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第6章 激情
44: 妖精
しおりを挟む「……俺は女が好きなふりをして、つまり表向きはノーマルな男のふりをして、こっそりを楽しんでいたんだよ。オカマといってもな、俺が求めているのはペニスの付いた美女だ。妖精だよ。妖精と一緒にいると、自分が選ばれた特別な人間のようにも思えるしな。」
王の眼が、それがお前だという風に、キョウを見つめてくる。
「ところが、ある日、俺は気付いたんだよ。世間体や体裁を気にする必要があるのか?と。キョウも、うすうすわかっていると思うが、俺はかなりきわどい商売をやっている。ひとつ間違えばムショ行きかもしれんリスクと隣り合わせの商売だ。体を張って荒っぽい稼ぎ方をしているくせに、自分のセックスの趣味を、こそこそ隠してどうするんだ? 俺はそんな肝っ玉の小さい男じゃなかったはずだ。人が俺のことをどう思おうと、そいつの勝手、俺はいっさい気にすることはない。俺は好きなように生きてゆけばいいんだ、堂々とな。」
そうやって王は妖精と出会い、今は異国の地で、自らの手で自分の為だけの妖精を育て上げようとしているのだ。
キョウは思った。
・・・そのとおりです、王さん……とかを、こんな場面では言いたいのだけれど、この人にとって、自分がどんなな位置付けになっているのか、まだはっきりとはわからない。
この人にとって、わたしはただの妖精・セックスドールかも知れないし、それとも、もう一歩踏み込んで、強い絆で結ばれた愛人になることを求められているのかも知れない。
わたしのほうは準備はできている。
この人に望まれるなら、喜んでいっしょに暮らしたい……筈だった。
「キョウは『蠱惑』で、いろんなものを目にしたな?」
「はい」
「健全な生活を営んでいる人々には見えない世の中の裏側で、過激な性嗜好がまかり通っているのを目撃しただろう?」
「はい」
「、、キョウ、快楽と幸福とはちがうんだよ。」
「…………」
「幸福は永続性を求めるから、どうしても守りに入ってしまう。だが、快楽は常に攻め続けなければならん。一瞬の刹那の極楽を享受するために、冒険をしなけりゃならん。わかるか?」
それは、わからない……。
そもそも王の言う「快楽」と、自分が考えている「快楽」とは別物のような気がする。
キョウはそう思った。
「キョウは本物の快楽を知りたいのか?」
キョウは、ほんの少し、思案した。
ここまで来たら、もっと深い快楽を味わってみたい……頭の何処かで、それは違うという理詰めの声が聞こえたが、ではなぜ、人は本来、生殖を求めるだけの性交時に何故、快楽を感じるのだと言う意地悪な声も聞こえた。
そしてその声の方が、本当のような気が、キョウには感じられた。
たとえ、その欲求に従う事がパンドラの箱を開けることになっても。
世間の表向きの価値観では、人々は通常の生活のウェイトとセックスのそれを上手く組み替えて見せている。
それが失敗するといわゆる「不倫騒動」とかになって、世間から叩かれる。
つまりほどよいバランスを守れという事だ。
王はかなり真剣な眼差しでキョウの返事を待っている。
キョウは羞じらいを含んだ小さな声で「教えてください」と答えた。
「そうか……」
「…………」
「キョウ、快楽自体は自己本位なものだ。誰かに愛情を捧げるのとはちがうぞ。」
「…………」
え……?と思った。
キョウは、何だか話の雲行きが怪しくなってきたような気がした。
信じて、この道を進もうと決めた部分が、またあやふやになる。
カムイが言った「充分か?それは本当か?」という問いが、思い起こされる。
自分に合ったとても気持ちのいいセックスをして、その後、ふたりは末永く幸せに暮らす、あるいは暮らせなくても相手への思いだけは尽くす……そういうものが、キョウの考えている快楽の結末だった。
「もう少し考えてみなさい」と言ってから、王は半身を起こしスマホを手に取った。
窓の外は白々と明るくなってきていた。
王は部下に、仕事の指示をしているらしい。
キョウは、今日、何かとても重大なターニングポイントを通ったような気がしていた。
「キョウ、会社に出るのは午後からにする、俺は眠い……」
そう言って、王はベッドに仰向けになり、キョウが腕枕できるように手を伸ばしてくれた。
王がこのまま眠ってしまう前に、言わなければならないと恭司は決心した。
「今までいろいろな面倒をみて貰って感謝してます。でも私、まだお願いがあるんです。欲どしいやつと思わないで、それは王さんにしか出来ない事だから。」
「なんだね、言ってみなさい。私はキョウの事が少しは分かっているつもりだ。余程、大切なお願いなんだろう。」
キョウは思い切って岩田 瞬の事を話した。
王は何も口を挟まずに一部始終を聞いた。
「判った。タイラン達には手を引かせる。ズームォの失明については、男と男の勝負の結果だ。どっちがどうなっていたかは時の運だからな。それを根に持つような者は、王の家には必要ない。薄っぺらい復讐心と仲間への気持ちは別のものだ。彼らには言って聞かせる。我々への侮辱の件も、その少年の背景を聞けば、第二次的なものなのが判る。それに我々は国を背負ってここにいるわけではない。我々に重要なのは、我々自身の誇りだ。彼らは、それも理解するだろう。」
それを聞いてキョウはホッとした。
「だが二回目に同じような事があれば彼らは止まらないし、俺も止めるつもりはない。つまりあの店についての買収は今のまま続けるということだ。この世に、永遠に続く事など何一つとしてない。俺が買収を続けようが止めようが、老夫婦にも、その苦しみに狂った母親にも、時による変化は等しく訪れる。だがそれが必ずしも悲劇を招くとは限らない。変化は同時に、硬直した状況を打開させる力もある。俺はそれを受け入れて、ここまで来た。人にその生き方を勧めるつもりは勿論ない。だがガンと言ったか、その少年を含めて、彼らには上手くやって欲しいとは思っているよ。、、それでいいかね。」
「ハイ」と恭司は短く答えた。
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