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9.トワの眠りは俺の手で
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【殺し屋 side】
また俺に、いつもと変わらない朝がきた。
『ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ。』
ハンドミルのプロペラをゆっくり回すと、砕けたカフェ豆のアロマが漂う。その香りが鼻腔を刺激して、システムダウンした俺の脳を起動させる。
髪についた寝癖をくしゃりと混ぜ、ターンテーブルにレコードをセットする。ゆったりと回転する円盤の溝にふぅーっと息を吹きかけて、レコード針を丁寧に挿入した。
ポロンとジャズピアノがメロディを刻んで、魔動ケトルからシューっと湯気が立ち上る、カチリと音を立てて、スイッチランプが切れた。
ミスリル製のフィルターをガラスポットに乗せ、荒く挽いた粉の上にドリップケトルの熱湯を降りかける。ふつふつと音がして、豆が膨らんでいく。
『Angel Eyes』を歌う女性の甘い声が、スピーカーから流れ出して、それが何故か切なく胸に響く。そう、あの夜の激しい口付けを思い出させるから。
あれは、女のゴーストが魅せた官能的な夢か幻か?
ケトルの細い注ぎ口から、パタパタ滴り落ちる湯玉の先。黒いあぶくが弾けて消える。
でも・・・。
チラリと鏡を覗き見る。俺の首にあの女のキスの印が付いていて、あれが現実だったと教えてくれる。
真っ白なカフェオレボウルに、珈琲ブラウンを満たす。ズズっと一口啜ると、酸味と苦味が喉の奥でじんわりと広がる。
「くっ、あっつ。」
熱いカフェを猫舌でふぅふぅしながら、扉の下に差し込まれた新聞を開いて、流し読む。
そして・・・俺は激情に駆られ。
『ダン!!』と、壁を横殴りした。
「チッ、クソが!失敗したぜ!!くそがーっ!!やっぱり、殺しておけば良かったんだ・・・。チッ!」
くしゃりと丸めて放り投げた、新聞記事。
『鉄壁の侯爵夫人、喪服姿で自殺未遂!?』
俺の中に、感じたことのない後悔が渦巻く。自殺させるくらいならあの時、俺の手で永遠の眠りにつかせてやれば良かった。
あの女、俺が首を絞めた時。心底、幸せそうに笑ってやがったんだ。張り込み中に一度も見せなかった笑顔を、俺だけに。
「くそっ!」
俺は衝動的に側にあった、アカンサス柄のカフェオレボウルを掴んで扉に向かって投げつける。
その時『ギィ』と扉が開いて、
年老いた男が杖を付いて部屋に入って来た。そして、床に落ちる寸前のボウルを器用に受け止める。
「わっ!お、おい!!儂のアンティークに何するんじゃ!!」
「だったら、ココに置いとくんじゃねぇ!」
俺はじじいが受け止めたボウル目掛けて蹴りを入れる、じじいは背骨を器用に曲げて俺の脚を避ける。
「何じゃ?荒れとるのう。だって、ここのキャフェオレが1番ウマいんじゃもん。」
このクソじじいは、毎朝俺の淹れたコーヒーを飲みにやってくる。焼きたてのバゲットを片手に・・。
「お前、あのターゲット殺し損なったんじゃって?お前でも失敗する事あるんじゃのぉ。イヒヒヒッ。しかもその女を、プフッ。犯そうとしたんじゃって??イッヒヒヒッ。」
俺はじじいのカフェボウル目掛けて、アイスピックを3連打で投げつける。
「うっせぇ!!今すぐ、帰りやがれ!!」
それを、人差し指と中指を十字に曲げ、ふざけたポーズで軽く受け止める。
「全く、騒々しいヤツじゃ。ほれ、お前の分。」
じじいは買ってきたバゲットを、音も立てずにスライスして俺によこす。このじじいは、俺が所属する暗殺ギルドのギルマスだ。
じじいは何事も無かったみたいに、いつも通りアークバッファローのミルクと蜂蜜をたっぷり混ぜて、自前のボウルにカフェオレを注ぐ。
「そこのパン味はうまいんだけど俺、嫌いなんだよ。たまに縮れた毛が入ってる。」
「パン職人が必死に生地を捏ねたら、毛くらい入るわい!」
じじいはバターを塗りたくったバケットを、ベチャベチャとカフェオレに浸して勝手に食べ始めた。しかも、俺がぐしゃりと投げ捨てた新聞のシワを丁寧に伸ばして、熟読していく。
「おお、ヴァク!!ターゲットは未だ、処女らしいぞぃ。惜しかったのぉ?ヴァージン殺り損なって。ヒヒヒっ。」
「クソじじい、マジで、ぶっ殺ス!!」
「わわっ!?よせ!儂のアンティークボウルは、絶対ダメじゃ。投げるのは止めるんじゃー!!」
軽くいなされて、刃先の丸いバターナイフを喉笛に突きつけられる。
「ちぃ!じじい、いつかぶっ殺してやる。」
俺は悔しながら、ボウルを手放す。力量さ、テクニック、全てがじじいより劣っている。
「全く、冗談の通じん奴じゃのぉ。ぺっぺっ。」
じじいが、口から毛を吐きだす。
新聞のゴシップ面には、パパラッチされた女の写真が載っていた。喪服を着たあの女が騎士の男に抱かれ、王立病院に運ばれている。
ぐったりと力無く身体を横たえ、抱え込まれる女の腕には、木製のロザリオがぐるりと巻き付いている。あの紋章は、王族に伝わる死装束か・・・。
女の周りにだけ、見えない死神が纏わりついているみたいだ。逃れる事の出来ない死。まるで誰も読む事のない、古い歴史書に出てくる悲劇の姫のように。
あの夜、女は声を殺して、一体何に涙を流していたんだろうか・・・。
「まぁ、悲観するな。暗殺に失敗する事は、先方もわかっとったんじゃ。違約金も、設定されとらんしの。お前はよくやったよ、でも所詮コレはお貴族様の余興だったのさ。この女の心を壊す為のなぁ。」
「クソ野郎が・・・。やっぱ殺せば良かった。」
「それにしても、喪服姿の人妻とは背徳的で唆るのぉ。む、むむっ!?こ、この写真まさか、ぶ、ブラジャーをしとらんぞぃ!?」
「はぁ!?」
「視覚強化をMAXで使ったら、うっすらと乳首が浮いて見えるぞぃーー!!」
「お、おい!!それは俺の新聞だ!!切り抜いて持って帰ろうとしてんじゃねぇ!!クソじじい!!」
「わぁ!!よせぇ!!儂のアンティークボウルー!!かえす、返すからー!!火魔法はダメじゃーー!あ゛ーーっ!氷魔法もダメじゃー温度差で、割れちゃうじゃろー!」
------------------------------
ー豆知識ー
じじいが食べているのは、フランスの一般的な朝食『タルティーヌ』です。
硬いバゲットにバターやジャムを塗って、カフェオレに浸して食べます。バターの油ぶんで濁っても、最後は飲み干すそうですよ。
また俺に、いつもと変わらない朝がきた。
『ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ。』
ハンドミルのプロペラをゆっくり回すと、砕けたカフェ豆のアロマが漂う。その香りが鼻腔を刺激して、システムダウンした俺の脳を起動させる。
髪についた寝癖をくしゃりと混ぜ、ターンテーブルにレコードをセットする。ゆったりと回転する円盤の溝にふぅーっと息を吹きかけて、レコード針を丁寧に挿入した。
ポロンとジャズピアノがメロディを刻んで、魔動ケトルからシューっと湯気が立ち上る、カチリと音を立てて、スイッチランプが切れた。
ミスリル製のフィルターをガラスポットに乗せ、荒く挽いた粉の上にドリップケトルの熱湯を降りかける。ふつふつと音がして、豆が膨らんでいく。
『Angel Eyes』を歌う女性の甘い声が、スピーカーから流れ出して、それが何故か切なく胸に響く。そう、あの夜の激しい口付けを思い出させるから。
あれは、女のゴーストが魅せた官能的な夢か幻か?
ケトルの細い注ぎ口から、パタパタ滴り落ちる湯玉の先。黒いあぶくが弾けて消える。
でも・・・。
チラリと鏡を覗き見る。俺の首にあの女のキスの印が付いていて、あれが現実だったと教えてくれる。
真っ白なカフェオレボウルに、珈琲ブラウンを満たす。ズズっと一口啜ると、酸味と苦味が喉の奥でじんわりと広がる。
「くっ、あっつ。」
熱いカフェを猫舌でふぅふぅしながら、扉の下に差し込まれた新聞を開いて、流し読む。
そして・・・俺は激情に駆られ。
『ダン!!』と、壁を横殴りした。
「チッ、クソが!失敗したぜ!!くそがーっ!!やっぱり、殺しておけば良かったんだ・・・。チッ!」
くしゃりと丸めて放り投げた、新聞記事。
『鉄壁の侯爵夫人、喪服姿で自殺未遂!?』
俺の中に、感じたことのない後悔が渦巻く。自殺させるくらいならあの時、俺の手で永遠の眠りにつかせてやれば良かった。
あの女、俺が首を絞めた時。心底、幸せそうに笑ってやがったんだ。張り込み中に一度も見せなかった笑顔を、俺だけに。
「くそっ!」
俺は衝動的に側にあった、アカンサス柄のカフェオレボウルを掴んで扉に向かって投げつける。
その時『ギィ』と扉が開いて、
年老いた男が杖を付いて部屋に入って来た。そして、床に落ちる寸前のボウルを器用に受け止める。
「わっ!お、おい!!儂のアンティークに何するんじゃ!!」
「だったら、ココに置いとくんじゃねぇ!」
俺はじじいが受け止めたボウル目掛けて蹴りを入れる、じじいは背骨を器用に曲げて俺の脚を避ける。
「何じゃ?荒れとるのう。だって、ここのキャフェオレが1番ウマいんじゃもん。」
このクソじじいは、毎朝俺の淹れたコーヒーを飲みにやってくる。焼きたてのバゲットを片手に・・。
「お前、あのターゲット殺し損なったんじゃって?お前でも失敗する事あるんじゃのぉ。イヒヒヒッ。しかもその女を、プフッ。犯そうとしたんじゃって??イッヒヒヒッ。」
俺はじじいのカフェボウル目掛けて、アイスピックを3連打で投げつける。
「うっせぇ!!今すぐ、帰りやがれ!!」
それを、人差し指と中指を十字に曲げ、ふざけたポーズで軽く受け止める。
「全く、騒々しいヤツじゃ。ほれ、お前の分。」
じじいは買ってきたバゲットを、音も立てずにスライスして俺によこす。このじじいは、俺が所属する暗殺ギルドのギルマスだ。
じじいは何事も無かったみたいに、いつも通りアークバッファローのミルクと蜂蜜をたっぷり混ぜて、自前のボウルにカフェオレを注ぐ。
「そこのパン味はうまいんだけど俺、嫌いなんだよ。たまに縮れた毛が入ってる。」
「パン職人が必死に生地を捏ねたら、毛くらい入るわい!」
じじいはバターを塗りたくったバケットを、ベチャベチャとカフェオレに浸して勝手に食べ始めた。しかも、俺がぐしゃりと投げ捨てた新聞のシワを丁寧に伸ばして、熟読していく。
「おお、ヴァク!!ターゲットは未だ、処女らしいぞぃ。惜しかったのぉ?ヴァージン殺り損なって。ヒヒヒっ。」
「クソじじい、マジで、ぶっ殺ス!!」
「わわっ!?よせ!儂のアンティークボウルは、絶対ダメじゃ。投げるのは止めるんじゃー!!」
軽くいなされて、刃先の丸いバターナイフを喉笛に突きつけられる。
「ちぃ!じじい、いつかぶっ殺してやる。」
俺は悔しながら、ボウルを手放す。力量さ、テクニック、全てがじじいより劣っている。
「全く、冗談の通じん奴じゃのぉ。ぺっぺっ。」
じじいが、口から毛を吐きだす。
新聞のゴシップ面には、パパラッチされた女の写真が載っていた。喪服を着たあの女が騎士の男に抱かれ、王立病院に運ばれている。
ぐったりと力無く身体を横たえ、抱え込まれる女の腕には、木製のロザリオがぐるりと巻き付いている。あの紋章は、王族に伝わる死装束か・・・。
女の周りにだけ、見えない死神が纏わりついているみたいだ。逃れる事の出来ない死。まるで誰も読む事のない、古い歴史書に出てくる悲劇の姫のように。
あの夜、女は声を殺して、一体何に涙を流していたんだろうか・・・。
「まぁ、悲観するな。暗殺に失敗する事は、先方もわかっとったんじゃ。違約金も、設定されとらんしの。お前はよくやったよ、でも所詮コレはお貴族様の余興だったのさ。この女の心を壊す為のなぁ。」
「クソ野郎が・・・。やっぱ殺せば良かった。」
「それにしても、喪服姿の人妻とは背徳的で唆るのぉ。む、むむっ!?こ、この写真まさか、ぶ、ブラジャーをしとらんぞぃ!?」
「はぁ!?」
「視覚強化をMAXで使ったら、うっすらと乳首が浮いて見えるぞぃーー!!」
「お、おい!!それは俺の新聞だ!!切り抜いて持って帰ろうとしてんじゃねぇ!!クソじじい!!」
「わぁ!!よせぇ!!儂のアンティークボウルー!!かえす、返すからー!!火魔法はダメじゃーー!あ゛ーーっ!氷魔法もダメじゃー温度差で、割れちゃうじゃろー!」
------------------------------
ー豆知識ー
じじいが食べているのは、フランスの一般的な朝食『タルティーヌ』です。
硬いバゲットにバターやジャムを塗って、カフェオレに浸して食べます。バターの油ぶんで濁っても、最後は飲み干すそうですよ。
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