一よさく華 -幕開け-

八幡トカゲ

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第三章 手繰り寄せた因果

参.決意

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 翌朝、寺町で横田と永山の死体が見つかった。

 柚月は朝食を断った。
 昼もいらないという。
 雪原が部屋を覗きに行くと、頭まですっぽり布団をかぶって床に伏していた。

 鏡子は心配して、医者を呼んだ方がいいかと言ったが、雪原が止めた。
 雪原は、椿から事情を聴いている。
 しばらくそっとしておくように言うと、城に呼ばれているからと、出て行った。

 昼過ぎ、椿は離れの柚月の部屋に行ったが、障子戸に手をかけたまま、動けなかった。
 怖かった。
 何が、と問われると、椿自身、答えは分からない。
 しばらく思案したが、そのまま引き返した。

 障子戸に映る椿の影が、静かに去っていく。
 それを見て、柚月はのそりと体を起こした。
 背を丸め、ぼんやりと壁を見つめていたが、やがて、ガシガシと頭を掻いた。

 部屋の入り口の障子戸の脇には、鏡子が持ってきた握り飯が置いてある。
 柚月は廊下に座り、庭を見ながら、握り飯を一口ほおばった。

「…うま」

 やはり、うまい。
 ぽそりとそう漏れるほどに。
 それがまた、胸のキズに沁みた。

 涙が、こみあげて来る。
 柚月はそれをぐっとこらえ、バクバクと勢いよく握り飯をほおばった。

 こらえきれず、あふれ出た涙が頬と伝い、はらはらと握り飯に降っている。
 それも気に留めず、暗く沈みそうな気持ちを振り払うように、ただひたすらに、懸命に食べた。

 雪原が帰ってきたのは、日が傾きかけた頃。
 帰ったその足で離れに向かうと、柚月は部屋の前の廊下で胡坐をかき、ぼんやり庭を眺めていた。
 背中を丸めて元気はなさそうだが、少しは気持ちの整理がついたのか、幾分すっきりした顔をしている。
 雪原は隣に座って、同じように庭を眺めた。

「惚れた女が人をあやめるところを見て、傷つきましたか」

 柚月は目だけで雪原をちらりと見ると、また庭に視線を戻した。

「惚れてますかね、俺」
「惚れているでしょう」

 雪原は庭を見つめたまま、淡々と返す。

「そうですかね」

 柚月もまた、庭を見つめたまま返している。

「そうでしょうね」
「そうなんですかね」
「ええ」

 雪原の声は穏やかだか芯があり、譲らない。

「…そっかぁ」

 柚月は心の内がほろりとこぼれ出るように漏らした。
 潔く、認めざるを得ない。
 いつからか分からないが、そういうことらしい。
 柚月は指を軽くこすり合わせるように動かし始め、やがて、ピタリと止めた。

楠木くすのき…を、斬らせるつもりだったんですか」

 雪原が答えるのに、やや間があった。

「ええ」

 互いに庭を見つめたままである。

開世隊かいせいたいは今、分裂しています。おそらく、あなたの一件から小さな亀裂が生じていたのでしょう。そして、楠木が杉を身代わりにしたことで、それがより明確になった。杉についていた者が楠木を襲い、そこから、内部抗争に発展したようです。」

 なるほど、と、柚月は思った。
 永山は杉を兄のように慕っていた。
 昨夜の様子。
 楠木を討とうとして失敗し、逆に追われていた、と考えれば説明がつく。

 横田の方は、開世隊そのものに憧れを抱いていた。
 その開世隊が分裂したのは柚月のせいだと思い、恨んでいたのだろう。

「当然、楠木側が優勢です。それどころか、萩の後ろ盾も得てますます勢力が増しています。今、楠木は、一番の危険人物です。」

 日暮れは速い。
 太陽が山に向かいだすと、天上から広がってきた黒い幕が、あっという間に、太陽を山に追いやっていく。
 その光が織りなす、橙から紫、紫から黒へと流れる空の変化の中、漂う雲は、太陽の最後の光に照らされて、懸命に白く輝いている。

 柚月の脳裏に、楠木の顔が浮かんだ。
 笑っている。

 思い出されるのは、萩にいた頃。
 何もかもが、楽しかったあの頃。

 師であり、父だった。
 そんな楠木と過ごした日々。   

 なぜ、そんなことばかり思い出すのか。
 恨めしく思う。
 柚月はぐっと拳を握りしめた。

「楠木は、俺が斬ります」

 柚月の目に、強い光が宿っている。

「俺が、斬ります」

 宣言か自身への暗示か。
 柚月は繰り返した。
 その拳は、強く、強く、握られている。

 雪原は、応えることができなかった。
 あまりにも、胸が痛む。
 それを隠すように、微笑んだ。

「ご飯にしましょう」

 雪原とともに柚月が現れ、鏡子が安堵したことは言うまでもない。
 柚月の茶碗には、いつもより多めに飯が盛られた。

「多すぎませんか?」

 そう言って、雪原は笑った。
 鏡子も笑っている。

 その様子を微笑みながら見ていた椿は、不安げな目でちらりと柚月を見た。
 柚月もまた、微笑みながら雪原と鏡子のやり取りを見つめている。

 その視線が、ふと、椿に向いた。
 目が合った。

 椿が「あ」と思う間に、柚月がニコリと微笑んだ。
 優しい笑みだ。
 椿はぱっとうつむいた。

 安心した。
 いや、うれしい?
 胸が、温かくなっている。
 慌てて、ごまかすように飯を口に入れたが、口元の微笑を隠すことはできなかった。

 食事のあと、雪原は柚月と椿を呼び、旧都へ供をするように告げた。
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