姿食堂始末記 ヤンキー君は隠れ、男の娘は惑う

Ann Noraaile

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第7章 始末

49: カレードリア

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 姿食堂の奥にあったタコ焼き台はもうない。
 神無月は遅い時間にカウンター席に座った。
 遅いと言っても、岩田や鉄馬らが暴れ回っていた頃と比べるとなんの事もない。
 学校中が振り回されていたのだ、やはり彼らは、近年まれに見る飛び抜けたレベルの不良達だったようだ。

 彼らの動きが沈静化したことによって、少なくとも一部生徒達の間に漂っていた異常な緊張感はなくなっていて、今、神無月が関わっているのは、女子生徒同士のトラブルの仲裁だった。
 この件には、親まで出てきている。

 もちろんそういった生徒指導は神無月の役所ではなく、当該生徒の学級担任と桜田や加賀美が中心にやっていた。
 教師が関わったからと言って、上手く行くとは限らないのだが、こういう問題を放置しておくと必ず陰湿ないじめに繋がっていく。

 トラブルが大きく表沙汰になる事は、当該生徒にとっても教師にとっても楽な事ではないが少なくとも今以上は悪くはならない。
 下手な対処療法にしか過ぎないが、大人の監視の目が届き、本人達もそれを意識するから、ある程度の抑止力が発生し、次のいじめのステージに進まなくなくなるのは確かだ。
 神無月がやっているのは、保護者同士の話し合いの場の段取りや、夜遅く帰宅する女子教員達の見送りといった所だった。


 調理場の奥から、騒々しいやり取りが聞こえる。
 やってるな、と神無月の顔が思わず緩む。

「おう、お客さん。今夜は、まあまあましな顔してるな。」
「まあね。俺も長期戦に慣れて来たって感じですかね。でも奥で結構激しくやってましたね。聞こえてましたよ、いつも、こんなの?」
「?、、そうか、今は丁度、キョウが上がる前の時間なんだよ。最近は、仕込みとか色んな事をさせてるんだ。メニューも増やしたしな。でも実際は、キョウの方が主導権を握ってる。上がる前に、あれを気をつけろだとか、あれはこうしてだとか、色々五月蠅いんだよ。」
 神無月と親父がそうこう話している間に、調理場横の出入り口から恭司が飛び出してきた。

「あっ!カムイっち、今度ね!」
 あっという間に姿が見えなくなって、店の外でカブのエンジンがかかる音がした。

「なんだか、慌ててましたね?」
「女の子から呼び出しがあったみたいだな。」
「彼女?」

「いや違うみたいだ。芸人の卵だそうだ。写真見せて貰ったが、金髪の派手な頭してたよ。キョウいわく、夢を追いかける同志だってよ。」
「フーン、それで飛び出ていくみたいにしてたのか?」

「いや、この時間はいつもあんな感じだ。ただし、家に勉強しに帰るんだ。スケジュールを1分でも崩すと気持ちがグズグズになるから絶対時間厳守だってよ、親父とえらい違いだ。今、勉強がのってるらしい。急に視界が広がってきたとか言ってたな。時間が欲しい、足りないってな。だったら、こっちは手伝わなくて良いって言ってあるんだが、」
「そりゃ無理でしょ。キョウ君の性格なら無理だ。あっ、新メニューでカレードリアがあったでしょ、あれ下さい。」

「あいよ。ルーはキョウが仕込んだ奴だから味は保障しねえよ、でもカレー喰った奴はみな美味いって言ってるけどな。」
 嬉しそうに調理場へ下がる親父の背中を見ながら、神無月はここ最近の姿食堂の変化を思い出していた。

 キョウは王と別れたらしい。
 どういう経緯があったのかは親父が聞き出せていないし、聞くつもりもないらしいが、別れたのは確かだという。
 キョウの雰囲気を見ていると、自分から身を引いたという感じらしい。

 そして間近に迫っていた高校の卒業、、そんなある日、親父はキョウの口から大学に行ってみようかなという相談を受けていた。
 それを受け、この親父・姿四郎は、大学進学の為の費用はなんとかしてやるとキョウに宣言したようだ。
 「気にするな、貸してやるだけだ。お前の親父から、その金は俺がふんだくってやる。」と言ったらしいが本当の所は判らない。

 そして恭司は、大学への進学を高校卒業後の一年後に設定したようだ。
 中学校で不足し高校でさぼった勉強の分を取り戻す為と、本格的に絵の勉強をするためだった。
 
 表面に綺麗な焦げ目がついたカレードリアを、親父が慣れない手つきでカウンターの上に置いた。
 深夜の食堂よりは、ファミレスに似つかわしいメニューだった。

「ねえ、親父さん?ほんとに大学の事、面倒見てやるつもりなんですか?言っちゃ悪いけど、キョウ君のお父さんから、金を回収なんて無理でしょ。」
「キョウだって判ってるだろ。この分で、かかる金は何年かかっても自分で返すつもりでいるさ。だから、こっちはいいって言ってるのに、この店でバイトまがいの事やってる。確かに、奴が本気で手伝い初めてから売り上げが上がってるしな。だがどうせなら、勉強に自分の時間を全部つっこんで欲しい。、、あいつは俺の息子みたいなもんだ。親が自分の息子の進学に、金を出してなんの不思議がある?」

「へーっ、いつも他人の息子に口はだせないって、言ってたような気がするけどなぁ。」
 神無月はわざと小声で言って、ドリアの表面にスプーンを突っ込んだ。
 そこからカレーの匂いと湯気が立ち上る。

「、、烈がいない時は、キョウは俺の息子だ。烈が帰ってきたらキョウは烈の息子だ。」
 親父は腹から吐き出すように言った。
 烈とは佐久間烈、佐久間恭司の父親の名前だった。

「そうそう、お客さんが面倒見てたガンって生徒はどうなったんだい?」
 普段は、自分の方から相手の事情に触れてこない親父が珍しく、その方面に手を突っ込んできた。
 余程、話題を変えたかったのだろう。

「俺、ガンの面倒は見てませんけどね。、、引っ越しましたよ。爺さん婆さん父親母親、一家まとめてね。ずっと前に、ここに連れてきた女の先生憶えてるでしょ。あの人が色々、骨を折った。まあ岩田家にとってみれば、心機一転、母親の転地療法、、見たいな感じかな。周りの大人たちが、ガンを中心に据えて、この話を前に進めたのは、とっても凄いことだと俺は思ってる。、、こうして見ると、大人もまんざら捨てたもんじゃない。でも皮肉な事に、この展開の突端は、王の買収なんだよな、、。あの買収がなければ、何も進まなかったかも知れない。」

 いや本当はそれだけじゃない。
 一番、大きいのはガンだ。
 ガンがやったあの行為の意味を知って、周りの大人達の心が動いたのだ。
 動かなかったのは、精神を病んだ母親だけだが、今のガンは、「母親に殺されそうないたいけない子ども」じゃない。
 今のガンは、大人のヤクザ相手にひけをとらない喧嘩をする「強い不良」なのだ。
 今後はガンが、そんな母親を、全ての不安や恐怖から守る方にまわるだろう。

「王か、、、。最近、あの片桐と手打ちをしたそうだぜ。つまり業務提携ってわけだな。ケッ!どんな中身か知りたくもねぇ。」
「浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ、、ですね。石川五右衛門の辞世ってのが目立つけど、それより、世に種は尽きまじって部分の方が重要だ。」

「おつ、さすが国語の先生だね。でも、もうそろそろドリア喰ってくれ。冷めると不味いんだろそれ。儂、しらんけど。キョウにはそう言われてる。」
「そうでしたね、俺も調子にのってもたわ、、。」
 キョウが作ったらしいカレーの味は、なかなか良くできていた。










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