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第6章 激情
42: 卒業写真
しおりを挟む月曜の夜は、結構時間の遅い食堂通いになった。
職員会議が長引いた上に、そのあとから校内で起こった喧嘩の事後指導もやったからだ。
同じ学年として加賀美も残って指導に加わっていた。
なになに先生は、誰それの生徒担当などと言って居られない状況がずっと続いている。
かと言って逆に、岩田学級の問題児を、他の教師が何とか出来る筈もなく、結果的に加賀美は担任枠を越えて、全ての問題児に関わっている。
何時ものように、そんな加賀美の強さに圧倒された思いを引きずりながら、神無月は姿食堂の暖簾を潜った。
入った途端に店の中の異変に気づいた。
だがその原因が分からない。
いつものようにカウンター席に座ってから、やっとその異変の原因に気が付いた。
キョウの使っていた、たこ焼き台がなくなっていたのだ。
「キョウが来てるよ。片付けにだ。いよいよ此処を出ていく決心をしたらしい。」
親父がカウンターから顔を覗かせて挨拶代わりにそう言った。
「そうですか、、。」
「俺はもう奴には、何にも言えねぇ。」
そう言って親父は再び調理場の奥に引っ込んだ。
調理場の奥においてある、見たくもないテレビを眺める為だろう。
恐らく客がいない時にはキョウと顔を合わせない為にずっとそうしていたのだろう。
そんな親父と入れ替わるように、何時もの調理場奥の袖口からキョウが顔を出した。
もしかしたら跡片付けが終わったあと、神無月が来るのを待っていたのかも知れない。
キョウは青いキャップをかぶっていた。
長くなった髪をその中にまとめ入れているのだろう。
「こんばんは~」
色艶が増している。
今はどう見てもボーイッシュな女性にしか見えない。
急激な変化だった。
キョウを見る神無月の意識が変わったからか、今までそうなる事を押し留めていたキョウの心の制御が外れたためか。
「キョウ君、ちょっと店の外に出ないか?店の横のカブ置き場の所に座る場所があったろう。あそこは街灯の明かりもある。」
「お腹空いてないんですか?」
「さっきまでペコペコだった。今は全然だよ。」
「じゃデートしちゃおう。薄暗がりの街角で話し込む二人、なんだか学生みたいですよね。」
「君は学生だ。」
神無月の声が硬かった。
二人はカブが止めてある側に積み上げてあったビール瓶ケースて出来た台の上に並んで腰をかけた。
「あっ、そうだ。これをカムイっちに見せておこうと思って。」
そう言って恭司は大きめの胸ポケットに突っ込んであったポケット本を取り出した。
表紙には「料理便利帳」の類のようなタイトルがあるが、そこに1枚の写真が挟んであった。
「これ。」
恭司がその写真を抜き出すと神無月に手渡した。
街灯の乏しい光の下に見えた写真の中に、二人の男が格好を付けて肩を組み合っている。
「ちょっとやんちゃな感じだけど格好いい人らだね。誰これ?」
「見て、わかんない?あっ、その頃髪伸ばしてるからか、左にいるの、あのおやっさんだよ。四郎と烈の不良コンビって有名だったらしいよ。烈って言うのは、俺の親父の名前。」
言われてみれば確かにそうだった。
現在の親父は坊主に近い短髪で皺も深いが、鋭そうな顔つきは写真と同じで、それに加えて独特の愛嬌があるところは全く変わらない。
おそらく女性にもてたに違いない。
「となりにいる大きい方が俺の親父。」
リーゼントで苦み走ったダンディという所か、こちらも女性にモテそうだった。
体格ががっしりしていて、恭司とはあまりにていない。
恭司はおそらく母親似なのだろう。
「その写真、こないだ家を大掃除してたら、親父の小さな本棚の中で見つけたんだ。」
「、、、親父は写真とかが嫌いで、家族の写真とかもないんだよね。たぶん、とっかえひっかえ女の人と深い仲になってたから、そんなの一々残しておくと大変だと思ってたんじゃないかな。なのに、その写真は本棚の中の『成功者の10の秘訣』とかいう下らない本の中に、しおり代わりに挟んであった。そういえば、一時、親父が俺の写った写真をしらないかって騒いでた事があったっけ。多分、自分で本に挟んでおいて忘れたんだと思う。そういう奴だったから、、。」
「なんで、コレを俺に見せてくれたの?」
「、、それは、カムイっちが姿食堂の常連さん、、だからかな。ねえ、先生って強制的に転勤になるんでしょ。」
「そうだね、一つの学校にいるのは上限がある程度決まっていて、時期が来れば配置転換になるな。」
「学校を変わっても、姿食堂を忘れないで、来て欲しいんだ。だから俺、カムイっちを思い出とか思い入れで、この姿食堂に縛り付けてやろううと思って、、、。」
自分がここからいなくなっても、、、あるいは最後に自分の事をもっと知っておいて欲しい、、そういう意味だと神無月は気付いた。
「おいおい松任谷由実の卒業写真の世界かよ。」
そうふざけて言ってから恭司に『松任谷由実の卒業写真』の意味が通じるか心配になりつつ神無月は写真を恭司に返した。
「そうそう、学生で思い出した。あーあ俺、カムイっちに退学届の保護者欄書いて貰おうかな?」
「、、今度は、なんのひねりもないな。下らない冗談言うな。」
神無月は半分本気で、強い口調で言った。
「だっておやっさん、頼んでも、俺はお前のおやじやないからって書いてくれないんだもん。こっちの世界で気を許せるのは、二人だけなんだけどな。」
「じゃ、君の世界の信頼出来る人に書いてもらえ。俺はそんな事をする人間を信頼しないけどな。」
「、、意味分かんないよ。なんでそんなに、俺を虐めるのかな?俺はこのままズルズル高校生からフェードアウトする事だって出来るけど、そうすると色々迷惑かけるじゃん。俺そういうこと、したくないし。」
「そうじゃないだろ。そうやって自分を追い込んで、踏ん切りを付けたいんだろ。つまり、自分のしようとする事に、まだ迷ってるって事じゃないのか?」
「カムイっちも、せめて高校は出とけ派?高校出てからでも遅くないだろ派?」
「どっちでもない。俺は君の家庭の事はよく知らないが、父親がいるんだろ?せめて父親とは話をしろっと言ってるんだ。」
「俺の父親の事、おやっさんから聞いてるでしょ。子供への説得力なんか全然ないろくでなしだよ。」
「それは聞いて、知ってるよ。何も親の許可を得ろって言ってんじゃない。どういう結果になるか知らんが、せめて教えてやれと言ってる。」
「どこにいるかも分からないんだぜ?」
「それ、お前が本気で知ろうした上で、言ってるのか?」
「、、なんで今日のカムイっちは、そんなに絡むの?」
「お前が逃げてる気がするからだ。別に俺はお前がどんな道を進もうと構わないし気にしない。つまり男が好きでも、女の子になりたくてもだ。それどころか、そんな事を言ってる俺は、お前に最初にあった時から、お前が好きだったし、今でも好きだ。わけがわからんが、それで十分だ。それで満たされてる。だからこそ、お前が俺から去るのが身を切られるみたいに辛い。お前は、どうだ?今十分か!何か欠けていないか?俺には欠けているように見える。」
神無月は自分自身で支離滅裂になっている事を自覚していた。
こんな事を生徒が作文に書いてきたら添削しまくっているだろうと思った。
「ふう、、。なんだか無茶苦茶だね。でも嬉しい。カムイっちの言い方を借りると、心が満たされる気がする。、、あの人は好きだけど、カムイっちも好きだよ。もっと話そう?」
神無月は桜田の言葉を思い出した。
『人は抱えきれない思いを、自分が信頼できる人に漏らしてしまう。そしてそれを受けた人も心が一杯になった時、形をかえてその思いを漏らす。それが繋がるって事だと思います。』
「君が一番最初に俺に教えてくれた少年の事を覚えているか?」
「ああ、岩田君だよね。」
「俺はなんだか、その岩田が俺と君を結びつけてくれたような気がしてるんだ。」
「変なの。さっきは一目で俺の事気に入ってくれたって言ったのに。俺だってそうだったよ。」
「そうじゃないんだ。俺の話を聞いてくれ。そしたら、俺の思いが分かってくれると思う。」
そう言うと、神無月は岩田の事を話し始めた。
キョウが聞き入っていた。
泣いていた。
「、、分かったよ。よく判った。考えてみる。何も変わらないかも知れないけど、自分には精一杯向き合うし誤魔化さない。、、それと俺、岩田瞬の事、力になって上げたい。」
恭司は街灯の光の下でそう言った。
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