一よさく華 -幕開け-

八幡トカゲ

文字の大きさ
上 下
40 / 51
第五章 亂 -らん-

弐.開戦

しおりを挟む
 翌朝、早朝。
 それは突然だった。

 あしから都へつながる浅瀬の海から、一発の大砲が放たれた。

 球は関所近く、宿場町の一番隊の陣近くに着弾。
 朝靄あさもやが漂う遠浅の海に、黒光りする小さな船が一層浮かんでいる。
 一見、それと分からないが、軍艦だ。

 だが、その目的は砲撃ではない。

 この船から放たれた一発、その音を合図に、羅山らざんふもとで無数の銃声があがった。
 応戦の音が交じる。

 合戦の始まりだ。

 柚月は大砲の音で飛び起きた。
 休んでいたほかの者も廊下に飛び出し、本陣内は騒然としている。
 雪原の元には、最初の伝令が駆け込んできた。

「やはり、海か」

 雪原が独り言のようにつぶやく。

「しかし、いったいどこから。海には海軍が陣を敷いています」

 清名は冷静なようで、狼狽している。

「蘆沖から海岸線に沿い、浅瀬を伝って侵入した模様です」
「あの浅瀬をか⁉」

 珍しく清名が驚きを顔に出した。
 蘆から都に駆けての海岸は遠浅で、小さな漁船くらいしか航行できず、軍艦のような大型船は近づくことすらできない。
 敵はそんな小型で、大砲が詰めるような船を所有している、ということだ。

 さらにその船は、海軍の追跡をふりきり、大洋に抜けたという。
 速さまで兼ねそろえている。
 そんな船を作る技術は、この国にはない。

「やはりはぎも、そうとう海外と流通があるようですね」

 いや、楠木くすのきが、と言うべきか。
 雪原の奥歯がギリと鳴った。

 次々にやってくる伝令が、戦況を報告する。
 雪原の予想通り、七輪山しちりんさんふもとでも開世隊かいせいたいと政府軍がかち合った。
 こちらには、開世隊の旗しか見えないという。
 ここでの開世隊は、見たこともない、海外製の大型の重火器を使用しているということだった。

 それも、雪原の予想通りだ。
 大型の物や、大量の武器を運ぶには、陸路より海路の方がいい。
 雪原自身がそうしたように、開世隊が横浦よこうら周辺に武器を集めていてもおかしくはない。

 だが、いったい、どこに隠していたというのか。
 疑問は残ったままとなった。

 底後も、合戦は激化の一途をたどった。
 が、日が高く昇り、天に弧を描いて傾いても、戦況に大きな動きはない。

 ほぼ互角。

 いや、やや政府軍が優勢とあり、開世隊と萩の連合軍は、いまだ都に入れていない。
 だが、雪原は東が気になっていた。

 雪原の予想通り、開世隊が横浦から武器を運び込んでいたのだとしたら、もっと激しい衝突になってもおかしくない。

 日暮れが近い。
 暗くなれば、自然、休戦になるだろう。

 ――その間に、次の一手を打たなくては。

 雪原は地図を見た。
 七輪山のふもと、そこから海岸線を辿る。
 横洲よこすの端をかすめ、横浦。
 横洲の端を――。

「…横洲」

 雪原が何事かひらめいたその時だ。
 外で大きな音がした。

 大砲が着弾したような音。
 だが、海の方ではない。
 近い。

「何が起こった!」

 雪原の声と同時に、兵士が駆け込んできた。

「申し上げます。羅山らざん中腹より砲撃有り!」
「羅山⁉」

 雪原が思わず驚きの声をあげた。
 陣内もどよめいている。
 報告は続く。

「球は、麹町こうじまち、民家に着弾した模様!」

 本陣から大通りを挟んで、二つ目の町だ。
 近い。
 陣内に動揺が走った。

「なぜ羅山に!」
「どこから入ったのだ!」
あしは何をしている!」
「まさか、あしの裏切りか⁉」

 兵士たちが口々に言い合い、混乱が混乱をあおる。

「落ち着け‼」

 雪原の声が響いた。
 穏やかなこの人が発したとは思えない。
 今までに誰も聞いたことがない、厳しく威厳ある一喝に、皆一瞬にして黙った。

「陣を立て直す」

 雪原は地図に目を落とした。
 兵士たちも落ち着きを取り戻し、静かに持ち場に戻りだした、その時。
 取り戻した落ち着きを再びかき乱すように、門のあたりが騒がしくなった。

「門前にて、怪しい男を捉えました!」

 報告の後ろから、男の声が聞こえてくる。

「柚月に会わせてくれ。一華いちげ!」
「佐久間さん?」

 聞き覚えのある声に、柚月はピクリと反応した。
 その様子に、雪原が振り向く。

「知り合いですか?」
「あの手紙の、送り主です」

 雪原が頷き、男が連れてこられた。
 やはり、佐久間だ。

「どうしたんですか?」

 駆け寄る柚月に、佐久間は食いついた。

「七輪山だ!」
「え?」
「楠木は、七輪山にいる!」
「どういう…事ですか?」

 柚月は話を飲み込めない。

「開世隊はもとより、羅山と七輪山から攻め込むつもりだ!」
「なるほど、そういうことですか!」

 柚月より先に、雪原が理解した。
 この都は、大地が作り出した要塞。
 一方、それはあなどりになっている。
 山からの攻撃など想定していない。

 だが、羅山、七輪山はともに、尾根続きに城に直結する。
 山から攻めれば、一気に城までたどり着ける。

「七輪山のふもとの合戦も、敵の本来の目的ではない。その裏、横洲から七輪山に入るのを隠すためですね?」

 佐久間が頷く。
 だが、柚月は納得できない。

「でも、どうやって、どこから七輪山に入るんですか? あんな、崖みたいな山裾」

 登りようがない。
 しかも七輪山のふもとは、その崖がずっと続いている。

「横洲の神社ですよ」

 雪原があっさりと教えた。

「神社?」

 柚月の脳裏に、小さな神社が浮かんだ。
 雪原について横浦行ったに際、帰りに立ち寄った神社。
 雪原が境内で襲われたという神社だ。

 確か雪原は、境内けいだいをうろついていた男たちに襲われたと言っていた。
 そしてその後、開世隊の不審な動きが分かったとも。

「じゃあ、雪原さんを襲った男たちは、七輪山の入り口を探って…」
「そういうことのようですね」

 言いながら、雪原には、開世隊が武器や兵を隠していた場所も検討がついた。
 横洲だ。
 横洲の人々が開世隊に協力し、隠していた。

 私利私欲にしか興味のない政府の人間は、貧困にあえぐあの地の人たちを見捨てた。
 そのしっぺ返しが来たのだ。

 さらに、最近市中で擾瀾隊狩りが派手になっていたのは、おそらく、政府の目を都内に向けさせ、その隙に横洲へ軍事力を集めるための、囮。

 雪原は、奥歯をギリッとかみしめた。
 さらに不味いことがある。

「城には、もしもの時のために、脱出経路がいくつかあります。そのうちの一つが…」

 雪原は言葉を詰まらせた。
 脳裏に浮かんでいるのは、嫌な事実だ。

「二の丸から七輪山に抜け、横洲へ出る道です。あの神社は、その出口を守っているのですよ」

 二の丸と聞いて、柚月は背筋が凍った。
 剛夕のいる場所。
 そこには、椿がいる。

「椿に知らせを飛ばします。あの子も抜け道のことを知っている」

 城が危ないと判断すれば、剛夕を連れて城を出るだろう。
 まして、羅山から攻撃されている。
 町に出るより、反対側の七輪山に行くに違いない。
 そうなれば、開世隊と鉢合わせになる。

「羅山には今、擾瀾隊じょうらんたいがいる」

 佐久間が割って入った。
 事前に連合軍の動きを察知していた擾瀾隊は、羅山山中で迎え打った。
 先ほどの砲撃は、その戦闘によるものだという。

「微力だが、多少の足止めくらいはできるだろう」

 自分たちにも、まだ誇りくらいはある。
 佐久間のまっすぐな言葉に、柚月は頷いた。
 うれしかった。
 柚月の知る、佐久間の姿だ。

「雪原さん」

 柚月は改まった。

明倫館出めいりんかんでの開世隊員なら、夜でも山中を進めます」
「どういうことですか?」

 雪原は素直に受け入れがたい。
 険しい山中、夜移動するなど遭難の恐れがある。

「明倫館の人間は…」

 柚月はそうまで言って一瞬ためらった。
 言い難い。
 だが――。
 変えることのできない事実だ。

「俺たちは、野盗狩りで腕を磨いたんです」

 野盗とはいえ、人を、殺すことで。
 雪原は一つの疑問が解けた。

 帯刀は武士のみに許される特権だ。
 にもかかわらず、町人や百姓の者を含む開世隊員が、なぜ皆、刀を持っているのか。

 本来野盗など、国が取り締まるはずである。
 国にとっても、脅威になり得るからだ。
 だが、はぎは、そうしていない。

 開世隊に野盗狩りという汚れた仕事をさせることで、代わりに黙認していたのだ。
 そして、野盗狩りは主に夜、山中で行われる。

 明倫館の者は、夜の山に強い。
 楠木の策は、それも利用している。

「俺に、行かせてください」

 柚月の申し出に、雪原は頷いた。

日之出峰ひのでみねに向かいなさい」

 都から七輪山に入るには、日之出峰の山頂から尾根伝いに行くしかない。
 今夜は新月。
 日が落ちれば、一体が闇に包まれる。
 少しでも日があるうちに。

「十一番隊は羅山に、十二番隊を日之出山に向かえ!」

 雪原の厳しい声が響く。
 柚月も本陣を飛び出した。

 門のところで、気の利く馬係が、特別足の速い一頭を表に用意していた。
 柚月は手綱を受け取るなり飛び乗った。
 乗馬の心得はある。

 萩にいた頃、明倫館の者たちは、誰が一番うまく乗れるか、裸馬に乗って競っていた。
 その経験が活きた。

 大通りを、北へ。
 両側の建物が、ものすごい速度で後ろに流れていく。
 が、それでも遅く感じる。

 ――早く!

 一刻も。
 一秒でも。
 早く‼

 柚月は焦りを噛み殺し、手綱を握りしめる。
 その上を、雪原からの知らせを託された鷹が、城に向かって一直線に飛んで行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

社畜がひとり美女に囲まれなぜか戦場に~ヘタレの望まぬ成り上がり~

のらしろ
ライト文芸
 都内のメーカーに勤務する蒼草秀長が、台風が接近する悪天候の中、お客様のいる北海道に出張することになった。  移動中の飛行機において、日頃の疲れから睡魔に襲われ爆睡し、次に気がついたときには、前線に向かう輸送機の中だった。  そこは、半世紀に渡り2つの大国が戦争を続けている異世界に直前に亡くなったボイラー修理工のグラスに魂だけが転移した。  グラスは周りから『ノラシロ』少尉と揶揄される、不出来な士官として前線に送られる途中だった。 蒼草秀長自身も魂の転移した先のグラスも共に争いごとが大嫌いな、しかも、血を見るのが嫌いというか、血を見て冷静でいられないおおよそ軍人の適正を全く欠いた人間であり、一人の士官として一人の軍人として、この厳しい世界で生きていけるのか甚だ疑問だ。  彼を乗せた輸送機が敵側兵士も多数いるジャングルで墜落する。    平和な日本から戦国さながらの厳しいこの異世界で、ノラシロ少尉ことヘタレ代表の蒼草秀長改めグラスが、はみ出しものの仲間とともに仕出かす騒動数々。  果たして彼は、過酷なこの異世界で生きていけるのだろか  主人公が、敵味方を問わず、殺さずに戦争をしていく残酷シーンの少ない戦記物です。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

佰肆拾字のお話

紀之介
ライト文芸
「アルファポリス」への投稿は、945話で停止します。もし続きに興味がある方は、お手数ですが「ノベルアップ+」で御覧ください。m(_ _)m ---------- 140文字以内なお話。(主に会話劇) Twitterコンテンツ用に作ったお話です。 せっかく作ったのに、Twitterだと短期間で誰の目にも触れなくなってしまい 何か勿体ないので、ここに投稿しています。(^_^; 全て 独立した個別のお話なので、何処から読んで頂いても大丈夫!(笑)

名前が強いアテーシア

桃井すもも
恋愛
自邸の図書室で物語を読んでいたアテーシアは、至極納得がいってしまった。 道理で上手く行かなかった訳だ。仲良くなれなかった訳だ。 だって名前が強いもの。 アテーシア。これって神話に出てくる戦女神のアテーナだわ。 かち割られた父王の頭から甲冑纏って生まれ出た、女軍神アテーナだわ。 公爵令嬢アテーシアは、王国の王太子であるアンドリュー殿下の婚約者である。 十歳で婚約が結ばれて、二人は初見から上手く行かなかった。関係が発展せぬまま六年が経って、いよいよ二人は貴族学園に入学する。 アテーシアは思う。このまま進んで良いのだろうか。 女軍神の名を持つ名前が強いアテーシアの物語。 ❇R15短編スタートです。長編なるかもしれません。R18なるかは微妙です。 ❇登場人物のお名前が他作品とダダ被りしておりますが、皆様別人でございます。 ❇相変わらずの100%妄想の産物です。史実とは異なっております。 ❇外道要素を含みます。苦手な方はお逃げ下さい。 ❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた妄想スイマーによる寝物語です。 疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。 ❇座右の銘は「知らないことは書けない」「嘘をつくなら最後まで」。 ❇例の如く、鬼の誤字脱字を修復すべく公開後から激しい微修正が入ります。 「間を置いて二度美味しい」とご笑覧下さい。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いていく詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

心を焦がし愛し愛され

しらかわからし
ライト文芸
合コンで出会った二人。 歩んできた人生は全く違っていた。 共通の接点の無さから互いに興味を持ち始めた。 瑛太は杏奈の強さと時折見せる優しさの紙一重な部分に興味を持ち魅力を感じた。 杏奈は瑛太の学童の指導員という仕事で、他人の子供に対し、愛情を込めて真摯に向かっている姿に興味を持ち好きになっていった。 ヘタレな男を人生経験豊富な女性が司令塔となって自他共に幸せに導く物語です。 この物語は以前に公開させて頂きましたが、題名は一部変更し、内容は一部改稿しましたので、再度公開いたします。

処理中です...