27 / 51
第4章 侵犯
27: 正義の味方
しおりを挟む神無月は、四角く切ったレーズンバターを爪楊枝でつまんでいる。
亀谷のアテは、冷や奴だ。確かに栄養補給にはなるだろう。
この店で出されるものは、標準的なスナック店の価格としては全品安いが、もちろん原価自体が安いものしか置かれていないので、特に店として身を切るようなサービスをしているワケではない。
最近はどんな食品にも、A級からZ級までの差があるんだぜと、姿食堂で教えて貰った。
『超裕福層が食べるものから、ド貧民までな。もちろんド貧民用の食材を仕入れて、裕福層価格で誤魔化して売れば儲けは広がるに決まってるけど、それはその店の値打ちに関わってくることだから考えないとな』と親父は笑っていた。
『自分の舌で本当の食べ物の値打ちが判る人間てのは少ないんだ。大体が、見た目やネームバリューで騙される』とも親父は言っていた。
それを考えると、この店は、この立地で、この利益幅、、微妙だなと神無月は思った。
だが、ここに集まった者は皆、満足そうに見えた。
それはなけなしの金で、けれどその日はなんとか工面が出来る金で、自分が失ってしまって今は手が届かない「女の匂い」や「家族の匂い」で、束の間、心が満たされるからだ。
ジンリーが亀谷の空になりかけた梅チューハイのグラスを見て「もう一杯飲む?」と聞いてきた。
イントネーションが微妙に違うが、問題のない日本語だった。
亀谷が「ああ頼むよ」と答え、ジンリーはグラスを引き下げるときに、何気に「お客さんは歌わないの?」と神無月に聞いてきた。
「ああ、歌がへたくそでね。」
「ここはカラオケ居酒屋だよ?」
ジンリーが悪戯っぽく言った。
だがそれだけだった。
ジンリーはグラスを持って奥に引っ込んでいく。
「彼女、言葉が達者ですね。」
「だろ、あれでも中国人ぽくするために、ワザとイントネーションを変えてるんだぜ。向こうじゃ日本語を勉強してたらしい。そこを見込んで、わざわざ王が呼び寄せたんだ。今は慣らし運転中ってとこだろ。しばらくしたら、彼女、王の秘書かなんかをやってるんじゃないか?」
「ここらへんの事業展開が、軌道に乗ったらって事ですか?」
「そうなんじゃないの?」
亀谷はたいして興味がなさそうに答えた。
ジンリーがグラスを持って戻って来た時、店に次の客が来た。
雰囲気からするとグループ客のようだ。
年長の女性の方が、その客に声を掛けたのだが、その声が緊張しているように思えた。
神無月が何気なく、入り口の方を見ると、そこにキチ達がいた。
メンバーは片桐とキチ以外に、見知らぬ二人の男がいたが、一目で筋者とわかった。
キチの方も目敏く、神無月を見つけ出している。
手狭な店なので、今の客の座り方では、この4人は収容できない。
その辺りを、年長の中国人女性が慣れない日本語で「詰め合ってもらって、椅子をだしますから」と説明しているが、中々埒が開かない。
というよりもキチ達が、埒が開かないようにワザと絡んでいるのだ。
ジンリーが助けに行こうとしたのを亀谷が止めた。
「止めといたほうがいい。あんたは日本語が上手すぎる、かえって奴らの思う壺だ。ああやって、ぐちゃぐちゃ揉めてりゃ、そのうちポリがくる。」
他の客が恐れをなして、「勘定ここに置いておくし」とか言いながら店を出て行く。
「俺達も出るぞ。」と亀谷がいっった。
「いや、俺はここにいます。」
「何、言ってんだ、兄ちゃん、正義の味方のつもりかよ。」
「そんなんじゃなくてね。あいつらの中に、因縁のある奴がいるんですよ。店にいようが出て行こうが、どっちみち、そいつに絡まれる。」
「じゃ、俺は先に出る」と亀谷は言ったが、その時はもう遅かった。
その退路先には、キチがニヤニヤ笑いながら立っていた。
「ようカメのオッサン、久しぶりやな。こっちに来てたんか。そないに逃げんでも、ええやんか。俺ら歌いたいから、ここにきただけや。他の客がなんかしらん帰りよったから、席の数もぴったりや、、なぁ、兄ちゃん。」
キチは最後に神無月の方を見て、ズカズカと歩み寄って神無月の隣に座った。
その隙にリンジーは硬い表情をして、年上の女性の方に駆け寄っていく。
彼女は、その年上の女性と二人で今後の対処を相談をしたいのだろうが、それを片桐が遮っていた。
別に怒鳴りつけるわけでもないし、脅しつけているわけでもない落ちついた口ぶりなのだが、片桐が何かを言っている限りには、それを拝聴する以外に、何も出来なくなるような強さがあった。
それは、ちがう文化や感性を持っている彼女らでさえ、片桐に従わせるような「怖さ」を持っていた。
今日の片桐は、姿食堂での片桐ではない。
片桐はここに、「仕事」でやって来ているのだと神無月は思った。
「横浜や神戸は、もともと華僑が多かったようだがな、西成は中国との関連性はまったくない。それが急に中華街といわれてもな。地域の活性化とか、おためごかしを言ってるらしいけど、この周辺の宿は、年間40万人の外国人が泊まってる。USJがあるから国内の観光客も50万人ほどが利用してんだ。大阪中華街構想ってのは、あまりに唐突で、無理筋な話ってことだよな。」
そんな事を、片桐は隣の連れに話している。
正確な話の内容が判らなくても、年長の女性には、自分たちの存在がやんわり拒否されている事だけは伝わるだろう。
リンジーならもっと理解できている。
もちろん、片桐の狙いはそれだった。
具体的な店への圧力は、キチら他の男達の役割だった。
「おい姉ちゃん!客をほっとくんか!」
キチが大きな声をリンジーに浴びせかける。
リンジーが硬い表情でキチの方に戻ってきた。
「エグザイルのLovers Againや、あれ歌うわ、すぐ出して。」
「かしこまりました、、少々、お持ち下さい。」
「かしこまり?なんやそれ、とにかくはよせいや!ちゃんと日本語読めるんか、中国人!」
「そういうの、こっちが恥ずかしいから、やめとけや。それにお前、Lovers Againっちゅう顔ちゃうやろ。」
神無月の口からそんな台詞が飛び出ていた。
言った本人自身が、吃驚している。
「なんやと、ゴラァ!」
キチがスタンド椅子を後ろ足で蹴り倒して立ち上がった。
「あぶないのう、キチ、やってもええけど、わしらに手ぇかけさせんなよ。」
自分の足元に転がってきた椅子を見ながら、片桐の横に陣取っていた男がうっそりと言った。
片桐は、こちらの騒動にまったく関心がないようで煙草を吹かしている。
神無月の方からは、片桐が連れてきていたもう一人の男がカウンター裏に入り込んでいるのが見えた。
年長の中国人女性が、それに中国語で抗議をしている。
完全な嫌がらせだ、ただ物理的な損害はまだない。
神無月は椅子から降りた。
勝てるとは端から思っていなかったが、無様な事だけはすまい、たとえ一発でも相手を殴れれば、それで良いと考えていた。
いきなり、キチのパンチが顔面に飛び込んできた。
0

お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

俺たちの共同学園生活
雪風 セツナ
青春
初めて執筆した作品ですので至らない点が多々あると思いますがよろしくお願いします。
2XXX年、日本では婚姻率の低下による出生率の低下が問題視されていた。そこで政府は、大人による婚姻をしなくなっていく風潮から若者の意識を改革しようとした。そこて、日本本島から離れたところに東京都所有の人工島を作り上げ高校生たちに対して特別な制度を用いた高校生活をおくらせることにした。
しかしその高校は一般的な高校のルールに当てはまることなく数々の難題を生徒たちに仕向けてくる。時には友人と協力し、時には敵対して競い合う。
そんな高校に入学することにした新庄 蒼雪。
蒼雪、相棒・友人は待ち受ける多くの試験を乗り越え、無事に学園生活を送ることができるのか!?
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

わかばの恋 〜First of May〜
佐倉 蘭
青春
抱えられない気持ちに耐えられなくなったとき、 あたしはいつもこの橋にやってくる。
そして、この橋の欄干に身体を預けて、 川の向こうに広がる山の稜線を目指し 刻々と沈んでいく夕陽を、ひとり眺める。
王子様ってほんとにいるんだ、って思っていたあの頃を、ひとり思い出しながら……
※ 「政略結婚はせつない恋の予感⁉︎」のネタバレを含みます。
ミニチュアレンカ
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
青春
電車通学をしている高校生の美雪(みゆき)には最近気になるひとがいた。乗っている間じゅう、スマホをずっと見つめている男子高校生。
いや、気になっているのは実のところ別のものである。
それは彼のスマホについている、謎のもの。
長方形で、薄くて、硬そうで、そして色のついた表面。
どうやらそれは『本』らしい。プラスチックでできた、ミニチュアの本。
スマホの中の本。
プラスチックの本。
ふたつが繋ぐ、こいのうた。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる