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第31話 侵入

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 話はその少し前、アリシアがリョウとの通信を切った直後に戻る。

「みんな、ちょっと耳を貸して」

 アリシアは、そばにいる父と二人の仲間にささやいた。
 発掘隊の面々と村人たちはひとかたまりに座らされ、監視されていたのだ。

「……」

 おそらく、深刻な話だと察したに違いない。三人は何も言わず、さりげないふりをしながら、アリシアの声が聞きやすい姿勢を取った。
 
 遺跡の扉につながるスロープの前では、3名の魔道士が立ちはだかるように警護している。グスタフはそこからやや離れたところに立ち、腕を組み睨みつけるようにアリシアたちを見張っていた。彼のそばには別の魔道士が控えている。
 魔道士たちは皆、黒いローブのフードを深く被っており表情は見えない。その分、不気味な雰囲気を漂わせていた。

「あのね、今、リョウから遠話が入ったのよ」
「ん、お前、遠話なんて使えるのか? いやそれを言うならリョウもだな」

 アルバートが意外そうな顔でささやきかえす。

「私が使えるわけじゃないのよ。詳しいことはよく分からないけど、リョウの使い魔が頭の中に住んでて、私に彼の声を中継してくれるらしいの。なぜか、私とだけ遠話でやり取りできるんだって」

「ほう」

「それでね、大変なのよ。ベルグ卿がこの遺跡からミサイルを撃ってアルティアを火の海にしようとしているらしいの。だから止めるのを手伝ってほしいって」
「待て、アルティアを火の海……だと?」
「そいつはまた……」
「……」

 三人とも、信じられないという様子でアリシアの顔を見つめた。
 アルティアまでは馬でもかなりの時間がかかる。
 それなのに、ここから攻撃して火の海にするということが理解できなかったのだ。

「そのミサイルってのは何ですか?」

 リンツの顔が心なしか青ざめている。

「リョウの世界の兵器よ。それがロザリアの街を破壊したのよ」
「ロザリアの街を破壊? そりゃ、何の話ですかい?」
「そっか。えっとね……」

 父たちにまだ話していないことを思い出し、ロザリアの記憶で見たことを簡単に話す。
 
「ふうむ。天から降ってきて街を破壊か……」
「そら恐ろしい武器ですな」
「全くだ。だが、ということは、この遺跡は軍事施設だったのだな。そして、ベルグ卿はこの施設の関係者だったわけか……」

 アルバートがあごに手をやりながら、納得したかのようにうなずく。

「じゃ、じゃあ、その武器を使えば、本当にアルティアが滅びるんですか?」

 リンツの声は心なしか震えていた。

「ええ。私が見たのは焦土と言っていいほどの焼け野原で、まさに地獄絵図だったわ」
「そんな……」
「……」

 重苦しい沈黙が漂う。
 アルバートが気を取り直したかのように尋ねた。

「……まあいい。それで、アリシア、リョウはなんて言ってたんだ?」
「ガイウスさんたちに、基地の中に入って来てほしいって」
「なるほどな。……ん? そう言えば、彼らはどこにいるんだ?」
「さっきまでいましたが……」

 グスタフたちに気取られぬように周りを見回す。
 少なくとも、この集団の中にはいない。

「おかしいな、彼の部下も見当たらん」
「あ、いました、隊長の小屋のそばに隠れてます」

 リンツが囁く。
 その言葉通り、立ち並ぶ小屋の陰に隠れるように潜んでいるガイウスと部下の姿が見えた。そこはグスタフ一行から死角になっている。
 こちらが探しているのに気がついたか、ガイウスが軽く手を上げた。

「今までは気にも止めていなかったが、そう言えばベルク卿が来るときはいつも彼らの姿が見えなかったな」
「そうね」

 ガイウスの当初の目的はベルグ卿の調査だった。そのせいだろう。

「ということは彼らの目は正しかったということか。だが、なんとかこの話をガイウス殿に知らせねばならないな。急がねばならんのだろう?」
「ええ。リョウはあまり時間がないって言ってた」
「どうします?」
「じゃあ、私が行って来るわ」
「え、お、おい……」

 アルバートが止めようとした時には、アリシアはすでに立ち上がって、グスタフに向かって軽く手を上げていた。

「あの、ちょっと」

 呼びかけながら、グスタフの方に近寄る。

「……何だ?」

 彼は、不機嫌な顔を露わに訊いた。

「手を洗いたいんだけど、ここを離れてもいいかしら」
「……」

 いぶかしむような目で、アリシアをめつける。
 そして、やむなくといった体で頷くと、そばにいた魔道士に命じた。

「おい、一緒についていけ」
「はっ」

 お付きの魔道士の一人が、アリシアのそばに寄ってきた。

「何よ、レディに失礼じゃないの?」
「フン、文句があるなら我慢するんだな」
「……」
「妙な真似をしたら、殺して構わぬ」
「は」
「……」

 アリシアは何も言わず踵を返し、不安げなアルバートを横目で見ながら、ガイウスたちが隠れている小屋の方に歩いていく。
 その後ろから少し離れて魔道士が油断なく付いて来る。

 そして、小屋が立ち並んでいる区画に入って、グスタフたちからの死角に入った時、横手からいきなりガイウスが現れた。

「な、何だ、お前は……」

 魔道士がうろたえた声を出す。
 ガイウスがそれに答えることもなく問答無用で当て身をくれると、かすかなうめき声を上げて崩れ落ちた。それを、部下たちが抱えて小屋の後ろに連れて行く。

「やれやれ、嬢ちゃん、物騒なことになってるじゃねえか。一体何があった?」
「ガイウスさん、聞いて! 一大事なのよ」

 アリシアは、これまでのことを簡単に説明した。
 ガイウスが唸り声を上げる。

「ふーむ。まさかベルグ卿が旧文明人とはな。それに、アルティアを火の海だと? 思った以上に悪党だったな」
「それでね、リョウが、ガイウスさんたちに入って来てほしいって」
「分かった。なら、先にあのグスタフとやらを何とかせんといかんな。正面から戦うと面倒なことになりそうだ。ふむ」

 少しの間、考えるそぶりを見せた後、頷いた。

「ラース」
「ハッ」

 四人の部下の一人が近くに来て、直立不動になる。

「わしはそこの魔道士のふりして嬢ちゃんと一緒にあのグスタフに近づく。お前たちは全員、裏から左手に廻って他の魔道士たちを攻撃する準備をしろ。そして、わしが十分近づいたら、目立つように奴らを攻撃して注意を引いてくれ。ただし、後で審問に必要になる。できるだけ殺さぬようにしろ」
「かしこまりました」
「そいつのローブをわしにくれ」
「はっ。おい」

 ラースが指示すると、二人の別の兵士が魔道士からローブを剥ぎ、ガイウスに渡す。
 ガイウスはそれを羽織って、ローブを深く被った。

「ある程度は、これで騙せるだろう。よし、お前たちは配置につけ。タイミングを見誤るな」
「ハッ」

 四人は足音を立てないように奥に散って行った。

「では嬢ちゃん、行くぞ。お前さんは普通にしておればいい。そして、グスタフに用があるふりをして、できる限りやつに近づいてくれ」
「分かったわ」

 アリシアは、広場に向かって歩き始める。ガイウスはフードを深く被り、アリシアの後ろに隠れるようについて行く。

 すぐにグスタフがこちらを見たが、何も気がつかなかったのか目をそらし、再びアルバートたちに目をやった。

 そして、皆が座っているところまで戻ったとき、アリシアは手を上げて、グスタフに呼びかけた。

「ねえ、グスタフさん、ちょっといいかしら」
「何用だ?」
「あ、ええと、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

 何気ないふりをしながら、彼に近づく。

「ん、待て、貴様……」

 魔道士の変装に違和感を感じたのか、アリシアを無視してガイウスに声をかけた。
 
 その瞬間―――

「敵襲だあ」
「うわあっ」

 魔道士たちの動揺した声が響いてきた。

 ラースたちが、魔道士たちに襲いかかったのだ。

「何!」

 そして、グスタフがそちらに気を取られた瞬間、アリシアの背後からガイウスが飛び出た。
 気配に気づいたグスタフが振り返ったときにはもう遅かった。ガイウスが一気に懐に飛び込み、みぞおちに一撃を喰らわせた。

「き、貴様……は……」

 何かを言おうとしたが、言葉にならずその場に崩れ落ちた。
 さらに、お付きの魔道士がラースたちに魔道を撃とうとしているところに素早く忍び寄り、背後から首に手刀を打ち込む。

 魔道士も声も立てずに地面に倒れた。
 そして、アリシアが振り返ると、ラースたちも魔道士を全員倒していた。
 あっという間の制圧劇である。

(味方にすると、この人たちこんなに心強いのよね……)

 ヴェルテ神殿で処刑されそうになった時は、絶望しか感じなかったことを思い出し、心の中で苦笑した。

「総長」

 四人が、ガイウスのところに寄ってくる。

「よくやった。この者たちをふん縛っておけ」
「はっ」
「ガイウス殿」

 アルバートが声をかけた。

「おお、隊長。話は聞いたぜ。我らはこれよりこの遺跡に潜入する。すまないが、リョウと連絡を取るのに、嬢ちゃんにも来てもらう必要がある」
「分かった。では、私も同行しよう。私も魔道の心得がある。戦力の多い方がいいだろう」
「む……」

 ガイウスはしばらく迷うそぶりを見せたが、うなずいた。そして、一番若い兵士に命じる。

「いいだろう。では、ティール、お前はここに残って、 本隊に連絡。一個大隊を至急派遣させろ。そして、国王陛下に事の子細を伝えよ。できれば王族の方々には至急ご避難いただきたいとな。その後は、発掘隊の護衛とベルグ卿の一味を見張っておいてくれ。あとの三人はわしと一緒に遺跡内に突入する」
「ハッ」
  
 アルバートも、二人の隊員を振り返った。

「エド、お前はリンツとともに、村人たちをつれて離れたところまで下がっていてくれ。それにこの後何が起こるか分からん。出土品や発掘の記録なども一緒に持ち出してくれ」

「了解しやした」
「わかりました」

 段取りが整ったのを見て、ガイウスが云った。

「いいな? では、行こう」
「ええ」

 一同は扉のところまでスロープを駆け下りた。そして、先ほどベルグ卿がしていたように、アリシアが扉横の半透明のパネルに掌を当てる。

 しかし、扉は開かない。代わりにピピピッという音がして掌に当てたパネルの下部にいくつかの見慣れない記号が現れた。

「どうなってるんだ、これは?」
「大丈夫よ。さっきリョウに聞いたから。よくわからないけど、登録されてないとだめなんだって」

 アリシアは自分の右手をパネルに当てながら、教えられた順番に左手で記号を押した。

 その瞬間、再び電子音が鳴り、今度は空気が漏れるような音と共に扉が開いた。

「おおっ、開いた」

 扉の真正面にいた部下たちが思わず一歩下がる。
 入り口からは、左右両側に続く通路が薄ぼんやりと見える。

「よし、行くぜ」
「ええ」

 ガイウスと部下たちがまず中に入り、アルバート、そして最後にアリシアが続いた。
 中はほのかな赤い光が灯っており薄暗いが周囲は見えた。
 ただ、両側に続く廊下の先は全く見えない。

『お気をつけて!』

 アリシアが振り返ると、不安げな顔のエドモンドとリンツがスロープ先から見送っているのが見える。
 彼女が手を振り返した瞬間、すぐに扉が閉まった。
 日光が遮断され、周囲は淡い赤一色になる。

「嬢ちゃん、道案内を頼む」

 ガイウスの言葉にうなづいて、アリシアは奥に進んだ。

 こうして彼らは、旧文明遺跡の中に侵入したのだった。


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