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第32話 銀色の兵士

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 一方、リョウは司令室でアリシアたちの到着を待ちわびていた。

 少し前に、彼女から基地に入ったという連絡を受け、司令部までの道順とシャトルリフトの使い方を伝えた。道に迷わなければ、ほどなく到着するはずである。

 キースは、司令室の後方、一段高い司令官の席に座っている。先ほどから、コンピューター画面を見つめながら何やら熱心に操作をしていた。おそらく、30年ぶりとなる基地内の構造や機能を思い出そうとしているのだろう。
 時折、「おお、これはすごい」だの「これさえあれば、この国など……フフフ」と言った満足げな独り言も聞こえてくる。 

 リョウは、そんな彼の様子に不安を感じつつ、先ほど見たテレポート呪文についてリズの分析を聞いていた。

『……というわけで、彼らの方法だと亜空間トンネルが安定するのよ』
『ははあ、そんなやり方があったとはな。まさに目からウロコってやつだな』
『あんたたちが束になって一年以上もこの問題に取り組んでたのにね』
『まったくだぜ』

 テレポート呪文の原理は、リョウとカレン、そしてキースを含めたチーム全員が解決できなかった問題を、発想の転換であっさり回避するものだったのだ。聞けば簡単だが、思いつくのが死ぬほど難しいという類の方法である。
 リョウはますます自分の方が発展途上の文明から来た人間という思いを強くした。

 しばらくして、司令室の扉が開く音が聞こえた。物思いから引き戻され、振り返ると、アリシアたちが入ってきたところだった。

「リョウ、来たわよ!」
「アリシア!」

 入口から少し中よりにいたリョウに向かって、6人が駆け寄ってくる。

「む、お前たちは……」

 キースもそれに気がついたらしい、いきなりレイガンを取り出して、アリシアたちに向けた。

「あぶない!」

 それを見たリョウが叫ぶのと、キースが撃つのと同時だった。
 放たれた光線は一直線にアリシアに向かった。

「うおっ」

 だが、すんでのところでガイウスが彼女の前に割り込んだ。
 激しい音と同時に、彼の前に半透明の壁が一瞬現れ、光って消える。シールドに吸収されたのだ。ヴェルテ神殿でロベールが使っていたものと同じである。

「ちっ。魔道か。小賢しいマネをしおって」

 キースは、不利だと悟ったらしい。司令室の奥にある別の扉に向かって走っていった。

「あ、逃げるぞ」
「待てっ」

 三人の部下が追いかけていくが、キースは扉を開けて司令室を出る。そして、出て行きざまに

『コンピューター、この扉をロックしろ』

 と叫んだ。その瞬間に扉が閉まる。

 彼らが扉にたどり着いたときには、もうカギが掛かっていたようで扉は開かなかった。
 仕方なく、リョウたちのもとに戻ってくる。
 ガイウスが悪態をついた。

「ケッ、逃げ足の早いやつだ。まあいい。おい、ダグ、お前は入り口の外で見張りを頼む。何かあったらすぐ知らせろ」
「はっ」

 若い兵士が入り口まで駈けていく。そして、勝手が分かっているのか、扉の左にある開閉ボタンを押して扉を開き、再び外に出た。

「ガイウスさん、ありがとう」
「なに、わしたちはまだ発掘隊の護衛でもあるからな」

 アリシアはまだ少し顔をこわばらせている。
 ガイウスは安心させるようにニヤリと笑ってウインクした。

「大丈夫か?」

 リョウが尋ねた。

「ええ。少し驚いただけよ」
「おい、リョウ。嬢ちゃんから聞いたが、ベルグ卿が旧文明人で、アルティアを火の海にしようとしているというのは本当か?」
「ああ、本当だ」

 リョウは、その理由が復讐のためであること、そして、最後はアルトファリアを滅ぼすつもりであることを語った。

「早くしないと、本当にアルティアが焦土になっちまうんだ」
「ちっ、飛んだ食わせ者だったな。で、どうやったらその『みさいる』の発射ってのは止められるんだ?」

 ガイウスが忌々しげに問う。

「止められるのはキース、いや、ベルグ卿だけだ」
「じゃあ、ヤツを殺ればいいのか?」
「いや、それはもはや意味がない。準備が出来次第、自動で発射されることになっている」

 そして、彼を追い詰めたところで発射をやめるとも思えなかった。

「ならどうするの?」
「……この基地を破壊する」
「えっ?」
「なんだと?」

 それを聞いて、一同は驚いた表情を見せた。

「そんなことができるのかね? 相当大きな建物だと思ったが……」

 アルバートが疑問の声をあげた。彼は発掘調査から基地の大きさを把握しているのだ。

「それは大丈夫だ。基地にある武器を使ってやるんでな」
「ほう」
「リョウはそれでいいの?」
「えっ?」
「ここは自分の家みたいなものなのよね?」

 アリシアの思わぬ言葉を聞いたとき、リョウは少し胸が痛んだ。それは、自分のいた基地だからではない。自分と元の世界を繋ぐ唯一の証を失う気がしたからだ。この基地がなくなると、本当に自分が一人ぼっちでこの時代に流されたかのような気持ちになるだろう。だが、悩んでいる場合ではないのもよく分かっていた。この基地のせいで何万人もの人間の生命が脅かされているのだ。

「……そうだな。でも、もうこうなったら仕方がないさ。それに本当は、この基地はこの世界に存在してはいけないものだ。残しておいても、きっと不幸しか生まない……」

 この施設が全く別の、平和な施設ならどれほどよかっただろう。だが、これは軍事基地なのだ。

「そう。あなたがそう言うなら……」
「で、これからどうするんだ? 考えがあるのか?」
「ああ」

 リョウは武器庫から機関部へ向かう計画を説明した。

「なるほどな」
「だが、それだけの執念を持つベルグ卿がこのまま引き下がると思えないが……」
「無論、何かやってくるかもしれないが、悩んでも仕方ない。何事もないことを祈るだけだな」
「……よかろう。では、わしとラースが先導する、その後ろにリョウと、隊長と嬢ちゃん、そして、ダグとギリアンは 殿しんがりを頼む」
「はっ」

 ギリアンが直立不動でうなづいた。


 だが、何事もなければいいというリョウの願いは、次の瞬間あっけなく崩れ去った。

 突然、入り口の扉が開く音がして一同がそちらに目をやると、見張りに出ていたダグが立っていた。だが、顔には生気がなく目も焦点が合っていない。フラフラと数歩、足を中に踏み出したところで、いきなり倒れた。床には血が溢れていく。

「ダグ!」

 ラースとギリアンが血相を変えて駆け寄り、急いで奥に引きずっていった。後には血の跡がべったりと残っている。黒い服を着ているため目立たないが相当の出血である。

 リョウとガイウスは、まだ開いたままの入り口の両側にすぐさま駆け寄り、陰に隠れながら外を見る。いつの間にかホールが薄暗く灯されていた。

(……ちっ。そういえばこいつらがいたな)

 思わぬものが視界に入り、リョウは舌打ちする。

 それは、機械化歩兵の一群だった。

 銀色の装甲に身を固め、鉄仮面に似た頭部には赤い目が光っている。
 その数およそ20体。
 入り口からは距離を取り、ホールの中央に隊列を組んでいた。
 
「何と面妖な。あいつらは何だ?」
「機械化歩兵、つまり機械でできた兵士だ」
「何とな。そんな物までおるのか」

 ガイウスが呆れ顔で声を上げた。

「ああ、奴らは、ビームソードとレイガン……じゃねえ、俺の持ってた剣と飛び道具と同じものを手に仕込んでるはずだ」
「……だが、それなら、向こうから攻撃してこないのも不自然だな。わしたちが陰から覗き込んでいるのは分かっているだろうに」

 その言葉通り、機械兵たちはピクリとも動かなかった。

「司令室の機器に損害が出るからだろう。たぶん中央にいるのもそのためだ」
「フン、なるほどな」
「たぶんこの部屋にいる限り安全なんだろうが、もう俺たちには時間がない。やはり、あいつらを倒してリフトに乗るしかない」

『リズ、発射予定時刻まであとどれぐらいだ』
『47分よ』

 逃げる時間も考えればそれほど余裕はない。

 やがて、自動で扉が閉まった。
 とにかく今すぐ襲ってくることはないと知って、二人は仲間のところに戻る。
 すでにダグが横たえられ胸の上に手を組まれていた。
 アルバートたちは一様に沈痛な表情でそばに立ち、俯いていた。

「……」

 アリシアが、こちらに気がつき、無言で首を横に振った
 胸に服を突き破って何かが貫通した跡がここからでも見て取れた。レイガンの貫通痕だ。

「ダグ……」

 ガイウスが痛恨の声を漏らすと。そばにしゃがんで、合わされた手に自分の手を重ねた。

「お前の犠牲は無駄にはせん」

 そして、立ち上がって、リョウに頷きかけた。

「……みんな、聞いてくれ。俺たちは外で待ち伏せされている」

 リョウは、20体ほどの機械兵が中央で待ち構えられていること、それを倒してリフトに乗らなければならないこと、そして、機械兵の装甲や武器について説明した。

「私たちの三倍以上か。その人数で取り囲まれると厄介だな……」

 アルバートが思案げに顎を撫で回す。

「でも、もう時間もないんでしょ?」
「ああ」
「こうなったら是非もない。リョウ、ここは、わしたちが突っ込んで奴らを引きつける。お前たちは後ろから援護しつつ、隙を見て、先にあの箱部屋に乗ってくれ」
「分かった」
「ちょっと待て。リョウ」

 彼が入り口に向かおうとするとガイウスが止めた。

「どうした?」
「お前、武器はどうした?」
「ああ、ここに入る前に奴に取られたよ」
「……」

 ガイウスは、ダグが腰につけていた剣を抜いて、リョウに柄を向けて差し出した。

「これを持っていけ。ないよりマシだろう」
「いいのか? ダグの形見だろうに」
「お前が使うなら、こいつも喜ぶだろうよ」
「分かった」

 リョウは受け取ると、ダグの遺体に向かって軽く剣を掲げた。

「すまんが借りてくぜ」

 そして、一同が二手に分かれ扉の陰に隠れる。リョウがボタン押すと二枚の扉が左右に開いた。
 ホールの中央には、相変わらず銀色の鎧に身を固めた機械兵の一団が、隊列を組んだままピクリとも動かず立っていた。兜の目の部分が不気味に光っている。

「……」

 後ろを振り返ると、アリシアがうなづいた。少し緊張しているようだが、怯える目ではない。
 向かい側では、アルバートが魅せられたかのように、機械兵を見つめている。
 また、ガイウスの部下、ラースとギリアンの二人はいずれも決意に満ちた表情をしていた。
 仲間を殺されて、余計に意気が上がっているようだ。

「扉を開けっ放しにしておこう。司令室を背にしている限り飛び道具は使えないはずだからな」

  リョウは開閉ボタンを操作して、開いたまま固定する。

「皆、いいな? 行くぞ!」
「おお!」

 六人は一斉に躍り出た。

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