは、いいものの操作方法が判らないのだ。
 そして、カーゴはかすかな振動を続けている。
 既に稼働しているのだ。
 フラッシュバックで得た知識では、このカーゴの移動スピードはざっと見てトランスポーターの三倍。
 更に時々のケースによって、随時、高速にも低速にも走行できるようだ。
 これならジュニアが消え去ったどの地点からでも、ある一つの地点へ多少の時間の誤差があってもほとんど定時に行き着ける訳が分かる。

 しばらくして、葛星は喉の渇きを覚えた。
 もしここで何らかの新しい動作要求のコマンドを打ち込まなければ、再び670P5を誰かがどこかで要請しない限り、このカーゴは故障個所を求め永遠にアクアリュウムの体内を回り続けるのではないか。そんな疑問が頭をもたげ始めたからだ。
 そのコードを知るジュニアは、断頭台の露と消えている。

 だが、まて、あのジュニアが、耐え難いまでに己の内から膨れ上がってくる欲望に耐えて、その時々に、この複雑な操作パネルを扱ったと言うのか?
 いいや、既に行き先についての設定は行われているはずだった。
 ジュニアの行きつけの幾つかの店の抜け穴から、目的地に向かうためだけにこのカーゴの移動コースは設定されているはずだ。
 しかしそうでは無かったら、、。
 パネルスイッチをでたらめに打ち込んだら、カーゴは止まるかも知れない。
 あるいは、シャーロットから貸し与えられた拳銃でパネルスイッチを撃ち抜けば、、。


 だが答えは別の方向から出た。
 カーゴが突然停止したのだ。
 そして目的地のシャッターが開いた。
 葛星はシャッターが開くやいなや、閉所から来る恐怖感のあまりカーゴからまろびでた。
 そこは配管が密集しボイラーらしきものがある薄暗く湿った小空間だった。
 もちろんこんな場所が目的地ではない筈だ、葛星は急いでスチール製のドアノブのロックを外して外にでた。

 赤いカーペットが敷き詰めてある廊下に出た葛星が、振り向くと、そこには他の壁紙同様に趣味の悪い薔薇の花の模様がプリントされた隠しドアがあるだけだった。
 反射的に見た腕時計を見ると、9時を少し回っているだけだ。
 恐らく15分ほどでカーゴはここまでやって来たのだ。
 危ない所だった。
 あともう少しで葛星は操作パネルを拳銃で撃ち抜いていた筈だ。


 次に葛星は彼がいる場所に充満している特有の臭いに気づいた。
 嗅ぎなれたラブホテルの臭いだ。
 彼が獲物にしている半数のビニィはセックス対応型だったから、葛星はこういった場所に幾度も足を運ばざるを得ない。
 葛星は少し手足を伸ばしてから、部屋の探索にかかった。
 増改築を繰り返したせいか、妙に入り組んだ通路の両脇に各個室がある。
 全ての部屋は施錠されていたが、葛星が常備している解錠グッズで簡単に中に入る事ができた。
 どの部屋も最近は使われた様子がなかった。

 「そこ」は、角部屋だった。
 部屋の様子は高級ラブホテルに少し居住性を付け足したものの様だ。
 面積は、他のそれの三部屋分ぐらい。
 特異な点は、クローゼットとドレッサーが異様に多いことぐらいだろうか。
 葛星はクローゼットを一つ一つ開いてみる。
 壁際の約半分のクローゼットの中身は女装者お決まりの、水商売風のドレスに下着、あるいはヘヤーウィッグがびっしりと並べてある。

「これで決まりだな。」
 残り半数のクローゼットの中にはマネキンに被せられた人工皮膚が一体一体丁寧に置かれてあった。
 全部で六体。
 驚いた事に一つ一つ肌の色、髪の色、顔つき体型が全て違った。
 しかし共通している点が一つだけあった。
 人工皮膚の股間に当たる部分には、陰毛が植毛してあるのだが、着用者の逸物が自然に露出するように、巧みに穴が開けられてあるのだ。
 その穴は、アレンのいう(女である自分を自覚する必要性)の為のものという事だろう。

「どうりで女装姿の彼を立ち回り先で特定確認できないはずだ。ジュニアの奴、日替わりメニューでこいつを着込んでたんだな。」
 葛星は最後のクローゼットで人工皮膚のメンテナンス機材を発見した。
 材質はよくわからないが人一人が立って入れるほどの透明のシリンダーの様なものだった。
 印象的には医療器材のもつそれに近かった。
 葛星は這い蹲るようにして、その機器に製造会社の印刻なり製造番号がないかを探した。
 案の定、あるべき場所のステッカーや、印刻の場所は削り取られていた。

「それにしても、あれによく似ているな。」
 葛星はひとりごちた。
 葛星の言うあれとは、彼が着込む鎧のメンテナンス器材である。
 自作したのはアレンだが、その印象は目の前のシリンダーにそっくりだった。
 その後、葛星は小一時間ほど掛けて部屋中を探索した。
 そして最後に、恐らくジュニアが、ここにやって来たときに来ていたであろう彼の男物のスーツを見つけだし、そのポケットを探った。
 ジュニアがもし女装をしてこの部屋を出ていったなら、男物の小物類は、スーツの中に仕舞われている可能性が高い。
 思った通り、数点の小物がスーツの中から出てきた。

 葛星はそれら一つ一つを丹念に探り、元の場所に戻した。
 手元に残したのは黒革の高級そうな小さな手帳だけだった。
 ぱらぱらと捲った状態では何の変哲もないメモ程度の事しか書かれていないようだが、事件に関係する何らかの情報が埋もれている可能性がある。
 最近では電子デバイスがもてはやされているが、プライベートなメモ等は、昔ながらの方法を使う人間が多いからだ。
 第一、情報のこそ泥と言われる「吸い取り屋」が横行している現在、機密性は葛星が所持するような高機能高価格の決して小さいとは言えないハンドヘルド型のコンピュータにしか求められないからだ。
 その点、手帳なら、持ち運びも効き、機密性もそれを肌身はなさず持っている限りまだ安全だと言える。

 その他、領収書の類はないか、最後にもう一度、スーツの中を改めてみたが、ジュニアという男は几帳面らしく糸屑一本見つけられなかった。
 葛星はそれ以上の部屋の探索を諦めて、部屋を出ることにした。
 今回の調査は、女装したジュニアがどこでプラグを使ったを探し出すのが最終目的だからだ。
 あまりここには長居はできない。

 葛星は自分が入っていきたドアをちらりと見たが、直ぐに視線を部屋に戻した。
 あのドアから廊下にでても、おそらく袋小路になっているだろうと思ったからだ。
 ジュニアはどこかの建物の一角を全て買い取って、自分用の隠れ家に改造したのだ。
 ならば、「外の世界」に出て行くドアはもっと便利な場所に造ってある筈だ。
 そしてそれは直ぐに見つかった。
 葛星は、ジュニアの隠し部屋の奥まった部分にあるドアを開けた。
 途端に、四方八方に広がる狭い通路に出くわした。
 ジュニアの部屋にはどちらが表か裏かは別にして、出入り口が二つあった。

 左右それぞれの方向に開いていく通路の天井近くに、赤と青のランプが点滅している。
 赤の点滅がある通路を進めば、葛星は誰かに出会い、青のランプが示す通路を進めば、彼は人目を避けて外に出る事が出来る。
 誘導灯、珍しいものではない。
 ビニィなどを相手にさせる違法なラブホテルによくある仕掛けだ。
 違いといえば、ジュニアはこの誘導灯を個人用にしていたという事だろうか。
 さらにこの通路は正真正銘のラブホテルそのものに繋がっている筈だった。

 毎日、ケバイ化粧の違った女が大体同じ時間に怪しまれずに出ていける建物、あるいはその建物に出入りする人間を観察するのが躊躇われる場所、それはすなわちラブホテルしかない。
 案の上、その通路は普通のラブホテルの廊下と見事に接合していた。
 たかが女装趣味の為に、随分、巧妙で大がかりな仕掛けを作ったものだと葛星は思い、そしてこの仕掛けがまったく多くの捜査機関の網にかからなかった事の意味に気づいて戦慄した。
 この仕掛け作りに携わった人間は少なからずいた筈だ。
 彼らからの情報漏洩がまったくない。
 口封じか、、、たかが個人の変態趣味の為に、、、そしてそれが徹底して出来る権力の大きさと怪物性。

 葛星は、照明を極度に落としたなま暖かい廊下を歩きながら、左右に並ぶ趣味の悪い壺や、油絵に囲まれたこの廊下の様子は、どこかで見た覚えがあると感じていた。



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