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第2章 出会い
10: 逃走者
しおりを挟む金田は、何時までたっても帰って来ない彼の事を心配した金田の弟が迎えに来て家に帰った。
ちなみに金田の家には、一年ほど前に実家に舞い戻って来た無職のこの弟だけしかいない。
それでも老齢の彼を心配してくれる人間が一人でもいることは、この街では恵まれている方だと言えるかも知れない。
金田が帰ったあと姿食堂は一時の静寂に満たされた。
もう暫くすると、次の来客のピークが来る。
それを見計らったかのようにキョウがやって来て、神無月の隣のスツールに座った。
神無月はキョウの体温を身近に感じて、又、ドギマギし始めた。
「昨日の夜なんだけど、出前に行った帰りに、妙なヤツを見ちゃったんですよね。」
「、、、、?妙なヤツ?」
「俺、アイツ、中坊なんじゃないかと思うんですよ。で、その状態が普通じゃなかった。夜中に物凄い顔して走って逃げてた。中学校の先生って、生徒指導の横の連絡があるんでしょ。?」
「よく知ってるね。」
「昔はセイシの先生に良くお世話になってましたからね。」
「昔だけじゃないだろ、、。」
カウンターの向こう側で二人の会話を黙って聞いていた親父がぼそっと言った。
キョウが赤い舌をぺろりと出して直ぐに引っ込めた。
「逃げてるそいつを見つけたあの場所、中学のワルガキ共の街の縄張りで言ったら、校区的には俺の卒業した中学のと、カムイさんが勤めてる中学とこのが重なってる場所だ。紛争地帯って感じで、同じ悪ガキでもヘタレは来ない。」
つまりこの少年は、自分のこの情報を、教師同士で連携をとって役立ててくれと言っているのだ。
「うん、そうだろうね。スケールのちっちゃいのは、自分の校区でしか悪さをしないけど、大きいのはここらへん一帯を自由に動き回って、誰かとぶつかっては、そのたんびに小競り合いをやってる。年中行事みたいなもんだ。それかな?」
「あれは、そういうのとは違うみたいだった。すっごい形相で逃げてて、まるで人を殺したあとみたい。」
神無月は『おいおい、君はそんなのを目撃したことがあるのかい』と言いかけて言葉を飲んだ。
この街に長く住んでいれば、そういうのを目撃しても不思議ではない。
この前などは校区の小学校のグランド脇で労務者風の男の首つり死体が見つかっている。
まあ逆に言えば、神無月は小さい頃、海難事故で上がった死体を見たことがある、それと同じような事でもある。
「最近、中学校で変わった事ないですか?」
「えらく中学生の事、心配してくれるんだね?」
「いやそう言うのじゃなしに、俺、この街で何かが起こり始めてるんじゃないかって思うんすよ。」
「、、、、。」
神無月は岩田 舜の事を思い出した。
ヤツはこの街の中では不良のナンバーワンだ。
高校生でもこのレベルはいない。
徒党を組まないから騒ぎが余り大きくならないが、やっていることは、通常の非行行動から一つ頭が抜けている。
「その逃げてたっていう少年の格好とか覚えてる?」
「少なくとも太った奴じゃない。走り方見てると、凄く運動神経いい感じだったな。逃げてるって言ったけど、あれは喧嘩とかに負けて逃げ出した感じじゃないな。なんだろ、奇襲をかけて目的は果たしたけど、大勢の相手に逆襲されて追いかけられてるみたいな。やったぜとヤバイが混じった感じがびしびししてた。」
確か岩田 舜には、前のヤクザ絡みの事件の時にもそんな事があったようだ。
その時は面と向かった相手を地面に這いつくばらせたものの、その後、他のヤクザ達に随分追いかけられ、逃げ回っていたらしい。
多勢に無勢、到底勝てない喧嘩をして、玉砕する馬鹿でもないのだ。
「教えてくれてありがとう。でも何でだ?キョウ君、もしかして卒業生だから?」
「うーん?俺、そう言う感覚アンマリない奴だし。ここの中学には途中で転校してきたしね。そう言うのじゃなしに、自分が何かヤバイなって思ってて、もしそれを誰かに伝えたら、酷い結果がちょっとでもマシになる可能性があるなら、それはやるべきって感じかな。後悔?そういうのやらないと、ずっと心の中でひっかったままじゃん。悪い結果が出てから、あの時ああやってればとかね。そういうの全部ゼロにはなんないけど、出来るだけ溜めないようにしてるんだ。乗り物で、ばあちゃんに席を譲るの恥ずかしいって思ってたらアカンのと同じだし。」
「だったらキョウ。それお客さんに言わずに、警察に言いなよ。」
親父が不機嫌そうにまたツッコミをいれた。
「俺、警察嫌いだし。」
「だろうな。変な格好して夜中歩き回ってるからな、」
「変じゃないし。それに最近やってないし。」
珍しくキョウがムキになった。
「まあまあ、そんな事で揉めないで。今、キョウ君が言ってくれた事、ちょっと思い当たる節があるんだよ。そういうことだから、その事で又なんかあったら教えてよ、キョウ君。」
そう言って神無月は腰を上げた。
一人になって、この事を考えて見ようと思ったのだ。
教師としての使命感というより、焦燥した加賀美の顔を思い出したからだ。
「えっ、もういいのかい?まだ、あんまり食べてないじゃないか?」
「いや、そう言うんじゃなく。ちょっと考え事をしたいんですよ。」
そう言って神無月は支払いを済ませて店を出た。
神無月は駅に向かって歩きながら『キョウ君の教えてくれた奴、岩田の可能性があるな。又、やったのか?しかし幾ら馬鹿でも、ヤクザ相手に同じことはしないだろう。』と考え始めた。
もちろんキョウが見たという少年が、岩田だとは決まってはいない。
だが神無月の頭の中では、夜の街を疾走している少年の顔は、完全に岩田 舜のものだったし、それ以外の人間を想像することは難しかった。
学校に一応顔を出している不良共は、大まかなりにもその動向は掴めている。
今、様子が皆目つかめないのは、岩田だけだ。
蒲田は学校にも来ず街をふらついているが、塒は家だ。
そして蒲田は驚くほど背が高い。
キョウが見た中学生ではないだろう。
岩田は運動能力が高い、もし奴がまともに学校に来て陸上でもやり続けたら、日本どころか世界レベルのアスリートに成長する筈だと、元陸上選手の体育教師が太鼓判を押していた。
神無月は、明日になったら、この事を朝一番に加賀美に報告し、出来るかどうかは分からないが、学校の悪連中に、岩田の情報を本気で聞き出してみようと思った。
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