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ウソカマコトカ2 第2話
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※『ウソカマコトカ1』⇒『ユメカマコトカ』⇒『ウソカマコトカ2』となり、こちらは続編となります。
※BLのため苦手な方はご遠慮下さい。
※性描写なし
------------------------------------------------
「お前さあ、そんな落ち込んでんの? 大丈夫?」
「え、何? ……俺?」
「むちゃくちゃ弱ってんじゃん、失恋くらいで。大丈夫かよ」
座敷の一番奥を陣取り、最初のひと口目を飲み終えると、隣に座っていた吉川が声を潜めて聞いてきた。
吉川は同じ研究室の同級生だ。
今夜の打ち上げは、隣の研究室と合同だったせいで人数が多く、いつもより大きな居酒屋で開かれた。
座敷いっぱいに3列の長テーブルが並ぶ。
一つ向こうのテーブルは既にきゃっきゃっと盛り上がり始めているし、一番奥のテーブルでは教授陣が難しそうな話をしている。
「お前ほんと最近、目がヤバいよ。なんか」
「なにそれ……俺、そんなヤバいの?」
「うん。なんかこう、人が変わったってか……。今まで大人しくて真面目そうだったのにさ、ちょっと暗くて病んでるみたいな? 悪い奴、みたいな……? 感じになった」
吉川は俺を眺めながら顎をわずかに傾け、悩んだ表情をした。
「暗くて……病んで、悪い……の? 最悪じゃん」
俺はそこで初めて、今まで自分が大人しくて真面目なタイプに振り分けられていた事を知った。が、かなり今さらであったし、どうせならもっと早く教えて欲しかった。
そんな当たり障りのない印象でも、暗くて病んだ悪い奴になるくらいなら、以前のイメージを死守しただろうに。
それから「ま、失恋なんかで、そうクヨクヨすんな!」と明るく笑い、吉川は俺の背中をぽんと叩いた。
失恋……そういえば、そんな事もあったなと思う。
ずいぶんと昔の事に感じる。
実際、今の俺の悩みは失恋どころでは無かった。
だがそう伝えたところで、じゃあ何に悩んでいるんだと聞かれると、どうやっても事細かに話せる事情ではない。
ちょうどいい。失恋で落ち込んでいる事にしておこう。
失恋した相手には多少申し訳ない気もする。
ええっと――。
今世紀最大の失恋相手の名前もすぐに思い出せないのだから、自分は吉川の言う通り、相当病んで弱っているのだと分かり、やや笑えた。
それから吉川や他のメンバーと、少し話をした。
授業の課題やバイトの話、他の研究室の噂話。たまに唐突に浮上する、彼女やデートの話題には適当に相槌を打った。
途中で一度、隣の研究室の教授が「おい君達、ちゃんと飲んでるか?」とビール瓶を片手にまわって来たので「あ、大丈夫です」とジョッキを手に持ち、丁寧に断った。
しばらくすると、かなりペースを落して飲んでいたはずのビールが、急速に体内を駆け巡って瞼が重たくなる。
最近は悪夢ばかり見るせいで眠りが浅く、常に睡眠不足の状態だから、余計にアルコールが効く。
うとうととする。
どれくらい経ったのか、ふと顔を上げると、騒がしく盛り上がっているのは部屋の半分から向こうの方だけで、俺の周りには酔い潰れた野郎共が散乱していた。
いつもの光景だった。
飲み会で気がつくと、いつも自分の周りの一角だけが戦場の死体置き場のようになっている。
酒に敗れた戦士共が、丸太のように転がっていたり、行き倒れのようにテーブルに片腕を伸ばし突っ伏している。
そして向こうの方では宴会が最高潮に盛り上がり、宴もたけなわである。
どうやら自分も酔い潰れた死体として、ここに座っているらしいと理解し、また目を閉じかける。
それにしても、一体誰なんだ。
死体に酒を注ぎに来る、まめな奴は。
目の前のテーブルには、減らしたはずのビールが、ジョッキに波々と注がれ置いてある。
手を伸ばしてジョッキをつかみ、少しだけ口を付ける。
軽快に騒ぎ立てている部屋の向こうを眺める。
今日はさすがに飲み過ぎない。数時間前に自分に誓ったのを思い起こす。
もう酔った後のいらない記憶を増やすのはごめんだ。
セーブしながら飲んでいたが、病んで弱ったボロボロの体には少量の酒がよく回った。
また、眠たくなる。
しばらくすると、吉川がまた聞いてきた。
「お前、そんなに失恋で落ち込んでんの?」
「え……、んんー」
「そんなに幸野のこと好きだったわけ?」
そう聞かれると、どうなんだろうと思い、目を閉じたまま腕を組んだ。
そんなにも好きでした、と答えるには、名前を忘れていた時間があまりにも長すぎたような気がする。正直、今聞いて思い出した。
「ん……どう、だろ……」
「どうだろって、なんだそれ?」
吉川はけらけらと笑った。
さっきまで俺の隣で座布団を枕にして畳に転がっていたはずなのに、ずいぶんと元気だった。
「まあもうさ、幸野の事は忘れろって」
そう言うと、吉川は俺の肩に腕をまわしてきた。
久しぶりの人の温もり。
「女なんてさ、面倒くさいだけだぞ?」
肩にまわった腕に力がこもり、ぎゅっと抱き寄せられる。
煙草の香り。
頭にすり寄るのは、吉川の頰か。
肩にあった大きな手が、二の腕、脇腹、腰へと滑り下りてきて、ねちっこく体のラインを撫でまわす。
もう片方の手が、俺の太ももを優しくさすり上げた。
「俺が忘れさせてやるよ」
ずいぶんと含みのある響きで、耳に直接囁いてくる。
その唇がそのまま首筋を熱い吐息でなぞると「んッ……」と体が小さく反応した。
おい吉川、お前それどういうノリなんだよ――。
いい加減そう思って顔を上げると、そこは先程までの居酒屋では無かった。
真っ暗闇。
我に返って、二、三度瞬きをする。
街頭の光に照らされて、ぼんやりと浮かび上がる物体を薄目で眺めていた。
しばらくして、それが砂場とフェンスだと気がついた。
頬にあたる生ぬるい外気。
わずかに漂う落ち葉の匂い。
どうやら公園にいる。
ベンチに座っている。
頭を少し横に動かして、自分がもたれている正体を見ると、それはスーツの襟元だった。
マットな灰色のネクタイが、鈍く光る。
吉川――?
しょぼしょぼする目で見上げると、吉川だと思っていたのは、全然別の男だった。
「へ……? 何、してんの? 先生」
それはうちの研究室の助教授、倉田だった。
「何って……。さっき言ったろ? 送ってって、そのままお前ん家に泊まるって」
倉田は軽く驚いたように言って俺を見た。
「は?」と止まったまま記憶をたどるが、たどる程の記憶も無かった。一つ前の保存データが座敷の奥の死体置き場だった。
覚えている限り、ビールをジョッキに2杯ほど。
それだけしか飲んでいないのに、こんなにも酔うとは想定外だ。やはり自分はかなり弱っている。
「なあ真、早くお前ん家いこ? また、前みたいにイチャつきたい」
くぐもった声。
俺の腰にあてがわれた手に力がこもる。
前髪の上から唇を柔らかく押しあてられた。
「えッ? 先生……、めちゃくちゃ酔ってんじゃん」
いつもは頼りがいのあるスポーツマン気質が、ずいぶんと遊び人っぽい雰囲気へと変貌している。
「あのなあ、酔ってんのはお前だろ? いつもは無口で真面目な振りしてる癖にさあ……、酔ったら急に本性見せやがって」
声がニヤニヤと笑っている。
太い指がくすぐるように俺の頬に触れてきた。
「はー? なにそれ」
俺はまだ眠たくて、また瞼を閉じかける。
睡魔をかき消すように、たくましい首元に顔を擦り付けた。
いつの間にか大きな厚い手と指を絡ませている。
「ほんと卑怯だよな、そういうの。急にタメ口になんのもさ」
倉田は笑いながら、ため息混じりに言った。
久しぶりの人肌のぬくもりに、じわりと意識の輪郭が溶け始める。頬にあたるYシャツの生地も心地よい。
また眠りの浅瀬を漂っていると、Yシャツに押し付けていた耳の奥で声がした。
もう、しんどいです……。先輩――。
俺は、はっとして顔を離した。
視線を暗闇にさまよわせ、声の在り処を探るが、それは明らかに自分の中から響いたようだった。
「もう歩けるか? お前ん家、案内しろよ」
倉田は立ち上がると、座っていた俺の二の腕を引いた。
「いや……、あの。俺、そんな酔ってないし。一人で帰る、ます」
我に返って立ち上がると、バランスを崩して倉田に寄りかかる。
「んな訳ないだろ、こんなにフラフラしてんのに」
「いや、ほんと……。ほんとに。大丈夫」
「もういいから、さっさと行くぞ」
そう言って俺の手を引き、歩き出そうとする。
「いや酔ってないから! ほんとに、一人で帰れるし……」
倉田の手を振りほどき、さっさと一人で帰ってしまおうと、体の周囲をきょろきょろと見る。
カバンがない。
ベンチを振り返る。ベンチにも無い。
目を凝らすと、俺のリュックサックは倉田の肩にかかっていた。
店から持たせていたらしく、「あ、どうも」と当然のように受け取ろうと手をのばすと、カバンはひょいっと上に逃げた。
「え、返して?」
ムッとして言う。
倉田の顔を見上げると、にやにやと意地悪く笑っていた。
もう一度手をのばすと、またカバンが逃げるので「は? なんだよそれ」と悪態をつく。
「お前最近、酔ってなくても反抗的になったな?」
きみの悪い笑みを浮かべてこちらを見下ろす。
いつもの爽やかな明るい雰囲気はどこにもない。
「思春期みたいで余計かわいいな、それ。なんか、いじめたくなる」
そう言って俺の頭を雑に撫でてきたので、手で払いのける。
「なにそれ……。やっぱ酔ってんじゃん」
「ああ、そうだな。俺も酔ってるな。わかったわかった。だから、な?」
急に腕を引っ張られたと思ったら、ぽふっと抱きしめられ、まんまと捕まった。
またスーツの胸元に帰ってきてしまった。
煙草の匂い。
温かい。
頭がぼんやりする。
もっと他に好きな場所があるのに。そうよぎる。
もうこれでいいか、とも思う。
「ほんと可愛いな、真は」
優しい声がして、また前髪にキスをされる。
強くぎゅっと抱き寄せられると、バランスを崩し、厚い胸板にきつく閉じ込められる。
「また前みたいに、誘ってくれよ。俺を」
耳元で囁く声は、大変甘い。
もうこの温もりでいい。
最近ずっと無かったし。
もっとイチャつきたい。あわよくば、その先も。
「ん?」と挑発的な表情が、前髪が触れる距離で俺を覗き込む。
太い親指がふにふにと俺の唇を弄び、強いタバコの香りを湛えた唇が、口元のほんの数センチ先のところまで近づいてきた。
危うい雰囲気の心地よさに、笑みが溢れそうになる。
瞳を閉じる。
はやく……、らくに、なりたい――。
はっとする。
また幻聴。
駄目だ。
我に返って青ざめる。
息を大きく吸って両手に力を入れる。
厚い胸元をぐっと押し返すと、意外なほどあっさりと、その温もりは遠ざかった。
少し拍子抜けして倉田の顔を見上げると、眉をひそめ不審な眼差しで、俺の背後、ずっと遠くを見つめていた。
その視線の先を振り返ると、公園の入り口に人影があった。
------------------------------------------------
【後書き】
めっちゃ遅くなってしまいました。
すみません。
前回ほとんどストーリーが動かなかったお詫びも込めて、今回はほぼ2話分の文字数。(肝心の人が出てきてませんが)
推敲も倍だったので時間が想像以上にかかってしまい0時に上げれなかった(;_;)
逆に読むのが大変だったかと思います^^;
ここまで辿り着いて下さってありがとうございます。
次回こそは、なんとか2~3日中には……。
眠たい。
寝ます。おやすみなさい。
※BLのため苦手な方はご遠慮下さい。
※性描写なし
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「お前さあ、そんな落ち込んでんの? 大丈夫?」
「え、何? ……俺?」
「むちゃくちゃ弱ってんじゃん、失恋くらいで。大丈夫かよ」
座敷の一番奥を陣取り、最初のひと口目を飲み終えると、隣に座っていた吉川が声を潜めて聞いてきた。
吉川は同じ研究室の同級生だ。
今夜の打ち上げは、隣の研究室と合同だったせいで人数が多く、いつもより大きな居酒屋で開かれた。
座敷いっぱいに3列の長テーブルが並ぶ。
一つ向こうのテーブルは既にきゃっきゃっと盛り上がり始めているし、一番奥のテーブルでは教授陣が難しそうな話をしている。
「お前ほんと最近、目がヤバいよ。なんか」
「なにそれ……俺、そんなヤバいの?」
「うん。なんかこう、人が変わったってか……。今まで大人しくて真面目そうだったのにさ、ちょっと暗くて病んでるみたいな? 悪い奴、みたいな……? 感じになった」
吉川は俺を眺めながら顎をわずかに傾け、悩んだ表情をした。
「暗くて……病んで、悪い……の? 最悪じゃん」
俺はそこで初めて、今まで自分が大人しくて真面目なタイプに振り分けられていた事を知った。が、かなり今さらであったし、どうせならもっと早く教えて欲しかった。
そんな当たり障りのない印象でも、暗くて病んだ悪い奴になるくらいなら、以前のイメージを死守しただろうに。
それから「ま、失恋なんかで、そうクヨクヨすんな!」と明るく笑い、吉川は俺の背中をぽんと叩いた。
失恋……そういえば、そんな事もあったなと思う。
ずいぶんと昔の事に感じる。
実際、今の俺の悩みは失恋どころでは無かった。
だがそう伝えたところで、じゃあ何に悩んでいるんだと聞かれると、どうやっても事細かに話せる事情ではない。
ちょうどいい。失恋で落ち込んでいる事にしておこう。
失恋した相手には多少申し訳ない気もする。
ええっと――。
今世紀最大の失恋相手の名前もすぐに思い出せないのだから、自分は吉川の言う通り、相当病んで弱っているのだと分かり、やや笑えた。
それから吉川や他のメンバーと、少し話をした。
授業の課題やバイトの話、他の研究室の噂話。たまに唐突に浮上する、彼女やデートの話題には適当に相槌を打った。
途中で一度、隣の研究室の教授が「おい君達、ちゃんと飲んでるか?」とビール瓶を片手にまわって来たので「あ、大丈夫です」とジョッキを手に持ち、丁寧に断った。
しばらくすると、かなりペースを落して飲んでいたはずのビールが、急速に体内を駆け巡って瞼が重たくなる。
最近は悪夢ばかり見るせいで眠りが浅く、常に睡眠不足の状態だから、余計にアルコールが効く。
うとうととする。
どれくらい経ったのか、ふと顔を上げると、騒がしく盛り上がっているのは部屋の半分から向こうの方だけで、俺の周りには酔い潰れた野郎共が散乱していた。
いつもの光景だった。
飲み会で気がつくと、いつも自分の周りの一角だけが戦場の死体置き場のようになっている。
酒に敗れた戦士共が、丸太のように転がっていたり、行き倒れのようにテーブルに片腕を伸ばし突っ伏している。
そして向こうの方では宴会が最高潮に盛り上がり、宴もたけなわである。
どうやら自分も酔い潰れた死体として、ここに座っているらしいと理解し、また目を閉じかける。
それにしても、一体誰なんだ。
死体に酒を注ぎに来る、まめな奴は。
目の前のテーブルには、減らしたはずのビールが、ジョッキに波々と注がれ置いてある。
手を伸ばしてジョッキをつかみ、少しだけ口を付ける。
軽快に騒ぎ立てている部屋の向こうを眺める。
今日はさすがに飲み過ぎない。数時間前に自分に誓ったのを思い起こす。
もう酔った後のいらない記憶を増やすのはごめんだ。
セーブしながら飲んでいたが、病んで弱ったボロボロの体には少量の酒がよく回った。
また、眠たくなる。
しばらくすると、吉川がまた聞いてきた。
「お前、そんなに失恋で落ち込んでんの?」
「え……、んんー」
「そんなに幸野のこと好きだったわけ?」
そう聞かれると、どうなんだろうと思い、目を閉じたまま腕を組んだ。
そんなにも好きでした、と答えるには、名前を忘れていた時間があまりにも長すぎたような気がする。正直、今聞いて思い出した。
「ん……どう、だろ……」
「どうだろって、なんだそれ?」
吉川はけらけらと笑った。
さっきまで俺の隣で座布団を枕にして畳に転がっていたはずなのに、ずいぶんと元気だった。
「まあもうさ、幸野の事は忘れろって」
そう言うと、吉川は俺の肩に腕をまわしてきた。
久しぶりの人の温もり。
「女なんてさ、面倒くさいだけだぞ?」
肩にまわった腕に力がこもり、ぎゅっと抱き寄せられる。
煙草の香り。
頭にすり寄るのは、吉川の頰か。
肩にあった大きな手が、二の腕、脇腹、腰へと滑り下りてきて、ねちっこく体のラインを撫でまわす。
もう片方の手が、俺の太ももを優しくさすり上げた。
「俺が忘れさせてやるよ」
ずいぶんと含みのある響きで、耳に直接囁いてくる。
その唇がそのまま首筋を熱い吐息でなぞると「んッ……」と体が小さく反応した。
おい吉川、お前それどういうノリなんだよ――。
いい加減そう思って顔を上げると、そこは先程までの居酒屋では無かった。
真っ暗闇。
我に返って、二、三度瞬きをする。
街頭の光に照らされて、ぼんやりと浮かび上がる物体を薄目で眺めていた。
しばらくして、それが砂場とフェンスだと気がついた。
頬にあたる生ぬるい外気。
わずかに漂う落ち葉の匂い。
どうやら公園にいる。
ベンチに座っている。
頭を少し横に動かして、自分がもたれている正体を見ると、それはスーツの襟元だった。
マットな灰色のネクタイが、鈍く光る。
吉川――?
しょぼしょぼする目で見上げると、吉川だと思っていたのは、全然別の男だった。
「へ……? 何、してんの? 先生」
それはうちの研究室の助教授、倉田だった。
「何って……。さっき言ったろ? 送ってって、そのままお前ん家に泊まるって」
倉田は軽く驚いたように言って俺を見た。
「は?」と止まったまま記憶をたどるが、たどる程の記憶も無かった。一つ前の保存データが座敷の奥の死体置き場だった。
覚えている限り、ビールをジョッキに2杯ほど。
それだけしか飲んでいないのに、こんなにも酔うとは想定外だ。やはり自分はかなり弱っている。
「なあ真、早くお前ん家いこ? また、前みたいにイチャつきたい」
くぐもった声。
俺の腰にあてがわれた手に力がこもる。
前髪の上から唇を柔らかく押しあてられた。
「えッ? 先生……、めちゃくちゃ酔ってんじゃん」
いつもは頼りがいのあるスポーツマン気質が、ずいぶんと遊び人っぽい雰囲気へと変貌している。
「あのなあ、酔ってんのはお前だろ? いつもは無口で真面目な振りしてる癖にさあ……、酔ったら急に本性見せやがって」
声がニヤニヤと笑っている。
太い指がくすぐるように俺の頬に触れてきた。
「はー? なにそれ」
俺はまだ眠たくて、また瞼を閉じかける。
睡魔をかき消すように、たくましい首元に顔を擦り付けた。
いつの間にか大きな厚い手と指を絡ませている。
「ほんと卑怯だよな、そういうの。急にタメ口になんのもさ」
倉田は笑いながら、ため息混じりに言った。
久しぶりの人肌のぬくもりに、じわりと意識の輪郭が溶け始める。頬にあたるYシャツの生地も心地よい。
また眠りの浅瀬を漂っていると、Yシャツに押し付けていた耳の奥で声がした。
もう、しんどいです……。先輩――。
俺は、はっとして顔を離した。
視線を暗闇にさまよわせ、声の在り処を探るが、それは明らかに自分の中から響いたようだった。
「もう歩けるか? お前ん家、案内しろよ」
倉田は立ち上がると、座っていた俺の二の腕を引いた。
「いや……、あの。俺、そんな酔ってないし。一人で帰る、ます」
我に返って立ち上がると、バランスを崩して倉田に寄りかかる。
「んな訳ないだろ、こんなにフラフラしてんのに」
「いや、ほんと……。ほんとに。大丈夫」
「もういいから、さっさと行くぞ」
そう言って俺の手を引き、歩き出そうとする。
「いや酔ってないから! ほんとに、一人で帰れるし……」
倉田の手を振りほどき、さっさと一人で帰ってしまおうと、体の周囲をきょろきょろと見る。
カバンがない。
ベンチを振り返る。ベンチにも無い。
目を凝らすと、俺のリュックサックは倉田の肩にかかっていた。
店から持たせていたらしく、「あ、どうも」と当然のように受け取ろうと手をのばすと、カバンはひょいっと上に逃げた。
「え、返して?」
ムッとして言う。
倉田の顔を見上げると、にやにやと意地悪く笑っていた。
もう一度手をのばすと、またカバンが逃げるので「は? なんだよそれ」と悪態をつく。
「お前最近、酔ってなくても反抗的になったな?」
きみの悪い笑みを浮かべてこちらを見下ろす。
いつもの爽やかな明るい雰囲気はどこにもない。
「思春期みたいで余計かわいいな、それ。なんか、いじめたくなる」
そう言って俺の頭を雑に撫でてきたので、手で払いのける。
「なにそれ……。やっぱ酔ってんじゃん」
「ああ、そうだな。俺も酔ってるな。わかったわかった。だから、な?」
急に腕を引っ張られたと思ったら、ぽふっと抱きしめられ、まんまと捕まった。
またスーツの胸元に帰ってきてしまった。
煙草の匂い。
温かい。
頭がぼんやりする。
もっと他に好きな場所があるのに。そうよぎる。
もうこれでいいか、とも思う。
「ほんと可愛いな、真は」
優しい声がして、また前髪にキスをされる。
強くぎゅっと抱き寄せられると、バランスを崩し、厚い胸板にきつく閉じ込められる。
「また前みたいに、誘ってくれよ。俺を」
耳元で囁く声は、大変甘い。
もうこの温もりでいい。
最近ずっと無かったし。
もっとイチャつきたい。あわよくば、その先も。
「ん?」と挑発的な表情が、前髪が触れる距離で俺を覗き込む。
太い親指がふにふにと俺の唇を弄び、強いタバコの香りを湛えた唇が、口元のほんの数センチ先のところまで近づいてきた。
危うい雰囲気の心地よさに、笑みが溢れそうになる。
瞳を閉じる。
はやく……、らくに、なりたい――。
はっとする。
また幻聴。
駄目だ。
我に返って青ざめる。
息を大きく吸って両手に力を入れる。
厚い胸元をぐっと押し返すと、意外なほどあっさりと、その温もりは遠ざかった。
少し拍子抜けして倉田の顔を見上げると、眉をひそめ不審な眼差しで、俺の背後、ずっと遠くを見つめていた。
その視線の先を振り返ると、公園の入り口に人影があった。
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【後書き】
めっちゃ遅くなってしまいました。
すみません。
前回ほとんどストーリーが動かなかったお詫びも込めて、今回はほぼ2話分の文字数。(肝心の人が出てきてませんが)
推敲も倍だったので時間が想像以上にかかってしまい0時に上げれなかった(;_;)
逆に読むのが大変だったかと思います^^;
ここまで辿り着いて下さってありがとうございます。
次回こそは、なんとか2~3日中には……。
眠たい。
寝ます。おやすみなさい。
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