一よさく華 -幕開け-

八幡トカゲ

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第四章 擾瀾の影

参.花冠

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 そろそろ昼食だという頃になっても柚月は帰って来ない。

「ちょっと、捜してきてくれない?」

 鏡子がそう頼むと、椿は顔を曇らせ黙りこくった。

「柚月、どこに行ったのですか?」

 雪原がケロリと聞く。
 結局雪原は、事情を知らないままだ。

「どこかしら。花を探しに行っているのですよ」
「花? それなら、裏の河原ですかね」

 雪原の応えに、鏡子は、おや、という顔をする。

「市場ではないの?」
「お金を持っていないでしょう」

 そう言って雪原が笑い、鏡子も、そういえば、と笑った。
 楽しそうな二人の横で、椿一人、困っている。

「早く」

 鏡子に促され、椿は仕方なく、裏の河原に行ってみることにした。
 本当にいるのだろうか。
 いてほしくない気がする。
 昨日、なぜあんな態度をとってしまったのか。
 椿自身、説明ができない。

 喧嘩の仲裁、それも、刀を持った者同士の喧嘩に割って入る。
 自身の危険を顧みないあの行動は、柚月らしい、とは思う。

 それに、柚月の腕は確かだ。
 本来なら、心配するようなことでもない。

 なのに。

 どうしようもない不安に襲われた。
 止めるようと伸ばした手から柚月の袖がすり抜け、空を掴んだ。

 あの瞬間。

 あふれ出る不安が苛立ちに、そして、怒りに変わった。
 なぜだか分からない。

 ただ、柚月は悪くない。
 申し訳ないと思うが、何をどう謝ったらいいのか分からない。
 後にも引けない。
 ただ、気まずい。

「お兄ちゃん、ここからどうするの?」

 女の子の声がした。
 河原の方だ。

 土手沿いの小道に出ると、姉妹だろうか、河原に幼い女の子が二人、そして、その前に柚月が座っているのが見えた。

 女の子が、紐のような物を柚月に差し出している。
 柚月はそれを器用に輪にすると、女の子の頭に乗せてやった。

 野花の冠だ。

 女の子が嬉しそうにしていると、土手の上に女が現れ、女の子たちを呼んだ。
 おそらく、母親だろう。
 帰ってくるように言っている。

「お兄ちゃん、またね」

 女の子たちは元気に手を振り、母親の元に駆けて行った。
 手を振って応える柚月に、土手の上から母親がぺこりと頭を下げる。
 おそらく、この近くのやしきの女中だろう。

 柚月も会釈を返しているうちに、女の子たちが母親のもとにたどり着いた。
 女の子たちは柚月を振り返り、また大きく手を振ると、親子三人、楽しそうに帰っていく。
 それを見届けると、柚月はのそっと立ち上がり、ぱっぱっと尻に着いた草を払った。

 払われた草が、風に乗って舞う。
 ふと、視界の端に人影が入った。

 驚いてぱっと振り返ると、椿が立っている。
 うつむき、気まずそうに。
 ただ、相変わらず気配がない。

「どうしたの?」

 柚月の声は優しい。
 椿は、ますます態度に困った。

「鏡子さんが。…お昼だから、帰ってくるように…って」

 なんとかそう答えたが、柚月の顔を見ることはできない。

「もう昼か」

 柚月は空を見上げた。
 確かに、日が高い。

「はい」

 そう言うと、柚月は椿の頭にポンと何かをのせた。
 うつむいている椿には、何か分からない。

 なんだろう。
 頭を包むほど大きい。
 だが、輪のような形をしている。

 恐る恐る手で触れてみた。
 この感触。

 花冠だ。

 椿の口元が、自然と微笑んだ。
 柚月をちらりと見る。
 うつむき加減なせいで、上目遣いに。

 目が合った。
 柚月がにっこり笑う。
 椿は一瞬で胸の中が温かくなり、またうつむいた。

 ほっとした。
 それに、なぜだろう。たまらなく嬉しい。
 それと、恥ずかしいような…。
 不思議な気持ちだ。
 うまく言えない。
 椿はただ、はにかんだような笑みを見せた。

 二人そろって邸に帰ると、出迎えた鏡子は思わず笑った。
 椿の頭に、ちょこんと花冠がのっている。
 教えた花とは違ったが、柚月らしい。
 その日の昼食は、久しぶりに、四人そろってのものとなった。
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