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第1章 赤と黒
03: ママス&パパス
しおりを挟む「このHPディスケットは、依頼者が送りつけて来た。依頼者はママス&パパスの会長だ。」
ギロチンのシーンを見せつけられて混乱した葛星の頭が、一瞬にして冷めた。
ママス&パパスの会長とは、この世界を運営する為のエネルギー資源調達と運営を一手に引き受ける巨大施設の運営総責任者でもある。
通称、キング。
本当の名前など必要ない、正にキング、王様なのだ。
ママス&パパスは単なる企業体ではない。
アクアリュウム世界の根幹をなすドーム型シールドを保持するものは、同時にこの王国の王でもあるのだ。
それに付け加えて、ママス&パパスはロストワールドの大いなる科学的遺産群を分析し、その構造や使用方法を割り出す戦術的アナライザーマシンを独占保持しているのだ。
そんなママス&パパスに対抗できる企業や組織など、この地上にあろうはずがなかった。
キングにとって見れば五千万クレジットなど端金に過ぎない。
第一、王国の王が自分の国で流通する金に困るわけがないのだ。
「キングが、なぜ俺たちに頼む?」
キングがその気になれば、警察はおろか、国家単位の治安維持機構を全て動かすことが事が出来る筈だった。
「俺も初めは驚いた。だが、依頼を受けたのは、俺たちだけじゃないようだ。キングはそこいらじゅうのヤバイ奴らに金をばらまいている。その訳はこうさ。まぁ多少、これには俺の推理が入っているがね。」
今度は得意げにアレンはコンピューターのスイッチを再び入れた。
「、、おっと。さっきの続きじゃないから、もの凄い目で睨まないでくれよ。こいつが誰かわかるな?」
ディスプレィに今度は一人の青年のバストショットが映し出された。
茶色の目に端正な顔立ち。
「キングの放蕩息子。ジュニアだな?」
この世界の住人で彼の顔を知らない人間はいない。
ジュニアはママス&パパスの美しい貴公子として有名だった。
父親のキングは、小男で醜怪な老人だったが、鳶が鷹を生んだというところだろうか。
「そう。キングが高齢にして初めてもうけた溺愛する一人息子さ。」
「こいつが依頼にどんな関係がある。」
「見てろよ。」
ディスプレィの右側の余白に、先ほどギロチン刑に処せられた哀れな金髪美女がアップで映し出された。
ギロチンディスクの映像では気づかなかったが、こうして見ると異様に皺の少ない肌の綺麗な女だった。
その映像が、キングの放蕩息子の映像の上にオーバーラップした。
細部の差はあったが二人の顔の輪郭が完全に一致した。
「ギロチンにかけられた女だな。ジュニアによく似ている。親戚?キングの隠し子か?」
アレンがにやりと笑う。
「いや違うね。二人は同一人物さ。女の顔の方をよく観察するんだ。何となく肌が変だろう?」
アレンが映像を再び二つに分けながら言った。
確かに指摘されて見れば、女の肌の色つやは、綺麗すぎた。
それはファンデーションによる誤魔化しではなかったようだ。
その皮膚の表面には、どことはなしにビニールの様な光沢さえ感じられる。
葛星は彼が獲物にしている『ビニィ』の名称の謂れを一瞬思い出した。
人類が初めて、外見上、まったく、人と見分けの付かない生命体を、この社会に大量に生み出した時、彼らは生命体に、人間との差別化の為に様々な仕掛けをその生命体に施した。
その差別化の中で最も過激な処置だったのは、皮膚の質感である。
人類は人工生命体の皮膚の表面にビニール状の質感を持つコーティングを、施したのである。
遥か昔、民族と人種が融合仕切れなかった時代、人々は肌の色にさえ差別性を発揮したという。
おそらく、このコーティングの発想もそこから生まれたに違いない。
そしてテカテカと光るビニール状のコーティングは、人間と寸分違わぬ生命体に施される事によって、奇妙な倒錯した存在感を生み出した。
それより以降、人々は、人工生命体を表す蔑みの名称として、彼らを『ビニール人形』と呼んだ。
時代が下り、そういった処置も、人間を模した人工生命体の創造自体が規制されてからも、この蔑称は残り、現在の短縮形の『ビニィ』になったのだと伝えられている。
「マスクをつけているのか、、、。ビニィにも使われている医療用の人工皮膚を応用しているんだな?」
職業柄、葛星はバイオケミカルについての種々雑多な知識は豊富だった。
「後で判ったんだが顔だけじゃない。あのブロンドの髪も含めた体中全部さ。キングの一人息子は女装趣味の性倒錯者だったって訳さ。世間ではびこってるジュニアが札付きのプレイボーイだって噂は、彼の性癖を誤魔化す為のめくらましだった訳だ。」
「それがどうしてギロチンにかけられた?女装が罪なら、ここまで金と手間暇は、かけられないにしても、世間にはそんな人間は、ごまんといる。ギロチンデスクの価格も値崩れを起こす事だろうぜ。」
「そこだ。間違いだったんだよ。ジュニアは間違われて処刑されたんだ。刑場に送られるまでの処刑者のリストには女の名前は確実にあったそうだ。勿論、架空のだが。誰かが実に巧妙に、ジュニアを女装姿のまま、刑場に送り込んだんだ。人の生死に関わる判断について、最近の人間は自分の手をかけたがらない。ギロチンはやるくせにな。すべてコンピュータまかせだ。それが落とし穴になってる。務所から出てきた奴から聞いた話じゃ、最近は臭い飯さえ、エプロンを掛けたロボットどもが運んでくるそうだぜ。データの擬装なんてのは、裁判の記録に限らず、実刑までに使うものでも、誰かのをコピーして改竄すれば出来るしな。すべての用意が調ったら、控え室に拉致したジュニアを置いておくだけで事は済む。」
この世界では、すべての分野においてロボットとコンピュータシステムによる徹底した合理化が浸透している。
文明が進歩したからなどという上等な理由ではない。
第一、それら全ての技術はロストワールドからの遺産であり、ただ使えるという事だけで、その本質を理解する者はほとんどおらず、今以上の発展進化など何一つとして望めなかったし、それらに致命的なエラーが起これば、誰も修復することが出来ない危険なテクノロジーだった。
それでもこの世界の人間達は、それに頼らざるを得ない。
この世界では、徹底的に人間の絶対数が数が少ないのだ。
従って、人間の手が関わらない業務運営に、システムの欠落が上乗せされる時、病院での赤子の取り違え事件以上の事が起こる。
システムが赤を白と言えば、赤でも白なのだ。
しかし、そう言った間違いは、(あくまでも可能性を秘めている)という極めて少ない確率の出来事の筈だった。
「冗談を言うな。警察と司法のシステムは、この世界全体を運行しているものと同じレベルなんだぜ。そんな事が出来るものか?」
そこまで言って葛星は、言葉を濁した。
記憶を無くした葛星自身のIDも、闇で売られているものをアレンが買い取り、それを改竄してアレンが中央に潜り込ませたものだからだ。
IDは単なる登録番号ではなく、その個人のかなり込み入った経歴までが付加されている。
つまりアレンは、葛星の失われた過去まででっち上げる事が出来たという事になる。
確かに司法の持つコンピュータシステムとはアクセスレベルは違うが、ID改竄というかなり高度な部分のそれを、アレンのような一般人がやってのけるのだ。
架空の犯罪人のデータを作る事は夢のような話ではない。
しかし、それを差し引いても、信じがたい話だった。
第一、この話には、通常の犯罪にあるような動機がにおわないし、何よりも話の筋立て自体がデタラメだった。
「それに、なにより本人が抵抗するだろうが?暴れるだろうが?みんなが見ている前で自分が被っている女の皮を引き剥がしてみせればそれですむ。」
それがこの話の最大の疑問だった。
葛星は、これ以上、死刑囚をすり替えるなどという馬鹿げた話に付き合いたくはなかったが、依頼者がキングである事をかろうじて思い出し、アレンの話をもう少しだけ聞くつもりになった。
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