姿食堂始末記 ヤンキー君は隠れ、男の娘は惑う

Ann Noraaile

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第6章 激情

41: 修羅

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 その日、美有香が恭司の元へ訪ねてきたとき、彼女はただならぬ気配を発していた。 
 恭司には、その理由がわかっている。
 ここ2ヶ月ばかりというもの、恭司はあれこれと理由をつけて美有香を避けていたのだ。 

 王とこんな関係になってしまった以上、美有香と別れなければならない。
 しかし、別れる事情を美有香にきちんと説明するのが億劫で放ったらかしにしていたのだ。
 美有香が嫌いになったわけではない。
 もう、女性そのものに食指が動かなくなっただけで、恭司のほうの変化なのだ。 

「恭くんね、このごろ、ちっとも私と遊ぼうとしないよね……」 と、美有香は恨みがましく言う。 
 ずっと恭司が思ってきた美有香戸は違う姿だった。
 美有香は狭い恭司の部屋を見まわしながら、鼻をヒクヒクとうごめかせる。 

「恭くんってさ、ひょっとして、浮気してない?」 
「え?」 
「だってさ、この部屋、女の匂いがするよ。恭君の女装遊びのレベルじゃない。前はこんなじゃなかったよ。」 
「香水とかファンデとかの匂いなんだけど、私の知ってるのともちがうし。だからさ、誰か、ほかの女とか連れ込んだり、してる?」 
「…………」 

「恭くんがさ、他に好きな女のコができて、って、それはそれでいいんだけど、私に隠れてコソコソするなんて、よくないと思うよ。」 
「…………」 
「そういうのって、卑怯だと思わない?心変わりがしたんならそう言って。」 
「…………」 
「あたし、恭くん信じてたんだけど、裏切られちゃったのかな?」 
「…………」 

「そりゃ、私はこんなだしさ、恭くんが同じ国のかわいいコが気に入ったっていうんなら、ま、仕方ないんだけどさ。それ黙ってやる?コケにされた私が黙って引き下がると思う?私、差別も嫌いだけど舐められるのも嫌いだよ。」 
「……誤解なんだ……」 
「うまくごまかして、言い逃れしようとしてもダメ。どういう誤解なのか、きちんと説明してよ。」 
「…………」 

「ほら、説明できないじゃないの。」 
「……俺が、ここで毎日化粧するんだよ」 
「あらあら、追いつめられたからって、そんなバレバレのウソ言ってさ。冗談じゃないわよ。ったく。私もさ、恭くんが女装すんの知ってるけど、あれ遊びでしょ。そんなドップリじゃないじゃん、だって男の格好だって、女の子に充分もてるんだから。」 

「ほんとだよ。」 
「じゃさ、恭くんが家の中でも、ずっとお化粧してスカートはいたりするわけ? もっと上手なウソつきなさいよ。」
「ウソじゃないって。」 

「ウソに決まってるでしょ。なによ、人をバカにするにもほどがあるわよ。」 
「じゃ、証拠、見せるよ。」 
「へえー、証拠ねえ、」 

 恭司はクロゼットを開けて、その狭いスペースの奥に、男もののセーターやコートで隠してあったピンク色のスーツを美有香に見せた。
 王に買ってもらったスーツだ。
 女性なら学生でも、それが生半可な女装趣味で手が出せるようなものではないことがわかるはずだ。
 それに、自分で買ったワンピース、スカート、キャミ、ストッキング……、と次々に取り出して見せた。
 メイクアップ用品ひとそろえ、さらに、宛ママから貰ったウィグがふたつ。
 普通の女性では全部は揃えられない高級ラインナップだった。 

「うっそお! うそでしょ!」 
 美有香を驚かすには十分だった。 

「うわっ! このブラって、おっぱいみたいなパットが付いてるじゃん。なによ、これ、こんなエッチなスキャンティはくわけ? なによ、これ、うわっ!」 
 美有香はわざと大きな声で騒ぎはじめた。 

「……ふーん、女装趣味かぁ……。そこまでのめり込んじゃってたんだ。恭くんは、あどけない顔立ちだし、細くって色白だからさ、お化粧してスカートはいたりしたら凄く似合うよね。それ友達から話には聞いてたよ。でも私の前では、そういうの忘れてたんだと思ってた。でもさ、私の前でも女装したいなら、そう言えばいいのに。オッケーだよ、まさかホモに走るわけじゃないんだからさ。」 
 恭司はギクリとなった。
 その動揺が顔に出たのを美有香は見逃さなかった。 

「え? まさか?」 
「…………」 
「恭くん、まさか、そんなことないよね?」 

 美有香にじっと見つめられて恭司は窮した。
 美有香は、ちょっとやそっとで引き下がる性格の女ではない。 
 恭司は、すべてを打ち明けざるを得ない、と悟った。 
 王という男の存在、すでに肉体関係があること……を、恭司はボソボソと白状した。 

「ちょっとまってよ、私、混乱してきちゃったわよ。ちゃんと整理しないとついていけないわ。恭くんってさ、私と付き合う前からホモだった? ちがうよね。女の私とちゃんとできたんだからさ。ひょっとしてバイだったの?」 
 女装して遊んでたのは君も知ってるとおりだけど、君と付き合って、男と本気でセックスするなんて論外だった、と恭司は説明した。
 ところが王と知り合ってからは、なにが何だかわからないまま、深い情交を重ねるようになってしまったのだ……、と、幾分、恭司は言い訳めいて言った。 

「ふ~ん……、じゃさ、その男のひとにレイプされちゃったわけね。それでさ、仕方なく付き合ってるってわけなのね。」 
「…………」 
「恭くん、それウソでしょ」 
 恭司は、美有香に、すべてを見透かされたような鋭い視線で見つめられた。 

「嫌々ながら、その男のひとに抱かれてるなんて、見えすいたウソ言うのやめてよね。嫌だったら避ければいいじゃん。私を避けるみたいにしてさ。でも、本当は、恭くん、お化粧してさ、スカートはいてさ、いそいそと、その人に会いに行くんでしょ?」 
「…………」 

「そのひとって、50越えたオヤジなんでしょ? そんなオヤジにオカマ掘られるのがうれしいわけ?」 
「…………」 
「恭くんって、そんなヘンタイのホモだとは思わなかった。あ~あ、幻滅だよね」 
 美有香の目が残酷な光を帯びてきたのを、恭司は感じた。 

「それでさ、そのオヤジに、お尻にハメられるんだよね? ハメられて気持ちいいわけ? あ、訊くまでもないよね。気持ちいいから、そっちのほうに走ったんだもんね。どうせホモするんなら、もっと若い男相手にしなさいよ、よりによって50オヤジだなんてさ、キモイじゃん。」
 恭司は黙って聞いているしかなかった。
 美有香は逆上している。
 自分を捨てて男とセックスしはじめた恭司を許せない、憤懣やるかたないのだが、その怒りをどのように表していいのかわからない、そんな感じだ。 

「恭くん、女になりたいわけ?」 
「……いや、そうじゃないんだけど。」 
「なによ、きれいにメイクしてウィグかぶって、おっぱいつきのブラして、こんなピンクのスーツ着てさ、男に抱いてもらいに行くんでしょ。女になりたいのと、どうちがうわけ?」 

「恭くん、そのオヤジと、キスなんかする?」 
「……うん」

「なあんだ、やっぱ女じゃん。あたしとキスするより、そのオヤジにキスしてもらうほうがいいんでしょ?」 
「…………」 

「恭くん、女だもんね。だったらフェラなんかもしてあげるわけ?」 
「……うん」 
「げっ! ほんとにするの?」 
「…うん」 

「うわっ! 恭くん、男のくせに男のをおしゃぶりするの? 50越えたオヤジだよ……。恭くん、見そこなった、恭。くん、そんなの不潔だよ。」 
「…………」 

「よ~し、こうなったら恭くんに全部自白させるまでは帰らないからね。今まで私と付き合ってたんだからさ、ちゃんとした説明責任があるはずでしょ、わかってる?」 
 美有香はネチネチと問い詰めてくる。
 仕方なく、恭司は王との肉体関係を赤裸々に告白した。 

「うっ! セーエキ飲むって、それって、かなり異常じゃない? ふつうはさ、夫婦でもそんなことしないよ。ま、フェラぐらいはしたげるけどさ。あれってさ、子供つくるのに必要なわけでしょ。飲んだりするもんじゃないでしょ。ま、女ならさ、淫乱でスケベでってコは飲んだりするかも知れないけど、恭くんって男だよ。50オヤジのセーエキ飲むなんてさ、それってアブノーマルだよ、恭くん、変態オカマに成り下がっちゃったのね」 
 美有香は面と向かって恭司を蔑みはじめた。
 やり場のない怒りが恭司を侮蔑する方向に向いたようだ。 

「それでさ、どんな味がしたのよ?」 
「…………」 
 恭司は、あの夜、王に口内射精されたときのことを思い出した。  
 「キョウ、口をあけるんだ」 と、命令されて、恭司は口紅のはがれかかった口唇を開いていた。 
 硬くて熱い……。 
 王は自らの手指で摺り上げてフィニッシュを迎えようとしていた。
 恭司は口を開いて射精されるのを待っていた。 
 「キョウ、いくぞ」 
 そのとき、恭司は頭がクラクラするほどの甘美な衝撃を感じたのだ。 

「恭くん、恥ずかしくない?」 
「なにが……?」 
「なにが、って、恭くん、ちっともわかってないのよね。」 
「…………」 

「世間ではさ、男のくせにさ、お化粧したり、スカートはいたりするのって、恥ずかしい事なのよ?本当にわかってる?他のみんなはノリで恭くんの女装を楽しんでるだけ。それって、十分に恥ずかしいんだけどさ、私は心が広いから、つき合っててもそれくらいはずっとゆるしてた。けどね、50のおやじとホモるってのはかんべんしてよ。恭くんはさ、女役なわけでしょ。おかま掘られて悦んだりしてるわけでしょ。恥ずかしくない?」 
「…………」 

「それでさ、フェラして、セーエキ飲む、ってサイアクじゃない? そういうのって、男としてさ、恥だと思わない?」 
「…………」 

 恥ずかしいに決まってるじゃないか、でも俺のはそういう表面的な事じゃないんだ、と恭司は美有香に反論したかった。
 だが、今の美有香に何を言っても無駄だと恭司は思った。
 美有香は、既に恭司を侮辱して楽しんでいるのだ。
 いつもの、差別と真っ向から戦う理知的な彼女ではなくなっている。
 そしてそうさせたのは他ならぬ恭司だった。
 
「私、恭くんって、ホントはまともな男だと思ってたのにぃ」 
 ・・・まとも、まともってなんだよ。
 ・・・だけど、どうしようもないんだ。こういう星の下に生まれてきてしまっているのだから……。 

「恭くんのお父さんって、今長期出張中なんでしょ。帰ってきたらどーすんの。恭くんが本物のおかまになったりしたら、どーすんのよ? お父さんの顔にドロ塗るつもり?」 
 余計なお世話だ!うちの親父はホントは出張なんかしてない。
 金だけは送ってくるが、行方不明だ。
 第一それ、おまえが心配することじゃないだろ!と、美有香に言ってやりたかった。 
 その事は、美有香に指摘されるまでもなく、恭司自身が深く悩んできたのだ。 

「あ~あ、大失敗だったな。恭くんって、変わってるけどさ、優しくて、理解力があって反差別でさ、けっこういい恋人だなって思ってたのに、おかまになっちゃうなんてね。」 
 優しい、というのは、美有香から見ると、自分の言いなりになる、という意味だろう。
 美有香のいう反差別の意味も分からなかった。
 差別は民族や国籍に対してだけ起こることじゃない。 

「ま、仕方ないわね。恭くんは、もう、まともな男に戻れそうにないんだからさ。恭くんは恭くんで、そういう風に生きてけば? で、これで、私とはお別れにしましょ。私、他にいい男、探すからさ。」 
 もっと烈しい修羅場になるのかと覚悟していたが、美有香はあっさりと引き下がった。
 どうやら、嵐の直撃は免れたようだ。 

 ただしこの修羅場の幕を下ろしたのは憎しみや悲しみではなく、侮蔑の感情だった。
 もう、恭司はまともな男に戻れそうにない……、と言ったときの美有香の表情は、あからさまに恭司を蔑んでいた。 
 反差別と言いながら、実は世間的常識に寄り添って生きる美有香にとっては、今の恭司は軽蔑すべき男なのだろう。

 きれいにお化粧して、年上の男にアナルセックスしてもらって悦んでいる自分……、まして、相手は父親ほど年の離れた男なのだ。 
 蔑視されて当然なのはよくわかっているし、実際、蔑まれるとみじめな気分になる。
 けれども、王に抱いてもらうときの愉楽、いや何よりもあの安心感を得るためには、恭司はどんな代償を払っても

いいと思いはじめていた。 

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