姿食堂始末記 ヤンキー君は隠れ、男の娘は惑う

Ann Noraaile

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第3章 蠢動

15: 蠱惑

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「ねえ親父さん、今夜、金田さん来るかな?」
 神無月の頭の中では、桜田からの情報と金田が漏らしていた「中国人」の言葉が結び付いていた。

「そりゃ来るだろうさ。あの爺、最近、自分の家に居場所がないみたいだからな。」
「居場所がないって、弟さんと二人だけでしょ?」

「家の処分を巡って弟と色々意見が違って来てるらしいな。本来ならあの家は、金田のもんだし、あの弟だって不義理をして家をでてった筈だから、意見の対立も何もないもんだがな。金田も歳だし、弟が自分の行く末を真剣に考えて言ってるのが、判ってるから苦しいんだろうさ。そんな愚痴を銚子の一本や二本で毎晩聞かされてるこっちの身にもなりやがれって話なんだけどさ。で、なんだい?その金田に用事でもあるの?」

「いやこの前、金田さん、中国人がどうのこうのって言ってたでしょ。」
「ああ、あの中国人の買い占めの話か、お客さん、そんなのに興味あるの?」

「あっいや、学校でそういう話、聞いたもんだから、、。」
「そうかい。この辺りにすんでりゃ、嫌でも耳に入ってくる話だからな。子どもでも知ってる奴は、知ってるだろうな。」
「ウチは隣の校区だけど、校区って言っても、実際に線がある訳じゃないですからね。子ども達の毎日の生活はこの辺り全部だし。」
 神無月は思わず、教師じみた言い草をしてしまった自分を恥じた。
 だがここの親父は、そんな事に絡んでくるような人間ではなかった。

「だな。実際、買収を受けて、一家もろとも引っ越した家族がもう幾つかある。そん中に子どもがいて、急な転校となったらどんななんだろうな。俺には子どもがいないから、皆目検討もつかんけどな。」
「子どもって言えば、今日はキョウちゃんは?最近、早い目に店に来るようになってたんじゃなかったっけ?」

「中国人の買い占めの心配の次は、キョウの野郎の心配かい。お客さんも忙しいね。」
「、、いやそんな事もないけど、、」
 何が「そんな事」なのか、言っている神無月も判らなかった。

「また、けったいな遊びの味を思い出したんじゃないか?飲食に興味を持ってくれればいいかって思ってたんだがな、、まあ他人の倅の事だ。俺があれこれ言える事じゃない。おっと噂をすれば影だぜ。」
 神無月が振り返って姿食堂の出入り口を見ると、そこからキョウではなく、金田が入ってくるのが見えた。
 例によって金田は、足元が怪しかった。


「金物屋やってても先がないのは判ってんのや。そうやな、、そんなんは、とっくの昔に判ってた。それやったら、あの店と一緒にゆっくり死んでいってもええなって思っとったんや。そしたら、あの中国人がきよって店を売れ言うてきた。他もぼちぼちやられとるから、自分のとこにも来る思もてたけど、実際来たら、なんか違っててたな。」
「違ってたってどういう事です?」
 神無月が、そっと促す。

「相手の事やない。自分の事や。最初はもし高こう売れたら、相手が中国人でも売ったろって思ってたんや。それが全然違うんや。こいつには売りたない。暫くして、そんな気持ちがな、出てくるんや。」
「相手が中国人やから?日本人やったら売りますの?」

「そんな話は意味ないな。日本人の誰が、こんなとこ、高い金出して買うねん。ここら一体全部買い占めて、作り替える気やったら、日本人もやりよるやろけど、そんな時は、切り崩しで金を積んでやるみたいな事せんやろ。都市計画やらなんちゃら言うて、役所の人間と一緒にやりよるわ。そやけど、中国人やからいうのは、あるわ。日本人の俺の家が、なんで中国人に買われなあかんねん。ここには俺の親の気持ちと、今まで俺がやって来たこと全部が染みこんでんのやぞ、、、ってな。、、そやけどな。」
 金田は「そやけどな」の言葉の後で、猪口に入っていた酒をあおった。

    ・・・・・・・・・

 宛に連れて行かれたその部屋は余り広くなく、舞台裏の楽屋のような部屋だった。 
 壁に大きな鏡が備えつけられいて、鏡の前にはたくさんの化粧品が並んでいる。
 スツールの後方には、色とりどりのドレスがハンガーに掛けられている。 
 恭司は、この狭い部屋に充満している香水と化粧品の濃厚な匂いに圧倒された。

 自分の知っている、あるいは想像していた変身の為の空間とは全然違う。 
 その匂いは、ひどく懐かしい匂いだったが、恭司が女装していた時期に馴染んだ匂いとはどこか違っていた。
 女装者の体臭や汗や垢臭といったものが染み込んでいて、ある種の腐爛が感じ取れた。
 けれども、それは恭司にとって決して不快な匂いではなかった。
 久しぶりに恭司の身体の奥底がザワザワと煮立ってくるような刺激があった。 

「まずはお化粧しましょうか。そんな子どもみたいなジーンズなんか脱いでしまいなさいよ」 
 恭司はこの年代らしくて、しかも中性的に見えるだろうと思って、ジャストフィットのジーンズを着用していた。 
 婉が言う「子どもみたいな」という感覚は恭司にもよくわかる。
 こういう女装遊びに飽き始めていた恭司は、わざわざボーイッシュな格好をした女の子を演じるという遠回りな感覚が邪魔くさくなっていたのだ。

 いいかえれば、ちょっとカーブのかかったファッションの一部としての女装遊びから恭司は逸脱し始めていた。
 つまり本気の女装にのめり込みそうになり始めていたのだ。
 ちょうどその時、姿食堂での、やりがいを発見して、この逸脱はそのまま影を潜めていた。
 そのタイミングは、ぎりぎりだった。

 お遊びの女装、たまにはいいし、楽しいのだが、それでも自分の本当の欲求を抑えて、軽い女装をする事に反って恭司は息苦しさや圧迫感を覚えていた程だった。
 もっと言うなら、それは苛立つような違和感だった。
 恭司は、忘れかけていたその感覚を思い出したのだ。
 
 Gジャンを脱いでいると、婉がすぐそばまで近づいてきて、恭司の顎のあたりを撫でた。 
「朝、剃ったの?」
 それは産毛といって通る物だったが、それでも髭は生えてくる。 
「はい」 
「キョウちゃんはのヒゲは凄く薄いわね。でも、男だから、生えてくるものはしようがないし」 
 婉は女性用の剃刀を恭司に手渡し、「そこのドアを開けたら洗面所があるから剃ってらっしゃい」と、言う。 
 恭司は言われたとおりに、自分の産毛みたいなヒゲを剃った。 

 そして、婉の指示によって、恭司は上半身裸になり、鏡の前のスツールに座った。
 ヘアバンドで恭司の髪を上げてから婉がメイクにとりかかる。 
 自分の顔が女の貌につくり変えられてゆくのを眺めていると、恭司はやはり浮き浮きしてくる。
 王という人物のことをまったく知らないし、この女装美女の怪しげな酒場も、未知の世界で緊張と不安に押しつぶされそうになっているのだが、それでもこうされると気分が弾んで来る。
 
 鏡の中の顔がくっきりと陰翳を持ってくる。
 もともと目鼻立ちはしっかりしているので、化粧映えして美人顔になるのは経験済みだった。
 それを利用して、危ない遊びも幾つか体験していた。

「さすがにワンさんが見つけてきただのことはあるわね。キョウちゃん、美人になったわ」 
 婉はお世辞ではなく本気で、そう言っているようすだった。 
 続いて、恭司はジーンズとボクサーパンツを脱がされた。
 桔梗ママのように「あ~ら、可愛いお尻~っ」などとは言わず、それは看護師の手はずだった。 
 今さら恥ずかしがっても仕方がないので、恭司はペニスを手で隠して素っ裸になった。 

「本当はね、腋の下とか脚のすね毛とか、徹底的にムダ毛をきれいに処理して、お風呂に入ってたっぷりと時間をかけて男の匂いを洗い流したほうがいいんだけど、今日のところはこれでよしとしましょうか。」 
 婉は黒いストッキングとガーターサスペンダーを恭司に手渡した。
 そして、刺繍の入った黒いスキャンティも。 

「ガーターで吊ってからはくのよ、わかってると思うけど」 
 その艶めかしい下着に、恭司は瞬時に魅了されてしまっていた。
 これ近い物は持っているが、明らかに自分の持っているものは二流品だと判った。
 しょせん恭司の女装は遊びでしかない。
 ペニスが丸見えになるのもかまわず恭司はストッキングをはいた。
 サスペンダーに留めてから、薄い布地のスキャンティをはく。
 ペニスを股間に畳んで隠してしまう。
 黒いストッキングに包まれた脚は、われながら悩殺的だと、恭司はうっとりとなってしまった。 

 そうして、疑似乳房の胸パッドの入ったランジェリー風の黒いドレスを着せられ、最後に黒毛のロングウィグをかぶると、ちょっと小悪魔風の美女が鏡の中ではにかんでいた。 
 それはいつもの「彼女」より、格段に可愛らしかった。

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