一よさく華 -幕開け-

八幡トカゲ

文字の大きさ
上 下
14 / 51
第二章 目覚め

参.新たな始まり

しおりを挟む
「すみませんね。お邪魔してしまって」

 雪原はそう言って、ニコニコしながら柚月の隣に腰を下ろした。

「いえ。むしろお邪魔してるのはこっちです。すみません、長居してしまって」

 柚月が大まじめに言う。
 雪原は思わず笑ってしまった。
 そういう意味で言ったのではない。
 この青年、青年と言うよりやはり少年のようだ。

「いえいえ。ここは別宅ですから。うちの者しか出入りもしませんし、遠慮する必要はありませんよ」
「別宅?」
「ええ。ちょっと愛人を住まわせていまして」
「へ?」

 柚月は真面目な顔が崩れ、思わず変な声が出た。
 愛人なんて言葉が出てくるなんて、思ってもみない。
 それも、挨拶みたいなノリで。

 が、雪原はただニコニコしている。
 雪原にとっては、挨拶と変わらないほどのことなのだろう。

 ――…住む世界が、違う。

 柚月はそう思うと同時に、確かに夢うつつ、椿以外にも世話をしてくれる人がいたように思えてきた。

 一人は多分医者だ。白い服の男だった。
 それともう一人。
 椿より年上の、大人の女といった感じの人が――。

 じわじわと、その顔が思い出され、そして思った。
 雪原は面食いだ。
 その女の人は、熱にうなされながらでも分かる、それくらいの美人だった。

「今、面食いだなって思いました?」
「え⁉ いえ」

 雪原に顔を覗き込まれ、柚月は肩をビクッと震わせて頓狂とんきょうな声が出た。
 本当にぞっとする。
 雪原には、腹の内をすべて読まれるようだ。

「本宅には妻も息子もいるので、ちょっとね」

 雪原は少し困ったような笑みを浮かべてはいるが、後ろめたさのようなものもなく、けろりとしている。

「そう…なんですね」

 柚月は、中途半端な愛想笑いを浮かべながらうつむいた。
 何と応えればいいのか、分からない。

 だが雪原の方は、たじたじする柚月を気に留める様子もない。
 というよりも、何か別のことを考えているようだ。
 笑みを浮かべているが、空を見上げ、あごをさすっている。
 その目に、空は映ってはいない。
 ふいに、雪原が手を止め、顔からすっと笑みが消えた。

剛夕ごうゆう様と、対談の場を持つことができましたよ」

 柚月がはじかれたように雪原を見ると、雪原もゆるりと柚月の方を向き、真剣な目が合った。

「和解を取り付けるとこができました。とりあえず、総攻撃とやらは、防ぐことができましたよ」
「そう、ですか…」

 ほっと安心する柚月に、雪原は険しい顔で続ける。

「これからですよ」

 雪原の目に、一段と鋭さが増す。

「対談の場に、開世隊かいせいたいの幹部たちも同席していたのですが、率いてきたのは首領の楠木ではなく、杉でした」
「え?」
「さらに、はぎの国主、松平実盛まつだいらさねもり様が、今回の騒動のお詫びに登城されることになりました」
「松平様が?」

 柚月は、息をのんだ。
 実盛さねもりは、開世隊の存在を黙認していた。

 首領の楠木くすのきは、萩では国の役人ではあるが下級役人だ。
 そのため、実盛としては、都合が悪くなれば楠木ごと切り捨てるつもりだったのだろう。

 だが、その実盛さねもりが詫びに来る。

 それは、萩が開世隊を認めたことを意味している。
 開世隊は、萩の後ろ盾を得たのだ。

「楠木はどこにもいません。都中を捜させたのですが、見つけることは出来ませんでした。もう、都にはいないのかもしれません」

 萩に帰ったということだろうか。

 ――だとしたらっ…。

 柚月は直感した。
 楠木は、本格的に戦を仕掛けるつもりだ。

 萩に帰ったのだとすると、それは撤退ではない。
 国を挙げて戦う為。
 その準備の為だ。

 柚月は顔をゆがめ、ぎゅっと拳を握りしめた。
 雪原の冷静な声が続ける。

「剛夕様は城には戻られましたが、城の中も、二分されたままです。私の邪推ですが、冨康とみやす様が先の将軍に毒をもったという話、あれはおそらく事実でしょう」
「えっ」

 柚月は驚き、ぱっと雪原の方を見た。
 にわかには信じられない。
 実の父を手にかけるなど。
 雪原は庭の方を見つめたまま、柚月の視線に振り向かない。

「この国では、身分階級関係なく、じつではなく名がものをいいます。持たざる者は、永遠に下層階級のまま。実力があったところで、認められることもない。いや、むしろ、実力がある者ほど、平穏を乱す悪とされ、み嫌われる。いままわしい世ですよ。」

 雪原の目は、どこか、遠い何かを見ている。

「その犠牲となった人間の憎しみは、深いですからね。」

 つぶやくよう漏らすその声には、重みがあった。
 雪原自身、そのことをよく知っているかのように。

「柚月」

 雪原が振り向き、柚月と目が合った。

「志はまだありますか?」

 雪原の目は、まっすぐに柚月を捉えている。

 ――志…。

 柚月は戸惑った。
 そんな立派なもの、自分にあっただろうか。
 分からない。
 よく分からないまま、ただ、楠木についてきただけな気がする。

「この国をいい国にする。弱い人が、安心して暮らせる国に。あなたはそう言ったそうですね。」

 ふいに、柚月の目にじわりと光が戻った。
 雪原は確認するように重ねる。

「いい国になったらいい、ではなく。いい国にする、と」

 ――なったらいい?

 柚月の中に、怒りにも似た苛立ちが湧いた。
 そんなこと、考えてもみなかった。
 いや、諦めている。
 いったい誰が変えてくれるのか。
 この国を。
 この腐った国を。
 誰も変えてくれなかったではないか。
 だからこの有様なのだ。

 柚月は雪原の真剣な目を見つめ返した。
 その眼差し。
 まっすぐに、強い。

「願っているだけでは、何も変わりません。自分が動かなければ、何も変わらないっ!」

 雪原は柚月の瞳の奥をじっと見つめ、うなずいた。

「十日もすれば、動けますね?」
「え? あ、はい」
「お礼をしてもらいたいのですが」

 雪原はニヤリとする。

「ああ、そうですよね」

 そう言いながら、柚月は「あ」と気が付いた。
 金を持っていない。

「あ、お金はいいですよ」

 察した雪原が、ひらひらと手を振る。

「体で払ってもらいますから」

 そう付け足すと、雪原は穏やかに、だが、意味深な微笑みを残して去っていった。

 渡り廊下の先、母屋の廊下に女が一人、雪原を待っている。
 雪原が、愛人といっていた女だ。
 どうやら、食事の用意ができたらしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

天界魂管理局記録保管庫~死神書店~

朋藤チルヲ
ライト文芸
「誰もが今より素晴らしい世界を願い、もう一度挑んでいく。我々は、そのサポートをになうのだ」 天界にある魂管理局。そこに属する記録保管庫には、生涯を終えた人間の魂が書籍となり並び、販売されている。購入するのは天使たち。彼らの中には、保管庫を揶揄してこう呼ぶものもいた。「死神書店」と。 保管庫で働く社員番号76番と、彼と出会う魂たちとの不思議で温かい縁の物語。 ※以前公開していた作品の完全版となります。新しいエピソードを加え、新たな物語として生まれ変わった本作品をどうぞお楽しみくださいませ。

アナンケ2007*

gaction9969
ライト文芸
2007年6月。ごくごく普通の新郎、クガ ガクトは、晴れの舞台においても、自らを自ら窮地に追い込んでしまうのであった……

もしもしお時間いいですか?

ベアりんぐ
ライト文芸
 日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。  2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。 ※こちらカクヨム、小説家になろうでも掲載しています。

15年後のスターチス

小糸咲希
恋愛
彼女に振られた帰り道でトラックに轢かれて死んだ僕は、異世界で女の子に出会う。 この世界で精一杯生きた男の話である。

青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜

Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか? (長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)  地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。  小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。  辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。  「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。  

【ガチ恋プリンセス】これがVtuberのおしごと~後輩はガチで陰キャでコミュ障。。。『ましのん』コンビでトップVtuberを目指します!

夕姫
ライト文芸
Vtuber事務所『Fmすたーらいぶ』の1期生として活動する、清楚担当Vtuber『姫宮ましろ』。そんな彼女にはある秘密がある。それは中の人が男ということ……。 そんな『姫宮ましろ』の中の人こと、主人公の神崎颯太は『Fmすたーらいぶ』のマネージャーである姉の神崎桃を助けるためにVtuberとして活動していた。 同じ事務所のライバーとはほとんど絡まない、連絡も必要最低限。そんな生活を2年続けていたある日。事務所の不手際で半年前にデビューした3期生のVtuber『双葉かのん』こと鈴町彩芽に正体が知られて…… この物語は正体を隠しながら『姫宮ましろ』として活動する主人公とガチで陰キャでコミュ障な後輩ちゃんのVtuberお仕事ラブコメディ ※2人の恋愛模様は中学生並みにゆっくりです。温かく見守ってください ※配信パートは在籍ライバーが織り成す感動あり、涙あり、笑いありw箱推しリスナーの気分で読んでください AIイラストで作ったFA(ファンアート) ⬇️ https://www.alphapolis.co.jp/novel/187178688/738771100 も不定期更新中。こちらも応援よろしくです

処理中です...