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第4章 我これに報いん

49: 丹治の筋読み

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「護は私の力の事を忘れたの?私にはルートが見えるのよ。この世界には、この街・碇だったわね?この世界へは、この碇からしか入れないわ。それに普通だったら、私達のやり方じゃ、この世界には入れていない筈。ここにはリペイヤーの内面世界に見られるような、流動性が全くない。固いのよ。私達のフワフワした内面世界に、アンカーを打ち込むには、相応しい世界と言えるわね。」
 レズリーは断定的に、そう言った。
 かってレズリーは、その判断力で窮地に陥った護を救出したのだ。

「、、、、。」

 護は黙って、その言葉を受け入れるしかない。
 複数の内面世界を渡り歩く事の出来るレズリーの言葉には、それだけの説得力があった。
 この時点で、この複製地球世界への出入り口は、「碇」しかないと確定されたようなものだ。
 実際、後、数千回、侵入と退出を繰り返そうが、その事実は変わらないのだろう。

 しかし現実の地球を模した世界の入り口が「碇」だ、という事実は、どういうきっかけで発現したのだろう。
 護達の場合は、護が丹治を案内する為に、彼の内面世界に入ろうとして、たまたまこの世界に来てしまったのだが、、、。

「リペイヤーなら誰でも、この複製地球に入れるけれど、入り口と出口は、この碇に固定されているってことなのか?」

「リペイヤーなら誰でも入れるかどうかは、さっき護が言ったように、それこそ数多く実験して見なければ判らないでしょうね。でも、これは想像になるけど、こんな裏舞台みたいな空間って、本来はリペイヤーでも入れないんじゃないかしら?だって特異点って、移動装置というか、巨大な乗り物なんだからね。乗客に、その機関部分を見せたって仕方ないじゃない?システムの保安上の問題もあるだろうし。それに決定的なのは、さっき丹治警部が仰ってたけど、ここには、他の内面世界に見られるような、現実世界との時間流の差が全くないって事ね。最後の通信で、ゲッコが凄く驚いてたでしょ。こんなの特異点管制官としても、初めての事だって。」

「この空間は、乗り物で言うと、乗組員専用のエリアのようなものですかな?」
 今まで黙っていた、丹治がようやく口を挟んだ。

「・・・我々は、特異点を維持する作業員や乗務員はナノロボットだと考えてます。ここは、生き物がいないでしょう?他の内面世界も、ここほどゼロって訳じゃないが、あまり大きな生き物みたいなのはいない。ナノロボットは、複雑な生き物を作ったりするのが苦手なんじゃないかな。造れるのかも知れないが、時間がかかるんで、造るのを最初から止めている感じがする。転移ゲートとしての特異点の中には、元から乗組員と言えるような生き物、人間はいないんですよ。」

 そう言ってから、護は、ライバル心で思わずレズリーの返事を盗ってしまった自分を恥じたが、丹治もレズリーも、そんな護の心理は何も気にしていないようだった。

「、、、。話は別だが、誰かがこの無人の機関室の鍵を手に入れると言う可能性はあるのかな?それに、機関室に入るドアは一つしかないという話のようだから、そこに入るのが誰であっても、当然、ドアを開けたら、そこに見える光景は、いつも同じだってことで、いいのかな?そういう場所が、この碇のレプリカであると。」

 丹治が奇妙な言い回しをした。
 誰かが?とは一体どういうことだ。
 この世界に侵入したのは、護と丹治であることは、はっきりしているのに。
 護は丹治が碇でも時々、こういう妙な言い回しをする事を思い出した。
 何か違うことを、考えているのだ。

「うーん、比喩としては、今の状況をよく表しているかも、、。でも基本的には、そこが機関室であろうが、舞台裏であろうが、特異点に干渉できるのは、私たちリペイヤーのような特異点適応者だけだと思うわ。だから、誰か?じゃなくて、もっとその対象者は、絞り込める筈だわ。」
 レズリーの丹治に対する受け答えのよそよそしさが、そろそろ薄れかけ始めていた。

「一般人には、その機関室の鍵は手に入らないという事で、かまいませんかな?」

 丹治の声が弾んでいる。
 護には、丹治がレズリーとの会話を楽しんでいるように思えたのだが、同時に何か違うものも、丹治が抱えているように見えた。

「護の最初の質問に戻るみたいだけど、ここに、どのリペイヤーも入れるのかって事は、本当に実験してみる必要があると思うの、、、特異点は、リペイヤーの意志の力に反応して、内面世界を作るという形で、人間を自らの内に招き入れるじゃない?多分、その構造自体は、たとえそれが基本的な機関部分であっても、変わらないと思う。丹治警部が仰った鍵って、人間の意志の力じゃないかしら?ただしここは、機関部だから、内面世界は形成されないけれど。」

「随分、判ったような事を言うな。それは君の想像だろ。」

「ええ想像よ、だから何度も言ってるじゃない、これは実験すべきだって。でも護、私達の場合、違う人間が三人も居て、ここという同じ場所にしか入れなかった事実を、逆に考えてみたらどうかしら?」

「逆に?」

「護は自分一人の時は、自分の内面世界にしか行けなかった。ところが、丹治警部を乗せたらここに来た。今度は、幾つもの内面世界を横断できる力を持つ私が、あなた方に同行した、、、でもやっぱり、私の世界へも、護の世界へも行かず、ここに来た。その事実を、素直に考えてみたら?ってこと。」

「、、引き算をするのか?待てよ。さっき君は、その口で、一般人には、特異点はその扉を開かないと言ったぞ。丹治警部は一般人だぞ。」

「もちろん、丹治警部一人では、ここには来れなかったと思うわ。」

「そうか、丹治警部プラス、誰かリペイヤー一人の組み合わせってことなのか!」

「あるいは、護と丹治警部の組み合わせだけでしか起こらない。」

「私の存在が話題になっているようだが・・・多分、それは主な理由ではないと思う。先ほど話に出た、意志力の問題だよ。誰が、という問題ではないんだと思う。碇という場所に、強いこだわりを持つ適応者なら、ここを固定的な扉として開ける事が、可能なのではないかな。我々が、ここに来れたのは、、、そう、それはミス・ローの指摘通り、私がここへの合い鍵のようなモノを持っていて、藍沢君が、それを使う力を持っていたからだろう。」
 丹治が断定的に言い切った。

 素人の丹治の断定的なものの言いように、さすがにレズリーはむっとしたような表情を浮かべた。
 だが護は、リペイヤーとしてのプライドより、丹治の神懸かり的な推理力を体験的に知っていて、それに信頼を置いていた。

 実際には、この丹治の推理は半分しか当たっていない。
 カルロスが、シャドーと名付けたこの世界への扉は、カルロスの意志力で、こじ開けられたのではなく、カルロスが頻繁に行う碇での瞬間移動の度に、特異点がこのシャドーへ相対位置を問い合わせるという、無理な動作によって起こった、一種の「ゆるみ」なのだ。

 ただこのシャドーの「ゆるみ」が、碇という座標上に起こったのは、まさに、カルロスの碇に対する異様な執念に特異点が反応した結果なのだが。

「ところで警視殿、可能なら、私は一度、この車の運転をして見たいのだがね。」

「どうぞ、これを他人にさわらせた事はありませんが、、、いやそれは運転をしたいと言う人間がいなかっただけの話で、、、走行モードの時は、普通の車と変わりませんよ。」

 護は一応、後ろからの追突をさける為に、道路上に止まっている無人のトラックの前にディバイスを回り込ませて停止させた。
 この世界には、動いている車は一台も存在しないのだが、もし移動する車があるとすれば、それは護達の車に対して異常な動きをする筈だと思ったからだ。
 そんな車に、後ろから追突されても困る。
 特異点内部で侵入者を追い詰めていた頃の護には、考えられない配慮だったが、今の護にはそれが意識しなくても出来る。

 護と座席を入れ替わった丹治が、ハンドルを握った。
 レズリーがそれを興味深げに後部座席から見つめている。
 ディバイスは特異点が、リペイヤーの為に作り出したマシンだ。
 それが一般人に操れるのか、それを知りたいのだろう。
 ディバイスは、スムースに始動し加速を始めた。

「・・・車としても大したものだ。」
 丹治が嬉しそうに言った。
 丹治は車の運転が上手い。
 車は単に移動の為の道具というより、丹治の手ににかかると総ての機械が、得物を追いつめるための血の通った使役動物のようになるのだ。

「何処へ行くんです?」
「私の仮説を証明しにだ。そして、、、まだ私に復讐の権利が残っているなら、その場所で、我々の仕事が完遂されるだろう。」

「我々?」
「そう、我々だよ。警視殿。」








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