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第1章 サファイア姫の失踪

02: 沢父谷姫子とのデート

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 僕は約束の喫茶店に着く少し前、僕の道向かいの歩道に立ってこちらを見ているミスター・スポッキィを見つけた。
 面長の顔の上におかっぱ頭、そして耳に何かを付けているのだろうか、耳蓋の天辺は尖ってる。
 上は青いタイツで、下は黒のピッタリしたズボン、、噂のミスター・スポッキィその人だった。

 ミスター・スポッキィは都市伝説に登場しかねないような人物で、街中で彼に遭遇し、しかも彼にダブルピースサインを送られると、その日一日は、とんでもない災いに見舞われるか、逆に超ラッキーな事が起こるんだとか。
 そのミスタースポッキィの右手が挙がり、彼は人差し指と中指、薬指と小指をそれぞれくっつけて、ダブルピースサインを作った。

 「馬鹿にしないでよ、プレイバック、プレイバック。」と僕は呟いた。
 これも又、街で囁かれるダブルピースサイン返しの呪文で、これを五秒以内に唱えると、ミスター・スポッキィの呪い?を無効に出来るんだそうだ。
 呪文の言葉の意味は知らない。
 その効果が早速あったのか、次の瞬間にはミスター・スポッキィの姿は街角から消えていた。


 僕が喫茶店のドアを押して店内に入ると、頭の上でガランゴロンと金属の空洞の中を丸い玉が転げる音がした。
 カウベルというものらしい。
 ワックスと木の臭いのする店内は、やけに甘ったるい男性デュオの歌声で満ちていた。
 その音源は、この店の一番奥にある派手なデコレーション付きの洗濯機の親玉みたいなものだった。

 あれは確か「ジュークボックス」って言うんだっけ。
 今は絶滅種になりかけてる「レコード盤」とかいうのを、機械の腹の中に貯め込んでて、それをリクエストに応える形でピックアップして再生する機械だ。
 でもこれは装飾照明の光がLEDぽい、きっと手の込んだレプリカだな。
 僕は自分の頭の中に正解を見つけだし、ちょっといい気分で店内をもう一度見渡した。
 それは丁度、窓際の席に沢父谷姫子がいて、こちらに顔を向ける瞬間だった。

 沢父谷姫子の良い方のあだ名は「サファイア姫」、悪い方のあだ名は、、あまり口にしたくはない、、でも彼女が男にもてるのは確かだろう。
 僕を見つけた沢父谷姫子の顔に笑顔が広がるその様子を「花が咲いたように」と言えば文学的だろうけど、彼女の美しさは、花と呼ぶには何処か人工的な色彩が強すぎた。
 サフヤヒメコは、そんな女の子だった。

「ここ、変わった雰囲気の店だね。普通のカフェじゃないし。」
「だって、リョウ先輩誘うのに普通のお店じゃ笑われそうだし。スマホじゃ見つけられない、ほんとにプレミアムなお店なんですよ。」
 姫子がはにかんだように言った。
 それに意外とちゃんと喋れるんだと思った。
 悪くない、でも正直言って、そのティーン向けのファッション雑誌の表紙に映えそうな美貌には、「はにかみ」はあまり似合わないと思った。

 ジュークボックスから流れ出てくる音は、ミディアムテンポを保ちながら急上昇と急降下をゆっくりと繰り返している。
 今は70年代の日本の歌謡曲や文化が密かなブームになりはじめている。
 もうすぐ60年代にも、そのブームの触手がのびそうだった。

 ブームのきっかけはわからない。
 訳知り顔の人間たちは、色々な説明をするけど、本当の事は例によって誰にもわからない。
 でも人はバラ色の未来を恋い焦がれる様に、甘いセピアの過去に安堵するのも確かだ。
 だから先が見えない今のような社会状況では、その嫌な気分を打ち消す為に、「昔」を持ち出して来ようとする大人達の気持ちはとてもよく分かる。

 僕がバイトで行ってる探偵事務所の目川さんの懐古趣味だって多分その辺りだろう。
 そして若い僕達のような世代に、このレトロブームが受け入れられるのは、単純にそれが格好良く見えるからだ。
 自分が知らないものは、全部新しい。
 でも明日、風向きが変われば、誰もこんなものを覚えちゃいない。
 自分が飽きたものは、全てが古臭いってわけだ。

「ずいぶん甘い曲だね。でも悪くない、甘味料じゃなくて本物の真っ白な砂糖って感じ。」
 そんなの病気になりそうだね、とは言わなかった。

「この曲、学生街の喫茶店っていうんですよ。」
 もしかしたらこの曲をかけたのは、姫子だったのかも知れない。

「ねーちゃん、ちゃー、しばけへんかーって奴?」
 沢父谷姫子がキョトンとした顔をして僕を見つめる。
「リョウ先輩、そーゆーの似合わない、、。」
「・・そ、かな。」
 僕は少し動揺した。

 この外し具合、ひょっとすると僕は探偵事務所の所長に影響されつつあるのかも知れない。
 チョイワル親父の若年予備軍みたいな、ハンサムだか、間抜けだか判らない所長の顔を少しだけ思い出す。
 そういえば、所長の特技は「お猿のかごや」みたいな超クラッシクな童謡を、ラップ調にして、今流れてるみたいな甘い声で歌える事だ。
 ほいさっさyo~、、ほいさっさyo~、、。

「70年代のイメージで固めてあるの、、リョウ先輩には凄く気に入ってもらえると思ったんだけどなぁ、」
 僕が、大感激して見せなかったので、彼女に誤解を与えたようだ。
 多分、彼女に言い寄る男達は、彼女のやる事なら、どんな事にも大感激してみせるのだろう。
 もちろん、そんなのは最初のうちだけの筈だけど。
 で僕は?といえば、彼女の見立てとおり、この店やこの曲が嫌いな方じゃない。

「なんでそこで疑問なの?確か君って、僕よりいっこ下だけだよね。そんなに歳は離れてないと思うんだけど、、君の当たり前と、僕の当たり前は、同期してる筈だよね。」
「だって、リョウ先輩変わっているんだもの。」

 祖父江がさも当たり前の顔で、そう言いはなってくれた時、ウエイトレスが注文を取りに来た。
 僕はアイスコーヒーと言う代わりに「れーこー」と言ってみた。
 これは、一昔前のローカルネタで、最近、リバイバルして良く使われるようになった言い回しだ。
 僕も少しは流行に敏いところを、祖父江に見せておく必要があった。
 それにこうなったのなら、僕は彼女の前では、この「外し」キャラクターで貫こうと決心したのだ。

 あっ、それと僕は熱いものが苦手だ。
 お前は、つま先から頭の天辺どころか、舌先まで猫みたいだと、友達には言われる。
 飲み物も本当は、アイスコーヒーよりも、ちょうど今、祖父江が飲んでいるクリームソーダの方が好きだ。

 正確にはメロンクリームソーダ。
 緑色に着色されたメロンソーダにアイスクリームを載せたフロート飲料、ちょっと大人しめのショッキングピンクなマラスキーノ・チェリーが飾ってある場合が多い。
 それと場合によってはウェハースも。
 さくらんぼは、比重が高くて水に沈むから、大抵はウェハースなんかと一緒に、氷やアイスクリームの上に乗せられている。
 僕はアイスクリームが溶け始めて、少しだけメロンソーダと混じり合っている部分が好きだ。
 祖父江のクリームソーダは、アイスクリームがほぼ溶けてしまって、その色も本物のメロンに近くなっている。
 もちろん、それは彼女が僕を待っていたせいだ。

「で、今日は僕になんの用事だい?」
「恋の告白です。私とつき合って下さい。」

 塗る盛る付け睫の下で、沢父谷の瞳が輝いていた。
 黒目が異様に大きくてはっきりしてるのはカラコンを付けてるからか、、。
 余り世間では言われないけれど、僕はカラコンってメイク史上の大発明だと思ってる。
 それでも、最近の懐古ブームの中では、着色直径の大きなカラコン使用はファッションとしてはかなり遅れている。
 今は「ちょっとだけ古め」の顔が流行りだ。
 まあ、あくまで元から可愛い顔がより可愛いく見える、「ちょっとだけ古め」だけど。
 その黒目が勝っちゃった祖父江の瞳が僕を熱っぽく見つめていた。

 僕は、この申し出に本当に吃驚した。
 今まで学内で僕にプロポーズをして来た人間は山ほどいるが、それらはみんな男どもだったからだ。
 もっとも姫子達、一学年下の女子が入学して来るまでは、僕の通っている工業高校は男子校だったから、僕に女子が言い寄って来れるわけもなかったのだが。
 それに例え、初めから男女共学であったとしても、僕に興味を持つ女性は「おなべ」しかいなかったかも知れない。
 更にだ。
 この目の前にいる沢父谷姫子は、男出入りの激しいことで有名だったのだ。

「、、おかしいな。」
「何がです?」
「君は僕の噂を聞いてないの?」
「知ってます、、、、じゃ、リョウ先輩は私の噂、知ってます?」
 そう詰め寄られて、僕は即答が出来なかった。
 正直に言って、僕の中ではガキ共のホモだとかオカマだとかの子供じみた悪口より、「公衆便所」や「サセコ」の方が、格段に格が低かったからだ。

「あたしのこと、みんなが言うサセコだって思ってるわけですか?」
「僕の事、噂を信じやすい男かどうか、聞いているわけ?」
 僕は答えをはぐらかす。
 少し卑怯なような気もしたが、初めて会った相手の何が判るというのだ。
 君の澄んだ目を見れば総てが判るよ、とでも言えばいいのか。

「・・ホントはそんな事どうでもいいんです。一番大切な事は、私がリョウ先輩を好きでたまらないっていうことだから。」
「あのっ、、言っていいかな。僕は君と今日初めて話をした。でも僕たちは、お互いの存在を1年前から知っている筈だよね。それに君は恋心をずっと胸に秘めているようなタイプには見えないんだ。」

「それは判ります。正直言ってあたし、最初はリョウ先輩の事、全然興味なかったし、、。でも最近、先輩が女の子の格好をしてる写真を見ちゃったんです。それが中学校の頃にずっと憧れてた人にそっくりで、この学校に来てから忘れようとしてた事、思い出しちゃって、、。」

「・・君って、昔は女の子が好きな人だったってことだ。」
 姫子の顔に『そんなに単純じゃないけど』といった感じの表情が一瞬浮かんだ。
 それにしても、わざわざ宗教系の女子中学校から「機械の勉強」がしたくて、この高校にやってきた生徒がいるという噂話を聞いた事があるが、まさかこの目の前の沢父谷がそうだったとは、、。
 サセコの噂は、自分がレズじゃないって証明する為に男を漁ってるから?そんな馬鹿な。

「これ見てから、返事して下さい。」
 姫子が隣の椅子においてあったバックから取り出したのは、オリーブグリーンに小さなトマトのロゴマーク、アンテナショップ・カスラーで使われている紙袋だった。
 袋の口は、内容物にあわせて折り込んである。
 中味が飛び出すのを防ぐためだろう。
 大きさからみてDVDケースのように思えた。

「なんだい?これ。」
「リョウ先輩には私の総てを知って欲しいんです。・・嫌われるかも知れない。でも、それでも私が先輩のこと本気で好きになったって事、これを見るとこで判って欲しいんです。私、後になって邪魔くさい事になるの嫌いなんです。好きなら好きで、とことん、ありのままの自分で、先輩を好きでいたい。じゃ、、、。」
 レリゴー、、ありのままの自分、なんて便利な言葉なんだ。
 姫子はそう言うなり、怒ったように立ち上がって、テーブルの上の伝票をつかみ取って僕の目の前から消えた。

 彼女の中で色々な事を先回りしながら考えて出した結論を、ポンと僕に突きだしたのだろうけど、意味が判らない。
 変わった女の子、そして何もかもが唐突で一方的だった。
 色々気を回して、彼女の会話のボタンの掛け違えのきっかけを作ったのは僕だったような気もするけど、、それにしてもだ。
 第一、僕が女装するのは、時たまで、それはデフォルトじゃない。
 その姿に一目惚れしたのが、サファイア、君の「ありのままの自分」って事なのかい?
 人は理解できない情熱を押しつけられた時、戸惑うしかないんだ。

 店内にはジュリーの「花の首飾り」が流れていた。
 この曲は、僕が中学生の頃、当時一番人気だった物まねタレントが、歳を取ったジュリーの物真似で十八番にしてた曲で、良く覚えていた。

 「・・咲くぅ」と刹那げに歌うその顔が、ジュリーとやらにソックリらしいのだが、肝心のその物真似の元になるジュリーって歌手を僕は知らなかった。
 そう言えば、あの頃が今の懐古ブームの始まりだったな、、。
 ・・今日は丸一日、いろいろな「花」が咲いたわけだ。
 もっとも沢父谷は、あの歌詞に出て来る「雛菊」っていうイメージじゃないけど。




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