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第1章 赤と黒
08: 足跡を辿る
しおりを挟む葛星は、ジュニアが通過した三つの店で、羨望と非難の眼差しを交互に浴びた。
羨望の方は、急いで家を出たシャーロットが、フォーマルな服装をしていないのにも関わらず、そして葛星がくたびれたスーツを着込んでいたにも関わらず、彼らが非常に洗練されエレガントな美男美女のカップルの様に見えた事から生まれた。
職業モデルは何を着ても似合うのである、彼らは着崩しのファッションコーデを楽しんでいると見られたようだ。
そして、非難の眼差しは、店のマネージャーから浴びせかけられたものだ。
支払いは葛星が予想したとおり、すべて信用担保制デジキャッシュで行われており、その用意のない葛星は、通常のクレジットで支払う事を無理矢理、店の責任者を呼び出させて交渉せざるを得なかった。
支払いなど、こんな店に顔パスで入店できるシャーロットに頼めばなんとでもなる筈なのに、、葛星は下らない意地だと思ったが、そうした。
意地は張るためにある。
三件目の店ではついに、シャーロットが、さしでまがしいのですがと前置きをしながら、支払いを彼女のデジキャッシュで済ます状態になった。
「話には聞いていたが酷いもんだ。金額的に支払えないならともかく、使う金の種類が違うぐらいで、何故、邪険に扱われる。」
四件目の店に向かう車の中で、葛星は憮然として言った。
自動車専用道路の横には、トランスポーターロードが平行して走っており、会社帰りの人間達が鈴なりの状態で、トランスポーターのバーを握りしめながら、例外なく疲れ切った表情を浮かべているのが見える。
まるで天蓋のない囚人護送列車のようだ。
トランスポーターには屋根も、外壁もない、アクアリュウム世界には雨も強風も存在しないからだ。
ただアクアリュウムにも時刻の移り変わりを現すための色彩はある。
今は、どぎつすぎる夕焼けの時刻、トランスポーターに運ばれる人々の顔も、その照り返しを受けて、全て赤黒く見えた。
「それだけじゃなくて、本来、今日のお店ならドレスコードで二人とも引っかかっていたでしょうね。ジュニアの顔があったから入店できたけれど。」
シャーロットは楽しそうに答えた。
「やけに楽しそうですね。下町の男といる王女様のアバンチュールの様な気分?」
「とんでもないですわ。今の仕事に就いているから、こういうことが出来るだけ。私の本当の世界は貴方のほうが現実だって事を思い出したんです。なけなしのクレジットに、くたびれたスーツでしょ?」
本当の世界。
しかし彼女のいう「本当の世界」と、葛星のそれは少し違う。
葛星にとっては、ビニィを追いつめショットガンでその脳天をぶち抜き、血しぶきと脳將を浴びる、それが本当の世界だ。
その通常報酬の3分の1が、一杯のアルコールと数皿のボリュームのない食事と、だれも聞いていない軽音楽と見ていないショーで消えていった。
(墓場に富と名声は持って入れない、と人は言うが、贅肉は、最後まで我が身のものだ。)
・・つまらい感傷に浸っている場合ではない。
これもアレンの影響かも知れないと、葛星は気を取り直して、ハンドナビと呼ばれるハンドヘルドコンピュータをポケットから取り出した。
ハンドナビはΩシャッフル後の特徴である斑文明の後発工業製品だが、それなりの値段がする。
ロストワールドの発掘品に届く価格だが、ロストワールドのものは性能が良すぎて逆に使えない所がある。
ハンドナビの挿入口の中には、シャーロットから貰った、ジュニアの行動記録ディスクが入っていた。
「わぁ。それグレープ社の最新型でしょ。私それほしかったんだ。」
ハンドルの向こうからくだけた口調のシャーロットの声がかかった。
ロストワールドの技術からすると、ポンコツに等しい普及型のハンドヘルドを、彼女が本当に欲しがっている筈がない、、、会話を弾ませる為の接ぎ穂だろう。
こうして見ると、シャーロットが葛星の調査に協力を申し出たのは、彼女にとって単なる気分転換ではなかったのかも知れない。
その声には少なからず葛星に対する特別な好意があった。
「相棒がこういうのが好きでね。仕事が終わったら、先ほどの店の貴方の立て替え分としてこいつを差し上げますよ。もっともこれはさっきの半分にもならないだろうが。」
葛星はわざと冷たく言った。
葛星は商売柄、必要以上に人に好かれる事がマイナスになる事をよく承知していた。
シャーロットが葛星に示す関心は、葛星が自分に引いたラインを越えつつあった。
「ジュニアは失踪当日、午後7時にトスキャーニアの店で夕食を取ってから姿を消している。あの失踪の夜も貴方は暫くは彼とご一緒だった。いよいよだ。今までの店では、ジュニアが名にしおうプレイボーイである事を確認した以外に収穫はありませんでしたからね。」
葛星はハンドナビの小さなディスプレィに映し出されている地図を人さし指でなぞりながら続けて言った。
「しかし不思議だな。毎日、夕食の店を変えては、9時前後に行方をくらませている。それなのにそれぞれの店の位置は、なんら関連性がない。遠くはガスト地域から、近くはマウンテンの麓までだ。彼が姿を消してから同じ場所に向かっているなら、トランスポーターを使うにせよなんにせよ。夕食を取った店から、彼のしけこみ先には距離的な関係がある筈なんだが。いくらプレイボーイでも、夜な夜な違う場所で危険な遊びや、待ち合わせが出来るとは思えないんですがね。」
無論この疑問も、ジュニアが毎晩のようにしけこんでいた遊興地が、葛星のあずかり知らぬ上層階級御用達の場所なら、成立しないのかも知れない。
例えば店側が配車した特別ルートを走行可能な車の存在だとかだ。
が、ジュニアがそういった上流階級のシークレットゾーンで失踪したのなら、キングはいともたやすくこの件に決着を付けていたに違いない。
ジュニアは間違いなく、『葛星の側の世界』で失踪しているはずだ。
だが葛星の世界のプレィゾーンは極端に危険であるが故に、その存在場所は逆に限定されるのだ。
「何処へという問題ではなく、ジュニアは単に束縛から離れたかったとお考えですの?」
シャーロットが自分なりの推理を確かめるように言った。
束縛からの離脱?面白い発想だと葛星は思った。
「束縛というと、具体的には、例えばあなたからの?男は身勝手だ。最初、それを熱望していてもいざそれが成就すると今度は疎ましく感じたりする。あなたは充分魅力的だ。」
葛星は、ジュニアの車がシャーロットの家にあった事から類推して、彼女とジュニアの関係について、ちょっとしたジャブを打ってみた。
「正直に言って、ジュニアは私の事を好いていてくれたと思います。でも、なんだかあの人は少し違う。それに私が想像した束縛というのは、もっと別の事ですわ。キングに表されるものと言ったらいいかしら。ジュニアは自分自身の立場に疲れきっていたようですし。」
葛星はその時に気づいた。
シャーロットに初めてあった時の概視感は、ジュニアの女装姿にあったのだ。
ジュニアが女の姿でギロチンに掛けられたあの時の姿。
あれは、まさしくこのシャーロット・ホワイトを模したものなのだ。
「ジュニア氏は仕事面ではどうだったのですか?」
シャーロットはどう答えたものか怪訝な表情を浮かべた。
「有能であったか?という事なら、その答えは出せませんわ。私の見る限り、キングはジュニアにそれを試させるだけの仕事を彼に与えていなかったように思います。」
「表面だって判らなかったとしても、例えば、ジュニアは、プラグで仕事を能率よくこなしていたという様な事は?」
葛星は、ジュニアがこの個人秘書に対してどの程度の秘密を保持していたのかを知りたかった。
「プラグなんて!」
シャーロットの顔つきが険しくなった。
「失礼しました。」
葛星は彼女に丁寧に詫びた。
一部の人間には(プラグ)と(東洋系)が禁句になる場合がある。
シャーロット・ホワイトは、その口振りからして、彼女の大ボス・キングと同じく、生粋のヒューマンロード主義者の様に見えた。
彼らの教義では、人間は純粋なまま生まれ死ぬ存在であって、ビニィもマシンマンも、勿論、体内に金属を埋め込むプラグに対しても否定的な態度をとるのが常だった。
彼らの考え方はともかく、ジュニアは、自分のプラグ使用を、身近な個人秘書にさえ、隠し通す必要があったという事だ。
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